第23話
レスターは自分のいるリビングを見渡し、ため息をついた。
「知らないよ。そのケン何とかって、リビングのどこにいるんだよ?」彼は投げやりな口調で言った。
「何ですって? リビングのソファの後ろにいるでしょ、誰でも気づく場所よ。透明なケースの中にちゃんと入ってるでしょ?」
「そんなもの、あったか・・・・・・」レスターは再びため息をついた。
近づこうともしなかったバラ柄のソファの前に行き、彼はその背後の壁にある埋め込み式の棚に目をやった。棚も棚の後ろの壁も濃いピンク。母親の趣味であるゴテゴテとした装飾のあるオブジェの合間に、ひしゃげたハート型の透明ケースがまぎれている。底面に白い小石が敷きつめられ、黄緑色の木片が中央に置いてあった。木片には出っぱりがあって――黒い小さな点がじろりとレスターに向けられた。
「いた!」
保護色でもある黄緑色の木片の上で、ケンタロウの尻尾がネコの尾のようにしなって上にさっと動いた。
「ほーらね、いたでしょう? 私のケンタロウは元気にしてる?」
小さな黒い目は恨めしそうにレスターを見て、動かなかった。木片と同化していたカメレオンはレスターの開いた拳ぐらいの大きさで小さく、トカゲのように細長かった。
レスターは、彼の代わりに母親の愛情を勝ち取ったケンタロウをにらみ返した。
「たぶん元気、じゃないか。少なくとも生きてはいるみたいだ」
レスターの言いぶりに母親が怒り出した。
またか、と、彼はウンザリしながら携帯通信から顔を離し、彼女の機嫌がある程度治まるまで放っておく。彼の母親のヒステリーは日常茶飯事だ。それに、彼女を少しの間ほうっておけば勝手に治まるのも、いつものことだった。
しばらくたって、彼女の文句が電話越しに聞こえてこなくなった。彼女と夫らしき男がぼそぼそとしゃべるような声がする。男が諭すようにレスターの母親に何かを話し、彼女は素直に返事をしていた。
レスターの母親が誰かの言うことをきくのはとてもめずらしい。
彼女はいつでも過去の夫や恋人たちに一方的にまくしたてて怒り、彼らに耳を傾けることはなかった。息子だったレスターは、それで母親が男と別れてしまった場面を複数回、目撃している。
母親が気にかけているというケンタロウをちらっと見ると、それもレスターを見つめていた。木片と同化していた体の色が違う色になりかけている。
「それはそうと、レスター?」
「え? ああ、何?」
母親の声が明るい。機嫌はすっかり元に戻っているようだった。
「あんた、おばあちゃんの家を訪ねてこない?」
「おばあちゃん? なに、墓参りに行けってこと?」
「あらいやだ、違うわよ! そのおばあちゃんじゃなくって、キャンベルの家の方よ。ミニョンに住んでて、孫の中でもあんたをいちばん気に入ってる、ソフィーおばあちゃん。あんたも小さい頃はよくなついていたじゃない」
もう五年以上も会っていないレスターの祖母だ。レスターの実父の母で、上品で頭が良く、よく笑う。
レスターの母親のずっと前の夫の母で、レスターの、大人にしてはかわいらし過ぎる母をとりわけ嫌っていた祖母のソフィー。