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第22話

 あんた、どうせ行くとこないんでしょ? ウチで留守番しなさいよ。

 年末も押し迫ったある日、レスターの母親は高飛車な口調で電話越しに息子にそう言った。私の家だけどあんたならタダでいさせてあげる、と、えらそうに彼女は言い、レスターが言葉を失っていると耳にキンキンする声で笑った。

 彼女は人生で何回目かの結婚式を終え、新婚旅行に出かけるのだと彼に告げた。それも、明日から。

 母親が唐突なのは昔からだ。

 上機嫌でハイテンションな母親とは反対に、レスターの気分はすさんでいた。バカンスを楽しむ予定だったハワイに行くことはついに叶わず、キャルとも会えず、ケンジントン・テックでの契約は終了し、入社予定だった新しい職場からも態度を保留にされていた。裁判沙汰までが彼を待っている。

 世の中が新年に向けて浮き足だっているというのに、彼は自分だけが遊園地の手前で取り残され、嬉々として入園していく人たちを目の前に足踏みをしているように感じていた。


 ――最悪だ。

 妹から受け取った鍵で母親の家に入ったレスターは、母親の安っぽい香水の匂いと生活感あふれる住まいを見て、げっそりとした。玄関脇の“幻想ルーム”とかいう、母親が瞑想に使う部屋は東南アジアの黒いお面や動物の像でいっぱいだ。カレーみたいな匂いまでもが香ってくる。それから逃げるように入ったリビングは、彼が二年前に訪ねてきた時と内装ががらっと変わっていた。壁全体が赤く、ソファが大きなバラの柄。床はグレーだが天井が黒く、金色の目玉みたいなものが光を反射している。家具の数が増えたようだが、それほど散らかっていないのは家事ロボットがいてくれるおかげらしい。

 ・・・・・・俺、ここに住めるのか? 

 レスターは派手な内装が目に入らないようにして、あわてて自分の滞在するゲストルームへと急いだ。


 パーン、と、上空に新年が明けたことを知らせる花火が上がった。

「明けましておめでとう!」

 律儀な妹ミーガンから0時過ぎに電話があった。彼女はずっと昔から、レスターたちの母親と離婚した父親に引き取られてからも、半分だけ血のつながったレスターに連絡をしてきている。彼らの母親に妹のようなマメさは見られない。きっと、父親譲りの性格だ。

「新年あけましておめでとう!」

 ミーガンの電話に引き続き、レスターの父や他の弟・妹、友人から挨拶メッセージが入った。新しい夫とどこかの島で楽しんでいる母親からは何もない。メッセージをくれた友人の中にハワイで休日を楽しんでいる、と報告してきた男がいた。ご丁寧にビーチで寝そべる水着姿の写真まで添付してきてくれた。そのハワイで遊ぶはずだったレスターは、生まれ故郷に近い南部の田舎町で今回の新しい年を迎えている。母親の元を脱出した十年前以来、考えられなかった展開だ。


 近所に知り合いはおらず、家事ロボットとレスターは二人だけで毎日を送っていた。テックでの事故について独自の調査に手をつけ始め、周りに遊べる場所はなかったせいもあって、彼はそれに好きなだけ没頭できた。近くの町に住む妹が数日おきにレスターに連絡を入れ、不便がないかと気遣ってくれた。特に不便も不自由も感じられなかった。そこでは毎日がとんでもなくのんびりと過ぎ、テック関係者や警察からの連絡が来なければ、レスターが面している危機の全ては夢物語のようだった。


 そしていよいよ、新婚夫婦となった母親とその夫である男が帰宅する日になった。

 実家は4LDKの間取りでレスターを含む三人が住んでも充分な広さではあったが、レスターは実家を出て他に住む場所を早く決めたいと思っていた。入社を保留にされている職場のあるコロンビア・シティで、新居となる候補物件をあれこれと物色もしていた。

 あの常識のない母親との共同生活なんて、考えたくない。一日で大ゲンカになるに決まってる。レスターの中で妙な緊張感が湧いてきていた。

 

 その母親から二週間ぶりにレスターに連絡が入った。携帯画面に表示される名前が彼の知らない名字に変わっている。

 本当に、彼女は正式に結婚したのだ。

「母さん?」

「帰国したわよ、レスター! ああ、楽しかった!」

「おかえり。元気そうだな」

「そりゃあそうよ、私は新婦なのよ? 当たり前じゃないの! うふふふ」

 レスターの耳に母親が隣にいる夫と何度もキスしているだろう音が伝わってきた。

 まったく、頭が痛くなる。

 年甲斐もなく浮かれた母親の映像がこの目で見られないのを、彼は本当に感謝した。

「ねえ、私のケンタロウはちゃんと生きてるでしょうね?」

「ケンタロウ? 何のことだよ、それ?」

「あんたこそ、何言ってるの? リビングにいるカメレオンのジェシーよ! 毎朝彼に声をかけるようにって、ミーガンから聞いたでしょ、あんたに伝えるようにって言ったわよ? あの子はロボットの声じゃ喜ばないみたいでね、人間でないとダメなのよ。話しかけてあげると喜んで笑うのよ。もうそりゃあ、可愛くってね、抱きしめたくなっちゃうわよ!・・・・・・あんた、本当に妹から何も聞いてないの? まさか、寂しがりなあの子に一言の声もかけてないの?」

 知るか、そんなの! 

 それどころか、人の面倒をみるのが嫌いな母親がペットを飼っていた事実さえ、知らない。

 息子の心配よりペットが先か? 生き物が可愛いだなんて、母親の息子としての人生でレスターが初めて聞いたセリフだ。  

 妹のミーガンは鍵をくれただけで、母親の話は一切しなかった。レスターと同じで彼女も母親をもてあましているに違いない。

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