第21話
レスターの車両を認識した南ゲートは、太い円柱バーを上げて車を通過させた。彼の車が通った直後にバーは瞬時に落ち、ゲートと学院の敷地内とを遮断する。彼の車は地面に描かれた緑色の円の部分へと誘導された。円の上部の空間には、やはり緑色をした屋根のような平面の物体が浮かんでいる。レスターが円内に車を停車させると、その重量を感知し、円の部分が地下に向かってゆっくりと沈んでいった。車のガラス越しに見える左右の灰色の壁には、縦に二本に並んだ赤いライトが点滅している。三秒も待たずに車を囲んでいた円型の壁は消え、彼はVIP専用の地下駐車場に到着した。
駐車場と建物への間は透明な防護壁がレスターの行く手をはばんでいた。彼が天井のスキャンに許可証をかざすと、それは音もなく消え失せ、彼はテックの建物へと足を踏み入れることができた。入口ドアの前で彼を待っていたエレベーターに乗り、彼は行き先である地上階を選んだ。
“ケンジントン・テック前です”
テレビで聞いたレポーターの声がレスターの頭の中で響いた。あの女性も、自分が今いる学院の正門前にいる。彼女の他にも多くのマスコミが学院前に集まっている。不運な事故にあったオブライエンが事故を引き起こした学院を訴えたという当然の行為を、世界に知らしめるために。
レスターは未だ、自分がその渦中にいるという事実を受け入れきれなかった。
地上階でエレベーターから降り、事務局のある棟に向かう。事故のあった実験室も同じ棟だ。休みである学院内は静まりかえり、がらんとしていた。当然、事務局にも人は誰もいなかったが、入口の扉は開け放たれていた。部屋の奥にある局長のオフィスの扉には、在室を表示する緑色のランプがついていた。
「フレッドマンです」
事務局長のオフィス前のインターホンで彼は名乗った。管理室に寄った際、自分の来訪は局長に知らされている。ほどなく扉が振動し、彼の前で両側に開いた。
「早かったね。さあ、入って」
「失礼します」
レスターは、フットボール選手ともいえるほど大柄すぎる男の後ろについて、彼のオフィスに入っていった。
レスターが来るまで彼は誰かと電話をしていたらしく、電話機の保留ボタンがオレンジ色に光っていた。彼に促されるままに、レスターは窓の前にある黒いソファに腰を降ろした。彼が座るのを確認した局長は机の上で保留中となっていた電話に向き合い、相手に通信の終了を告げた。
レスターの前にある小さなテーブルに、赤い縁取りのついた“シート”が放り出されていた。政府や自治体の発行する公式文書が収められているシートは、スキャナーをあてなければ中身はわからないが、その縁取りの色で中に収容されている内容物の種類が判断できるようになっている。赤色は、その文書が裁判・法務関連であることを示す。
オブライエンからの訴状?
レスターは赤枠がついた透明なシートを見て、身震いした。突然、自分の身が社会的に危ういのだと現実につきつけられたのだ。
マーシャが移動機から放出され、彼らが巻き込まれた事故そのものはあまり類のない種類で彼やロバートソン教授の非が立証されるかは疑問だったが、訴訟事件が大きく扱われればその悪影響も大きくなる。入社を延期されているトップ・インダストリーからも、会社のイメージダウンを理由にレスターの入社を拒否される可能性だってある。
彼は赤い“シート”を苦々しく見つめた。
・・・・・・テックで七年以上もやってきた俺の苦労を、こんな形で返されるのか?
なんで俺が!
「フレッドマン?」
ふと気づくと、事務局長が向かいのソファに腰掛けていた。レスターのぼんやりとした様子を心配して顔を覗き込んでいる。
「・・・・・・大丈夫か?」
事務局長が微笑み、コーヒーのカップをレスターの前に置いた。
「え? あ、ええ。大丈夫です」
レスターは硬い笑顔を作ってコーヒーに手に伸ばした。彼は納得しかねるようにレスターの顔を見ていたが、それ以上、レスターは何もきかれなかった。
その日、レスターは調査チームのメンバーから外された。訴訟の被告となった彼が調査結果を都合よくねつ造しかねない、という無用な誤解を避けるためだ。事故や訴訟の件で個人的にコメントしないようにとも厳しく言われた。また、弁護士が同行していない場合のマーシャとの個人的な接触も禁じられた。電話やメールのやり取りも控えるようにと付け加えられた。いずれも、訴訟の行方を左右することだ。自分の将来の行方を案じるレスターに、文句の一言もあるはずがなかった。