第19話
電話でしゃべっていた捜査官がレスターたちの所に戻ってきた。彼は後輩の捜査官をじろりとにらみ、彼一人分のスペースをそこに空けさせた。
「すいませんね」
「いえ。――それで、どこに出現したんだって?」
レスターは早速、彼に話の続きを切り出した。若い捜査官が二人の話題についていけないようで、先輩の男に説明を求めるような視線を注ぐ。
「ケンジントン・テックですよ、フレッドマンさん」
彼はあっけらかんとそう答えた。
「テックだって?」
レスターは怪訝な顔をして男に向き直る。
「あそこは敷地全体を覆うように空間バリアがはりめぐらせてあって、ブラックホールの侵入を防いでいるって聞いてるが?」
「私どももそう把握していますよ。でもね、出現したんです。外溝バリアが何らかの原因で一時的に不能になったらしく、その一瞬の隙をついて紛れ込んだようですね。大きなものじゃなかったそうで、すぐに消失したそうですがね」
「・・・・・・まさか」
「その、まさかですよ」
レスターの前にいる捜査官の目が笑っていない。
レスターの驚きを承知した上で、彼が慎重に話を進めた。
「その発生場所、どこだと思いますか? 私たちのいた実験室、いえ、あなたたちのいた機器調整室の裏手にあたる廊下ですよ。私たちがあの部屋を出たちょうどその頃、そこにはマイクロ・ブラックホールがいたんです。そのせいで実験室近辺の空間にひずみが発生して――あそこのエレベーターが故障していたのも、どうやらそれが原因していたようです。つまり私たちは、偶然にも間一髪でブラックホールに巻き込まれる危機から逃れられたっていうわけなんですよ」
彼は事件に衝撃を受けた後輩の捜査官を一瞥した後、レスターの当惑した顔に目を戻した。
「例の事故からそれほど経たないうちに、同じ場所でのブラックホールの発生です。あの現場は、空間が安定していると立証されるまでは当分の間、封鎖されることに決まりました。学校関係者も警察も立ち入りできません。当然ながら、現場検証も延期されます」
それはそのまま、捜査・解決の遅れを意味する。学院独自のチームで行う調査も、遅れる。そして必然的に、レスターの事件への拘束期間も延びるということだ。
「当分ってどれぐらい?」
「まだ何とも言えませんね。2週間か1ヶ月か・・・・・・見当もつきません」
捜査官には残念そうな表情が浮かんでいた。
「まあ、それまでは他でできる事をやるしかありません」
彼が後輩の捜査官と顔を見合わせ、苦笑いしている。
ちょうどその時、レスターの名が医師の一人から呼ばれた。さっき彼が話をしたのとは別の医師だ。彼がその女性医師の立つ方へと視線をやると、中年の捜査官が付け加えるように言った。
「そうそう、フレッドマンさん。ブラックホールの発生現場に偶然とはいえ居合わせてしまったんで、こちらで反応検査を受けてもらわなきゃなりません。ご面倒でしょうが、なにぶん、決まりなのでね」
「ああ、そうだったね」
レスターは自宅でマーシャを発見した日に、自分も検査を受けさせられたのを思いだした。あの時の彼女の様子から、てっきり彼女が時空病にかかっているのだと疑わなかったことも。
「もしかしたら、彼女の、オブライエンの不調もそこからきているのかもしれないな」
「さあ・・・・・・そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。彼女の症状が落ち着けば、それも判明するでしょう」
レスターが医師に注意を戻すと、彼女が部屋の中に彼を手招きし、室内に消えていった。それを見た捜査官がレスターに微笑み、さっきよりも元気な声で言った。
「行ってください、フレッドマンさん。検査は大した手間じゃありませんから、終わった頃にここで私か彼のどちらかと落ち合いましょう。ホテルまでお送りしますよ」
レスターは既に警察管理下のホテルではなく、民間のホテルに宿をとっている。
「そんなことはいいよ。君たちも仕事があるんだろ? 俺は自分でタクシーでも拾うさ、気にしないでくれ」
「そちらこそ気になさらずに。あなたは大事な証人です、その方を保護するのもまた、私たちの仕事ですよ」
男が微笑むと、男の鼻の下にある髭も揺れた。レスターは快く、彼の提案を受け入れた。