第18話
レスターは2人の捜査官に声をかけた。
「もう1つあるエレベーターを使おう。こっちだ」
彼の隣にいた男は躊躇したが、エレベーター前で待機していて苛ついていた男は、レスターの言葉でさっと身を翻した。
レスターの案内したエレベーターでは、彼らはほとんど待たずに中に乗り込めた。1階まではほんの数秒で到着。出口に向かう通路を歩く途中で、彼女の手の指が硬直してきているのに気づいたレスターは、彼女に口を寄せて、囁いた。
「・・・オブライエン、苦しいだろうが、ゆっくり息をするようにしろ」
彼女に聞こえたのかわからないが、そのまぶたが震えながらゆっくりと閉じ、また開いた。その後に彼女が何とか呼吸を調整しようとしていたので、彼は自分の声が届いていたことを知った。
マーシャの件で連絡を受けていたはずの事務局は、なんだか慌しい様子だった。彼らが事務局の前に姿を現すと、女性職員がひるんだように彼らを見て、職員が足早に行き交う奥のオフィスへと消えていった。事務局近くのエレベーターには黄色いテープが貼られ、その前で2人の職員が真剣な表情で話し合っている。マーシャが倒れたことだけで事務局が騒然となっているのではなさそうだ。
レスターと2人の捜査官は不審そうに顔を見合わせたが、廊下を出口へと急ぐ。出口には捜査官が遠隔操作で呼び寄せた警察車両がつけられていた。
車に乗り込んだ3人は、彼女が一昨日まで入院していた病院へと向かった。運転席に乗る捜査官が病院と連絡を取って、マーシャの症状について病院側とやり取りをしている声が聞こえる。マーシャはというと、あいかわらず体勢を何度もかえていて、苦しそうに呼吸をしている。唇からは色がなくなり、顔色は真っ青だ。
病院へと伸びる一本道に車が入った時、彼らと同じだが大型の科学警察車両が反対車線を猛スピードで走り抜けていった。ウイルス事故かマイクロ・ブラックホールか、とにかく、駆除の必要な事件が発生したらしい。
レスターたちが病院に到着すると、連絡を受けて待機していたハン医師たちにより、彼女はすぐに緊急治療室に運び込まれた。レスターも別室に呼ばれて、別の医師から彼女がこうなった経緯を色々と質問された。といっても、彼に説明できるような内容はあまりない。大して役に立てる情報を病院に提供できないまま、彼は早々に釈放された。
「フレッドマンさん?」
ロビーで待っていた捜査官の1人が、待ちかねたようにレスターを見つけて寄ってきた。彼の暗い表情を見て、彼は、また何か良くないことが起きたのだと思った。
「オブライエンに何か・・・?」
「いや、そうじゃありませんよ。とりあえず、彼女の容態はまだ何も聞いていません。いえね、実はさっき、署から連絡が来たんですがね・・・」
男はレスターにロビーの椅子をすすめた。
座って、落ち着いて聞かなきゃならない話なのか?レスターは自分の身にふりかかる終わりのない騒動に、ため息をつきたくなった。
「何て?」
彼は自分の親といってもいいほどの中年捜査官にやるせない表情を見せ、先を促した。
「ええ、実はねえ・・・マイクロ・ブラックホールがまた出現したそうなんですよ」
男はそう言い、気の毒そうにレスターを見た。だが、彼はなぜそんな事を聞かされるのかがわからない。
「ええ。それで?」
「やつの出現した場所が問題でしてね」
「・・・まさか、また俺の自宅?」
「ああ、いえ、違いますよ・・・」
その時、捜査官の携帯が鳴り、2人の会話は一時中断された。彼はレスターから離れて通路の端に行き、同僚らしき者と話をしている。
そのうち、病院まで車を運転してきた方の若い捜査官がやって来て、レスターの向かいのソファに座った。レスターにおざなりの笑顔を見せ、電話中の先輩捜査官をちらりと見やる。
「マーシャ・オブライエンの家族に連絡を取りました。彼女の父親がやって来るそうですよ。いやぁ、びっくりしましたよ、彼女の父親って、あのジェフリー・オブライエンなんですね?クラシック融合音楽で有名なプロデューサー!本当に音楽一家なんですねえ」
「へえ・・・?」
レスターはクラシック音楽にうとく、残念ながら、彼と同じような興奮を味わうことはできなかった。ただし、彼女の家族がとんでもない金持ちなのだろうとは彼にも想像できた。