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第16話

あれだけの悲惨な事故に遭ったってのに、本人はいたって元気だ。

学内の実験室での検分に立ち会っている間、レスターは何度目かの視線をマーシャと合わせてしまい、あわてて視線をそらした。

彼女は今、事故機と同型の移動機器におさまっている。機体を囲む捜査官たちにむかって、彼女が当日に行った操作を事細かに、時々笑いながらも説明している。

周囲が心配したような動揺は、彼女には一切見られない。

またもや彼女と目が合ってしまい、彼女は一瞬だけレスターをにらむような仕草をした。彼は肩をすくめて両手を上げ、近くにあった椅子に腰掛ける。

彼女は事故前とかわらずに元気で好奇心にあふれている。

――レスターは彼女が苦手だ。好意を持って親しげに彼に近づいてくるからだ。

彼が尊重する“適度な距離を保った大人な関係”は、彼女の世界では無関係な気がする。自分の感情の赴くままに行動する人間を、彼は好きではない。彼は、そういったタイプの人間には自分のテリトリー内に一歩も入らせないように心がけている。


「――フレッドマン助教授?」

名を呼ばれて我に返ると、レスターの前にそのマーシャが立っていた。彼女はにこにことした笑顔で、彼の顔の前で手を左右に振っている。

「お・・・!?」

びっくりした。

彼はつい周囲を振り返り、彼女を見つめ返した。

「何だ、君か!もう終わったんだ?」

「いいえ、まだ」

彼女はつまらなそうな顔をして天井を仰いだが、すぐに気を取り直して彼の隣の席に座った。彼が見ると、彼女はにこっと笑った。

「なに考えてたんですか、助教授?」

「え?いや、別に・・・大したことじゃない」

「ふうん?」

彼女は訝しげに眉をよせ、レスターを見る。

表情がよく変わるコだ。クラス以外では目にしたことのない彼女を見て、彼は思った。


彼が彼女をじっと見つめると、彼女は戸惑ったように目をそらし、だがすぐに視線を彼に返した。

「私に、何か言いたい?」

なんだ、このコは。

彼が少し気分を害したように彼女を見ると、彼女は照れたように笑った。

「向こうでも見られてたから。なんかあるのかなと思って」

彼が不審そうに眉をひそめると、彼女はふふっと笑った。

「あ、なんだ、ちがうのね。絶対そうだと思ったのに」

あーあ、と彼女は残念そうに言って、大げさに息までついている。

なんなんだ、このガキは。

彼がむっとした様子に、マーシャの顔から急に笑顔が消える。

「あ、私の勘違いで。気を悪くしたんならごめんなさい、助教授」

「いいよ、別に」

マーシャは彼の冷たい言い様にびっくりして、思わず彼を見返した。授業内外の校内で関わってきた彼とは、ずいぶんとかけ離れた口調とさめた態度だ。


うっかり言ったのが吐き捨てるような口調になってしまい、レスターは自分の子供っぽさを呪った。彼女があ然として自分を見ているのが、妙にむかつく。

そりゃそうだ、彼女の知っているフレッドマン“助教授”は、いつも温和で笑っているはず。

彼は反省して目を閉じ、言い直した。

「俺はただ・・・君のことをちょっと心配していただけだ。君もいやな事を思い出さなきゃならないし、ここはひどい事故が起きた現場だから。俺だって――ここに戻ってくるのは、あまりいい気はしない。だから、つまり、君を見ていたからって、君に何かを言いたかったわけじゃない」

彼女は頷いたが、その表情から驚きは完全に消えてはいない。

彼はすぐに態度をもっと軟化させた。

「君も、事故のことを思い出すのは嫌じゃない?」

彼が笑いかけると、彼女の緊張が少しほぐれた。

「あ、そんなことは」

彼女が笑い返した。

「皆はそう言って心配してくれるんだけど、私には事故の記憶が何もないから――あの機体を見る限り、私はものすごく怖い体験をしているはずなのよね。だけど、ブルーライン記念塔からの出発以降のことを私は何も覚えてないから、嫌だとか怖いとか、そう思えることはなくて。私には自分が事故にあったっていう実感もないから・・・」

ああ、そうか、そうだった。彼女からは行方不明の間の記憶が飛んでいるんだった。

病院で再会した際、彼女との会話の中で判明した事実だ。

悲惨な事故にあった被害者っていうのは、彼女を外側から見た場合の印象か。こっちの方が失礼な勘違いをして勝手に彼女を哀れんでいただけなのか。

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