第15話
レスターとマーシャが次に顔を会わせることになったのは、それから4日後の現場検証の場だ。
あのひどい事故の検分は、事故後数日たった日に、入院中のロバートソン教授に代わりレスター1人が立ち会って既に終了していた。その彼にとっては思い出したくもない悪夢が起きた実験室で、マーシャが、試験の際に移動機に乗って出発するまでを再現する。レスターは、その際の移動機の外部状況を彼女の行動と合わせて証言する。
彼が集合時間の少し前に警察に出向くと、ロビーに近い通路のところで、険しい顔をして携帯電話で誰かと口げんかをしているマーシャを見かけた。話している内容までは聞こえなかったが、彼女が何回も“心配しすぎ”と電話口で言っている声が聞こえた。レスターが彼女に素知らぬ顔をして通り過ぎようとすると、彼に気づいた彼女が電話の相手に何かを一方的に告げ、通信を切った。
「フレッドマン助教授!」
後ろから走ってくる足音に引き止められ、彼は立ち止まった。くるっと振り向くと、彼女がちょうど自分の腕に手を伸ばしたところだった。
「ああ・・・久しぶり、マーシャ・オブライエン」
「“久しぶり”?」
彼女はあっけに取られ、くすくすと笑った。
「4日前に病院で会ったじゃない?それほど久しぶりってわけでもないと思うけど」
「あー・・・そうだった?悪い。最近、毎日が濃くてね。日にち感覚がマヒしてて・・・」
「ふうん。忙しそうね?」
レスターに促され、彼と並んでエレベーターに歩き出した彼女は、隣にある彼の顎にうっすらと無精ひげが生えかかっているのに気づいた。
いつも身なりに注意していた彼なのに、めずらしい。
何となく近づきがたい雰囲気を持っている彼に、彼女は新鮮な驚きを持って彼の横顔を見つめた。
「ところで君の方は?あれから、体調はいいの?」
あくびをかみ殺したのか、目に涙がにじんでいる。
マーシャは失笑しそうなのを必死で押さえ、彼の質問に頷いて応えた。
「そう、それはよかった」
エレベーターの前につき、2人は中に乗り込む。
「あの、フレッドマン助教授?」
「ん?」
彼は受付で着けてもらった客用カードをスキャンに照らしている。マーシャもそれにならう。
「何?」
いつもの彼のすました目だ。彼女は言いたい事を一息で言った。
「助教授も、テックの調査チームのメンバーなのよね?何か進展はあった?今、どうゆう状況になってるの?」
「ああ・・・」
レスターは彼女の質問をやり過ごすつもりで、曖昧に返事をした。
エレベーターが集合場所のある4階に着いた。扉が開く。
彼が微笑んで、マーシャを先にエレベーターから降ろさせた。2人の腕にある客用カードを読み取り、エレベーター前の透明な防護扉がスライドして開いた。
「あっちだ」
彼は目当ての部署がある方へと彼女を促した。彼女はちらっと左の方を見て、彼に頷く。
彼は彼女の質問に答えようとする姿勢を見せていない。彼女は返答を曖昧ににごされるのを阻止しようと、なおも彼の顔をのぞきこんで言った。
「私、自分の乗っていた機体の写真を見せてもらったの。あんな・・・すごい状態になったなんて、何が起きたのか想像もつかない。私だけがあそこから抜け出たなんて、信じられない。どーうしても、その原因をつきとめたいと思って」
自分で言いながら興奮する彼女に、レスターの視線がちらっと走った。その瞬間を逃さず、彼女の瞳がレスターを捕らえる。
「助教授、調査はどうなってるの?」
彼女の真面目な表情を見つめ、レスターが微笑んだ。
「まあ・・・原因がわかったら、君にも報告がいくはずだよ」
彼女は彼の顔を見つめ続けた。その瞳は、彼は苦手だ。
「・・・私もメンバーに入れてくれればいいけど、無理?」
「君の協力が必要なのは確かだけどね。・・・俺はもう外部の人間で、それをどうこう判断できることじゃない。テックに直接訊いてみたらどう?」
彼女の表情から期待感が一気に引いた。レスターはそれに気づいたが、何も言いはしない。
2人の姿をみとめた捜査官たちが、カウンターの内側から手を振った。レスターも手を振り返す。
彼の隣で彼女がうつむいた。
「・・・そうなんだ、残念。わかった、じゃあ、もう一回頼んでみる」
もう一回?
レスターが振り向いた時には、マーシャは捜査官の1人と握手をしている最中だった。
「ああ、フレッドマンさんも、ご苦労さまです」
「どうも」
すっかり顔なじみとなった担当捜査官と握手をしながら、レスターは、好奇心にあふれる表情が戻ったマーシャを横目で見た。