第14話
ホテルのスイートのようなリビング。正面には壁一面の大きな一枚窓、金色のアンティークのシャンデリア、部屋の中央には緑色の皮張りのソファがある。その手前のガラステーブルの上には果物とお菓子の箱がいくつか並べられている。部屋の右奥には病室に続くらしい幅広の扉が見えた。
レスターが部屋に一歩踏み入ると、自分と同年代らしい男がソファの左側部分に腰掛けている姿が目に入った。彼はダークブラウンのスーツに薄いピンク色のシャツを着ていて、首からはずされたネクタイがテーブルの上に無造作に置かれていた。
茶色がかった金髪のその男が顔をあげて入室者たちに目を向けると、彼が誰なのか、レスターには一目でわかった。
テレビで見かけた顔だ。
髪の色こそ違うが、マーシャよりは若干青いけれど同じように紫っぽい目をした、彼女によく似ている彼女の兄だ。
警察からレスターを紹介されると、疲れを顔ににじませた彼は明らかに怒った顔をしてソファからさっと立ち上がった。
「あんたか、マーシャをこんなめに合わせたのは!!」
彼女の家族に会う心の準備をしていなかったレスターは一瞬面食らったが、すぐに考え直して真摯に頭を下げた。
「申し訳ありません」
彼女の兄は外国語らしき言葉でレスターに何かをののしった。
興奮した彼の足が近づいてくるのに気づいたが、レスターはただ、頭を下げつづけた。捜査官の2人がレスターの横で構える気はいがした。
殴られてもしかたがない。
もう一度、レスターは謝罪の言葉を口にした。
マーシャの兄は何かを悶々とうめいていたが、大方の予想に反し、それ以上彼には近寄ってはこなかった。
「今頃になって当人から謝罪を受けるなんてね!あんたの父親は、妹が発見された当日に連絡してきたぐらいなのに!!」
――そんなこと、初耳だ。
レスターは思わず、頭を上げて彼を見た。
彼はいまいましそうにレスターをにらんでいたが、その反応を見た彼は、あきれたように目を見開いた。
「・・・何だよ、あんた?息子のくせして今の今まで知らなかったのか?あんたの父親の脳外科医、妹を全部面倒みますって言ってきたよ!世話になるつもりはないって怒鳴ってやったけどね!」
レスターは家族からの連絡も全て断っていた。
俺は何も、知らなかった。
彼は、うな垂れた。
場の空気が凍りつくのを察し、捜査官の1人が穏やかにたずねた。
「あー、オブライエンさん?その後、妹さんの様子はいかがですか?」
マーシャの兄は無言でレスターをしばらく見ていたが、捜査官の質問に注意を移すことにしたようだ。やりきれない、というように彼はため息まじりに答えた。
「特に変わりはないよ。あいかわらず、何もしゃべらない」
それから彼はレスターに一歩近づいた。レスターが神妙な顔でマーシャの兄を見ると、彼はあごに手をやりながら、挑むようにレスターを見つめて言った。
「発見されたとき、マーシャは本当に言葉を発したのか?」
レスターは首を小さく上下させた。
「フレッドマン、発見当時、彼女があんたにしゃべったって事は捜査員から聞いた」
マーシャの兄は警察に視線をやり、彼らがそれに同意して頷いてみせた。
「だからって・・・今もあんた相手に口をきくかどうかは怪しいもんだが。だけど、僕たちは可能性があるなら全部試したい。母は気が動転してる。なにしろマーシャは、ここに来てから全く何も、誰とも話さないんだ。でも、こっちの言うことは全て理解している、たぶんね」
そこで言葉が途切れて彼が顔をそむけた。が、彼はすぐにレスターに振り返り、くやしそうに涙をためてレスターを見据えた。
「彼女はたった一人の妹だ。本当は、彼女を科学の世界になんかやりたくなかった。ウチは音楽一家で、彼女にだって音楽の才能はあるんだ、彼女が勝手にテックに申し込まなければ行かせることはなかったし、こんな危険なめにあうことだってなかったさ!そんなこと言っても、まあ・・・もう遅いんだけど」
マーシャが家族から愛されて育ち、心配されていることはよくわかった。自分の主張を通して家族から反対された分野にいっても尚、彼女は愛されている。
ストレートな熱い愛情表現に馴れていないレスターは居心地が悪く、兄のセンチメンタルな演説をきいていたくなかった。
彼はかぶりを振り、言った。
「とにかく、彼女と話してみます」
「頼む。彼女は・・・あっちにいる。行ってやってくれ」
彼が指し示した部屋へ、レスターの後をついてくる彼の気配はなかった。医師と捜査官の2人が同行した。
茶色のぶ厚い引き戸につく金色のバーに四人の姿が反映していた。ハン医師が扉の前に立つと、ほとんど音もなく扉が左右に開いた。うすい水色の壁、クイーンサイズのベッドは左の壁の中央につけられ、部屋はほのかな柑橘系の香りがし、鉢植えの花や生花が何箇所かに飾ってあった。縦長の窓から柔らかな光が部屋に差し込み、入口にまで届いている。レスターが泊まっているホテルの部屋とほぼ同じ大きさだ。
ベッド脇にはベージュの布張りの椅子が2脚あり、1つの背にはピンク色のスカーフのような布がかかっていた。ベッドヘッドの右上にはグレーのカーディガン。中央のベッドには水色のブランケットが細長く盛り上がっていて、人がいることを示していた。濃茶髪の後頭部を見たレスターは、それがマーシャであるとわかった。
彼女が無事に生還したのはよかったし、かわいそうな体験をしたな、と同情する。多少の罪悪感だって持っている。けれど、ここまで関わることにレスターは気後れしていた。
現世に戻って初めて対面した相手が俺だからって、俺に口をきくなんてばかげてる。もしそうだとしたら、それはテレビや映画での作り話だ。
人が入ってきたのに気づいた彼女が体をこちらに向けた。
彼女を発見した当時よりはずいぶんと顔色もいい。元気そうだ。
「やあ、マーシャ」
ハン医師が、おそらくは、普段どおりに明るく声をかけた。
マーシャが笑い、ひじを使って体を起こそうとして、一行の中のレスターに目を留めて目を見開いた。
レスターがどういった一声をかけようかと迷った瞬間だった。
「フレッドマン助教授?どうしてここへ?」
あっさりと口をきいた彼女に、レスターは自分の顔を両手で覆ってしまった。
・・・こんな展開、ありえないだろ!
マーシャが行方不明だったとき、彼女がどこで何をしていたかを、別ストーリーとして近々UP予定☆
そちらをチェックしてもらうと、今後のストーリーももっともっと楽しんでもらえるはず〜〜