表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/54

第13話

マーシャは緊急患者として、すぐに病院へと運ばれた。

彼女が病院に搬送されるのを見送った後、警察隊の1人が、

「“あの事故の”レスター・フレッドマンさんですよね?」

と、彼の名前を再度確認する際、そう前置きをした。

その言い方に彼が不愉快そうな反応をすると、それに負けず劣らず、彼らも不愉快そうな表情をしていた。“入院中”の身とされているのに自宅にいたレスターは、警察から不信感を抱かれていた。

マイクロ・ブラックホールの発生した寝室が点検されている間に、レスターは科学警察官に発生状況を説明した。ブラックホールが発生した空間は、発生後2日間ほど封鎖される決まりとのことだ。彼は自宅から出なければならない。当然の流れとでもいうように、彼は科学警察署に連れていかれることになった。


レスターは警察車両の中で学院に今回の一件を報告した。そして、“入院中”とした件に関しては、彼らの口から科学警察に事情説明をさせるようにした。どういう話の流れになったのかは知らされなかったが、学校での事故を含めた諸々の事情聴取が終了するまで、レスターが警察の用意するホテルで滞在することでその一件は落ち着いた。

行方不明だったマーシャが発見されたことは学校側を喜ばせたが、彼女に時空病の疑いがあることを知り、彼らは慎重な態度に変わった。そして、彼女が事故当事者のレスターの家で発見されたことに不審を抱いたようで、彼も事故被害者の一人だというのに、彼の事情聴取と現場検分が終わり次第、学院まで“出頭”するようにと彼らから一方的に冷たく告げられた。


マーシャが発見されたニュースは当日中に世界中を飛び回った。彼女の遭遇した事故の希少性と、彼女の一家が有名だったことも手伝い、そのニュースは大々的に取り上げられた。マスコミは事故関係者に接触したがったが、担当教授は入院中、助手はどこかに潜伏中(と見なされていた)でそれも叶わず、学校側は試験期間中を理由にマスコミの完全シャットアウトを決めこんでいた。

ホテル滞在初日の土曜日、テレビで彼女のニュースをうんざりするほど目にして懲りたレスターは、意識的にテレビやネットのニュースから目を背け、知人や友人からの連絡を無視した。ロバートソン教授からの連絡も拒否した。

マーシャは病院の最高クラスの個室で、厳しい警護と防護システムに守られ、一連の必要な検査を受けた。

水曜日になって、マーシャの徹底的な身体検査が完了したとレスターは警察から知らされた。彼女が風邪はひいているものの他に目立った異常はみられないと聞いて彼は驚き、そして、今回は心の底からほっとした。


金曜日の午後、警察経由でマーシャが検査を受けている病院から、来院してほしい旨の依頼があった。警察は彼女に事情聴取をしたいそうで、彼が来院する際には同行したいという。

「どうして俺が病院へ?」

これよりさらにトラブルに巻き込まれたくない、と彼は警戒して電話をしてきた捜査官に訊いた。彼は、丁寧ではあるが自分を疑ってかかる警察の態度に嫌気がさし、軟禁状態である環境にも疲れていた。

男は何か言いよどんだようだ。嫌な間だった。

「俺は、知っている事は全部しゃべりましたよ。彼女の聴取に同席する必要はないと思うけど?」

彼は一連の騒ぎにはもううんざりしていた。キャルの待つハワイへ出発する日が早く来てほしかった。

「ええ、まあ、そうなんですが。・・・実はですねえ、彼女、こちらの言うことは理解しているようですが、一言も口をきかないらしいんですよ。医者にも看護士にも、母親にさえも。」

電話越しに男の声が沈む。レスターはその態度に苛ついた。

「彼女がしゃべらないって?口はきけるはずだ。現に、俺の部屋では何か話してたからな。」

部屋で彼女が叫んだり、すすり泣いたりしていたのを思い出してレスターが反論すると、男はたたみかけるように続けた。

「そうですよねえ?そうおっしゃっていたのは、私もよく覚えていますよ。でも今は、残念ながら彼女は言葉を全く発しないんですよ。もしかしたら、フレッドマン氏になら口をきくかもしれないと医者がいうので、ここは是非ご協力いただければとお願いしている次第で。」

ばかばかしい。親にさえしゃべらないのに俺に話すわけがないじゃないか。

レスターは、警察からの断れない依頼に憤慨した。

お願いしますよ、と男は尚も下手に出て彼に頼む。

彼は電話の向こうにいる相手にも聞こえるように、大きくため息をついた。

「わかった、伺います。」

投げやりな口調になったかもしれないが、レスターは警察の要求に同意した。お気の召すまま、何でもしてやろう。どうせ俺にはありあまるほどの時間がある。

「いつ行けばいい?今夜でも動けますよ、ただし、迎えがほしいけどね。」

彼と話した捜査官は、その頼みを快諾した。

その日の夕方5時、覆面の警察車両がホテルの地下駐車場につき、部屋から護衛してきた警察官の隣に立つレスターをひっそりと確保した。彼の事情聴取にあたった担当官2人が車内にはおり、車は一路、マーシャの入院している政府系病院へと向かった。


病院の最上階にある彼女の病室は限定された人しか行き来が出来ず、一般病棟とはエレベーターも別だった。エレベーターの天井は草原にスパンコールの宝石を散りばめたようなデザインで、奥行きも幅も広く、豪華なホテル並だった。降り立った通路からは、許可者だけが電子扉を通り抜けるシステムになっており、要人でも安全に滞在できるように配慮されていた。

電子扉を入って左手に看護士や医師の待機室があり、レスターたち来客を見つけた医師が室内から出てきた。1人だけ面識のない男をレスターと認識した医師は、彼に握手を求め、彼の来院に礼を述べた。医師は40代半ばのアジア系男性で脳外科医のハンと名乗った。

彼はレスターたち3人に合流し、病室の大きな引き戸までゆっくりと歩いていく。

「ハン医師、彼女は本当にどこも異常がないんですね?」

扉が引かれる前にレスターがたずねた。ともすれば失礼な質問だが、ハンは機嫌を損ねることなく、左右に首をふった。

「検査は複数の医師が関わって実施されましたよ。初日は風邪で熱があったがすぐに治ったし、喉に少し炎症が残っている以外、細胞レベルにわたってどこにも異状はみられない。それに、喉の炎症は大したものじゃないんですよ。」

ハンはそう答え、警察の2人をちらりと見た。

「じゃあ、声が出せないのは、精神的ショックからだと思うのが妥当でしょうね?」

「可能性としては、それがいちばん考えられますね。」

彼はレスターににこやかに返事をし、大きな扉の横にあるスキャンに手をかざした。扉が静かに左に開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ