第12話
彼女の紫に光る二つの目がレスターをとらえたが、そこにはまるで反応がない。
ガラス玉のような丸い物体は彼からその背後にいるXR-2に移り、そして、天井からふりそそぐやわらかいピンクの光を放つ照明で止まった。
「雨・・・」
初めて言葉らしき言葉を発した彼女だったが、レスターがそれを聞き取れずに怪訝な顔をするのを見ると、急に恐怖におどろいたように呼吸を早め出した。まるで、喘息の発作のようだった。
「オブライエン?おい?どうした、大丈夫か・・・」
「ああ、死にたくない・・・・!!」
再び彼女に抱きつかれたレスターは、その時になって彼女の体が温まっているばかりか、それを通りこして熱いぐらいになっていることに気がついた。彼と触れ合う肌に、じっとりと冷たい汗をかいている。
反応の鈍さ、熱、冷や汗。この症状は――
時空病!!
まっさきにそれを疑うべきだった・・・!
彼は、彼としたことが、今の今まで気にかけもしなかった。
「XR-2、俺は今動けないから代わりに科学警察に、俺の部屋にマイクロ・ブラックホールが出現したと連絡してくれ!消失処理には成功したが、ブラックホール内から行方不明者マーシャ・オブライエンが出てきて、時空病にかかっている疑いがあると付け加えてくれ。早急に救助願う、とね!」
XR-2が連絡処理を行っている間、彼はマーシャを必死になだめすかしてついに彼女の腕から解放の身となった。彼女は2つのクッションにしがみつき、毛布にくるまれてぶるぶると震えている。彼はさらに毛布を足すと、彼女の体がすっぽりと毛布に丸め込まれているかのように、隙間を全部埋めてやった。
信じられない。なんで俺のとこに・・・
「・・・うそだろ、こんなの。」
思わず声をもらしてしまった彼は口を手でおさえ、XR-2の他には誰もいない室内を見回した。
彼は言いようもないほどに焦っていた。
「オブライエン?」
彼が声をかけても、紫の瞳は天井を見上げたまま、視線はどこにも移動しない。
早く処置をしなければ、彼女の脳に損傷がでかねない。
レスターは焦りながら、自分の気持ちを落ち着けるためにも、彼女の手を握っていた。
XR-2が運んできた、できあがったばかりのホットミルクの甘い湯気を彼女の鼻先につけてやったが、彼女は反応を示さなかった。
続けて、ホットレモン。
ダメだ、反応なし。
5分もしないうちに家のインターホンが鳴った。階下のマンション入口を映すディスプレイが科学警察隊の到着を告げている。XR-2がそれに返答し、報告主の住まいだと彼らに確認していた。
彼らにはセキュリティ・ガードを抜けられる特権があるので、レスター側で入口の鍵を解除させてやる必要はない。警察隊は通常エレベーターではなく、機械仕掛けの簡易移動機に乗り込んだ。
また、家のインターホンが鳴った。玄関扉の前に彼らが来たのかと思ったが、そうではなくて階下のインターホンだ。カメラには科学救助隊たちの姿が映っている。時空病の疑いがあるマーシャを迎えにきたのだ。
紺とシルバーの特殊スーツを着用した科学警察隊3人が玄関からレスターの家に入り、手に持ったセンサーをあちこちに向けながら、リビングでマーシャにかかりきりとなっているレスターの前に現れた。
「レスター・フレッドマンさん?」
真ん中の男がマスクの下からスピーカーを通してレスターに呼びかけ、彼は頷いた。男たちはソファに横たわるマーシャにも注意を向けている。
「現存するブラックホール反応は近くにはもうありません。念のために点検をしますが。そちらの方は、ご無事ですか?」
レスターが男に答えるより前に、玄関に救助隊が到着した。白とオレンジ色のユニフォームを見た警察隊はすぐに状況判断し、彼らに道を開ける。
「俺は大丈夫だ。でも、彼女は・・・早く病院で手当てを。」
どちらに言うでもなく、レスターはマーシャに視線を落としてそう言った。
救助隊が彼女を搬送するためのボディバッグを取り出す。レスターは彼女の手から自分の手をそっと放し、ソファから静かに立ち上がった。
「この状態になってどのぐらい経ちます?」
「10分は・・・経っていると思う。」
「出現したマイクロ・ブラックホールで被害を受けたのですね?」
救助隊のボディバッグがふくらんでいる横で、科学警察官の1人が口をはさんだ。
「恐らくは。いや・・・というか――彼女は、そこから出てきたんだ。」
レスターは自分自身の放った言葉が信じられない気がして、その後、ためらったように口をつぐんだ。両方のチームが驚いて彼を見る。
彼はまるで自分が嘘つきになったかのように感じたが、とにかく、彼女を早急に病院へ運ぶことを優先させ、彼らに言った。
「早く、今すぐに彼女を連れていってやってくれ。彼女は・・・彼女は、事故で行方不明になっていたマーシャ・オブライエンだ。」
マーシャが行方不明となっていたときの話
「南の空の向こう」
UPしてます!
そちらもよかったら、見てねー