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第11話

彼がボトルを投げ入れてから15分、ドアの振動も風のような音も、何もなくなって辺りが沈黙したのをみとめ、レスターは意を決し、寝室の扉に手をかけた。

振動は何も感じられない。

何の音も聞こえない。

大きく息をつき、彼は手に力を込めて、そろそろと静かに扉を10cmほど引いてみた。

中からは音も光も、何の気はいもない。

それでも慎重には慎重を重ね、彼はさらに10cm開けてみた。そして、自分の手を室内に向かってかざしてみる。

何も、起こらない。


・・・消えたか。


彼はまず、マイクロ・ブラックホールの出現した壁の隅に目をやったが、そこはもうただの壁なだけだった。左の壁面に何かが引きずられたような大きな黒い傷跡がついていたが、彼が予想したよりも部屋の家具は喪失していなかった。壁面のオブジェやベッドサイドのランプ、電話はなくなっていたが、ベッドは元の位置にあった。クローゼットの開いた扉から放出された彼の服が床やベッド上に散乱していた。

彼が足を踏み入れると、クローゼットの前に1.5m長のカヤックのような形をした丸太が転がっているのに気づいた。そして、その周りにはそれに付随してきたと思われる茶色の土が点々と床を汚していた。壁面の大きな傷は、この丸太が空中を飛んでいたときに作ったのだと思われる。ブラックホールでつながっていた別の世界から持ち込まれた、置き土産だ。

空間が安定していたことと、被害が最小限に食い止められたことに安堵した彼は、科学警察隊にマイクロ・ブラックホールの出現を報告する義務を思い出して、リビングに戻ろうとした。捜索班が訪問してくる前にあの女をさっさと帰らせなければ。


そのとき、ほんの少し前まで自分と女が居たベッドをふと見た彼は、白いシーツとその上に散乱する服の山がゆらゆらと動いているのに気がついた。

まさか、別のマイクロ・ブラックホールが!

はっと身構えた彼だったが、くずれていく服の山の下から人間のつま先が出てくるのを目にして、別の驚きに目を見張る。

「誰だ、そこにいるのは・・?」

シーツの下から現れた足は小さく、人間の女のようだった。

「・・・おい?」

彼はおそるおそるながら近づいた。

あの丸太と同様に、どこかの世界から連れ去られてきた人間だ、きっと。

女は堆積した服の下で、どうやら必死にもがいているようだった。彼がベッド横に行くと、か細い声ながら彼女が何かをしきりに言っているのが聞こえた。

自分にわかる言葉ならばよいが、と心配しながら彼女を覆う服をかきわけていくと、障害物を取り去られて目の前が明るくなった彼女がいきなり、目の前に現れたレスターの腰にガバッとしがみついた。

「・・・・!?」

見たこともない生地でできた民族服、それも所々が破れた服をまとったその彼女が気の毒なほどに体を震わせ、言葉にならない言葉を何度も繰り返すのを耳にし、彼はしばらく彼女をそのままにしておいた。ブラックホールの外で恐ろしい思いをしたレスターとは比べられないほどに、内を通り抜けてきてしまった彼女は、相当に恐ろしい思いをしたにちがいないから。


茶色の髪をした女の体は冷え切っていた。レスターはベッドにあった服を2枚ほど取り、彼女の肩に重ねてやった。

マイクロ・ブラックホールが出現した部屋にいつまでもいるのも不快だったので、レスターは一向に体温の戻らない彼女を自分の体にしがみつかせたまま、寝室を後にした。

「XR-2!」

リビングにいた彼はすぐにレスターに返事をした。レスターが見知らぬ女を抱きかかえたまま廊下を歩いてくるのを見て、彼は脇によけて道を空けた。

「毛布を1枚、持ってきてくれ。」

彼女を降ろす適当な場所を探しながら、彼はいつのまにか事務局の女がリビングからいなくなっているのに気づいた。ダイニングテーブルの上に置いてあった女のバッグも消えている。余計なトラブルに巻き込まれるのを怖れて、さっさと退散したのかもしれない。どちらにしろ、捜索班が来る前に帰ってもらうつもりではあったので都合がいい。


濃いクリームベージュの幅広のソファに女を降ろそうとしたのだが、彼女は金切り声をあげ、彼から離れまいとものすごい力で必死に彼の体に手足を巻きつけた。耳をつんざくような声にレスターはイラついたが、理性で何とか抑え、幼児をあやすように声をかけながら彼女を自分から引き離そうとした。

「よーし、大丈夫だからな?もう何も怖いことはないから、安心していい。」

XR-2が差し出したブランケットを引き取って彼女の体を包みこむと、彼女の抵抗が少し弱まった。

「そうだ、いいコだな。さあ、俺も横にいるからおとなしくここに寝て。」

自分もソファに横になりながら彼女をゆっくりとソファの上に倒すと、彼女は安心したのか、彼にからませていた腕からようやく力が萎えた。呼吸音はまだ荒いが、だんだんと一定になりつつあり、彼は彼女の頭を手で支えながら、ゆっくり慎重に彼女の体をそこへ横たえた。乾燥して荒れた髪に包まれた顔は化粧しておらず、10代の女のようだった。

「うー・・・ん・・」

少女が唇を震わせながら自分のバスローブの襟をつかむのを、哀れに思って見つめるレスター。

「かわいそうに・・・よほど、怖かったんだな。」

土埃にまみれた前髪をそっと脇にかきあげてやった彼は、彼女がそれまでぎゅっと閉じていたまぶたを薄く開けようとするのに気づいた。

「いいよ・・・ここは安全だ。目を開けても大丈夫だよ?」

彼女が自分の言葉を理解するかどうかわからなかったが、ともかく彼は声を掛けた。

それを解したかどうか、彼女は薄目を開けたまつげの下から辺りを見回し、彼女が不安そうに目を開けて瞳を彼に向けたその直後、レスターは衝撃を受けて叫んだ。

「ウソだろ!?・・・マーシャ・オブライエン!」

ついに、行方知れずだったマーシャが帰ってきました。

それも、なぜかレスターの家。。。


行方不明の間、彼女がどこにいて何をしてたか、

もう少し後になったら、別ストーリーとして発表しますね〜

そっちも切ないですっ


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