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第9話

その後夕食までの間に、彼は5人分のレポートを読み、添削し、評価をつけた。処理済みのレポートを大学に送り返した夕食前にはキャルから連絡があって、彼女はテストを全て完了し、退寮の準備を始めると言っていた。彼女は今週末には寮を引き上げ、来年初めに海外赴任するまでの間は一時的に実家に帰省し、クリスマス前後は家族・婚約者と共にハワイ旅行をするのだ。彼女はレスターに“入院”期間を楽しむようにと心強い助言を与え、笑いながら応答を切った。


軽い夕食をとっていると、今度はめずらしく妹から電話があった。彼女は父の再婚相手との間にできた娘だったが、父よりは随分と話しやすい人柄なため、父とレスターのパイプ役にもなっている。1年に3度あるかないかの頻度で連絡が来るが、いつもあまり良い話ではない。

「なに、父に何かあった?」

前回の電話では父が病気になったとの話があったため、レスターは警戒して訊いた。

「いいえ、そうじゃないわ。パパはあいかわらず病院から帰ってこない。元気だってことよ。」

彼らの父親は脳外科医である。性格は穏やかで責任感が強く、医者としての腕もいい。

「そうじゃなくて、パパから連絡があって、事故にあったレスターの体を自分の病院で検査したいって伝えてくれって。私に電話するくらいなら、あなたに電話して言えばいいのにね。」

「ああ・・・そう。俺なら平気だよ、病院であっちこっち検査された。どこにも異常はない健康体ってさ。念のために退院しないだけで・・・」

家族にも、実際にはもう退院していることは知らせていない。嘘をつくことに少し、良心が痛む。

「そうよね、だと思った。パパったら、時空病にでもなってるんじゃないのかってきかないのよ。」

「俺は乗っている方じゃなかったからね。ご心配なく、って伝えてくれ。」

「そうね。」

「俺の緊急連絡先は父になっているから、また何かあればそっちに連絡が行く、とも言っておいて。」

「わかったわ。」

彼女はくすっと笑った。

「・・・そうそう、そういえば、その搭乗者のコってどこに消えちゃったんだろうね。レスターも心配でしょ?彼女の母親とお兄さんがTVで情報提供を訴えているのを見たわ。なんか、有名な音楽一家らしいわね。近いうちにどっかで見つかったらいいのにね。」

「そうだな。」


そして、妹との会話を終えたレスターは、またTVのスイッチをつけてニュース局にあわせた。

彼が夕食を再開してしばらくした頃、妹が見たというマーシャの家族の訴えが放映された。彼女の母親だという女も年齢のわりには若く見え、男性の方はマーシャの鼻や眉と同じ形を持っていた。二人はそれぞれ、海外で活躍しているクラシック奏者だそうだ。

彼女が行方不明となって6日。二人は依然として行方のつかめない彼女の捜索協力を世間に嘆願し、スタジオの客席にいる観客たちの涙を誘っていた。


夕食後に手をつけようと思っていた事故調査はなぜか気乗りせず、彼は代わりにレポート添削に集中することとした。

疲労が蓄積されているせいで、12時をまわった頃にはとても目を開けていられなくなった彼は、仕方なくベッドに行くことにした。何だか足が地についていないようにフワフワとし、目眩がするように感じた。ここで体調を崩すわけにはいかないと思った彼は、気合もあらたにベッドにもぐりこんで、10秒もたたないうちに眠りに落ちていた。


勤務に丸々一週間行くことなく迎えた、金曜日。

昨夜の熟睡がよかったのか、レスターの気分は爽快だった。朝からステーキでもいけそうな気分だったが、さすがにそんな無理をするのは止めておいた。

朝食後にシャワーを浴び、いつものようにメッセージをチェックしていると、またもや教授からのメールが入っていた。中身を見るまでもない、と彼はその存在を無視し、他のメッセージに返信を書いた。そのうちの1通には昨日もらった大学事務局職員宛も含まれていた。

事故の要因に関連性のありそうな情報をネットや本で収集した午前中があっという間に過ぎ、引き続き、食事代わりのりんごを片手にテストの採点を行った。2名分のレポート処理も完了させた。

その後、休憩のために軽くストレッチをしながらTVを見ていた彼のところへ、XR−2が来客を知らせに来た。

「誰?」

「“シマーズ”サマトオッシャッテイマス。」

「わかった。通して。」


エレベーターで上がって来たのは茶色の品のいいワンピースを来た若い女だった。彼女はレスターを見ると、大きな口でにっこりと笑いかけた。

「お邪魔だった?」

彼女は後ろで3つにまとめた黒髪をほどきながら、レスターに近づいてくる。

「いいや。今ちょうどひと息ついていたところ。来てくれて嬉しいよ。」

彼が床から立ち上がると、彼女はさらに表情をゆるませ、彼が伸ばした腕に自分の腕を伸ばした。

「私こそ会えてよかった。このまま会えなかったら、きっと・・・すごく後悔していたと思う。」

彼女がほどいたまとめ髪はゆるいカールとなって彼女の肩を飾っていた。色白の彼女の肌が、嬉しさからか興奮からか、うっすらと赤くなっている。

襟から見えるその赤い肌に手をふれたレスターは、彼女がうっとりと自分を見つめる視線に出会った。

「来て。」

彼が口を近づけると、彼女は力強くその唇にしがみついてきた。彼はキスを交わしながら彼女を自分の腕に抱き上げ、そのまま寝室へと運んで行った。

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