8. 女神シスターズ、降臨!(研修 三日目その1)
やっと三日目に突入しました。新キャラ登場です。
ああ、何年振りかな、朝御飯のいい匂い。
「ご主人様、7時でございます。起きてくださいませ」
羊毛キルトのお布団越しに優しく揺すられて、『ご主人様』と呼ばれるのがちょっとくすぐったい気がして。
「ではこれからは、シルヴァイラ様とお呼びいたしますね」
「うん、お願い」
少し目を細めて微笑むシンシアと、もう何年も一緒にいるみたい。
1人で食べる朝食だけど、そこにシンシアがいてくれるだけで何だかほっとする。
「ねえシンシア。今日の予定だと、お昼と夕食も神様方に召し上がっていただくと思うんだけど、食材は十分にあったかなあ?何か足りないものとかある?」
「左様でございますね…今日の分は十分にあるかと。お肉も野菜もありますし、塩・胡椒の類も粉類もございます。ただ明日からは、葉野菜などは早めに使い切らないといけませんね。お貸し頂いた魔法袋はお返しするのでしょう?それですと冷蔵庫に入りきらないお肉は塩漬けにするか、干すか燻製にして日持ちをよくしておきませんと」
「あ~、そうか。エバンジェリンさんが張り切って注文しちゃった分があったな~。魔法袋、自分で作れないかな~」
魔石を使った冷蔵庫はあるがいつまでも鮮度を保てるわけではないし、かと言って状態保存の魔法をかけっぱなしには出来ない。いくら神様から直接付与された魔力が他人より多くあるとはいえ、ずっと使い続けたら枯渇しちゃうよね。せめて冷凍庫でも作ろうか?そしたらそのうちアイスとかが食べられるかもしれないし。
「空間魔法とあとは時間をなんとかすれば…だめだ、そのナントカがさっぱりわからん。この世界は他に魔法袋的なものってないのかなぁ?」
「ございますよ」
「!知ってるのシンシア?」
「数は少ないですが、『古代の遺物』としていくつか残っているようです。所有しているのは王家や教会ですね」
「あ~、売ってるわけじゃないのね。じゃあ個人的に手に入れるのは無理っぽいね」
「もし売るとしたら、下級貴族の屋敷並みの値段がするかもしれません」
「えっ、貴族の屋敷?あ、でも食糧とか財産も無限に入れて持ち運び出来るし、それくらいするのは当然かも」
例えば商人が荷馬車3台に商品を積んで移動しようとした場合、まずその荷馬車も馬も御者も要らない。商品そのものも袋に入れてしまえば、周りから見ても大した荷物は持っていないと思うだろう。
もちろん本人の移動のための馬車や護衛は必要とだしても、荷馬車の経費が丸々浮くのだから、護衛の数を増やすなり質を高めることが出来る。
商品のみならず旅の食糧や水まで持ち運びが出来るのだから、今までは行けなかった遠い国へも行けるだろう。
ならば、たとえ高額な買い物であろうと何としても手に入れようとする人間だっているだろう。
「王家が所有してるってことは、戦争の時に兵糧や予備の武器を入れるため、かな」
「そうですね」
「教会はどうしてなのかしら」
「福祉活動や遠隔地で布教を行う時に使うのだそうですが、実の所は高額で貸出もしているようですわ」
「レンタルか!でもシンシアは何でそんなこと知って…あ、そうか。『知識』の中にそれがあるのか」
「左様でございます。一般に知られているようなことなら、どうぞお尋ねくださいませ」
一般的な知識。それがなかなか難しい所なんだな。
買い物しようにも相場がわからないし、植生だってあっちと違うから食用とか味とかよくわからな…あ。
「じゃあ、薬草の種類やポーションの調合とかは?」
「存じておりますし調合もできます。ですがあくまで一般的なレベルですので、上級ポーションなどは作れません。それに薬草や野草の見分けは出来ますが、採取する際にシルヴァイラ様のような『探査』は使えませんので、時間がかかると思います。かと言って採取のみをシルヴァイラ様にお任せするとしても、転写や映写の機能もございませんので、絵や映像での説明も致しかねます」
「おおっと、ちょっと現代知識も混じってるのか…じゃあやっぱり私が薬草の採取をするには何か…そう、図鑑とかがないとだめね。いちいちギルドに確認にも行けないし」
「図鑑ですか。大きな街の書店にはあるかと思いますが。採取地に近いリーニスタにも置いてあると思います。ただし大変高額でございます」
「うん。でもいくらだろうとそれが必要なら買っておいた方がいいわね。近いうちにもう一度宝石を掘ってくるわ。昨日は大急ぎで掘ったもんだから、もう適当だし時間はないし」
まだ二日しか経ってないけど、ここへ来た時にあったあれこれをシンシアに話して聞かせると、
「そうでしたか。私がこちらへ参ります前にそのようなことが」
と、口元に手をあててころころと笑った。結構可愛い。
「ですが、それでしたら時計も必要なのではございませんか?」
「そうなのよね~。でもあっちみたいに腕時計は無いだろうし…そう言えば、神様は『9時』って仰ったけど、それって私がここにいても時間が判るってことよね?なんで?」
「それは私に時計機能が内蔵されているからでございます。ここにいる限りは、私が時刻を申し上げますので。今朝も7時にシルヴァイラ様をお起こし致しました」
「あ、そうだった!確かに7時って言われてた。そうか~う~ん、あ、懐中時計ってここではもう出来てるの?」
「はい。ですがそれも全て誂えで、時計職人が1点ずつ手作りで作っておりますので」
「成程、少ないし高いってわけね」
「左様でございます」
「あ~やっぱりもっと宝石掘ってこないとダメか~」
研修は今日で終わりなので、早速明日にでも行ってみよう。
今度は時間の制限がないから、じっくり『探査』しながらピンポイントで採掘していけばいいのが見つかるだろうし。ああ、そうだ。
「ねえシンシア、うんと丈夫な袋か鞄って作れる?」
「丈夫な袋か鞄、でございますか?」
「そう。今日魔法袋を神様にお返しするなら、その後は採掘も採取も買い物も『袋に入る限り、持てる限り』になるじゃない。だからそれ用の袋が欲しいの。宝石は鉱山で原石だけ『分離』かけて出来るだけ軽くするからいいんだけど、鉱石はねえ…重いし嵩張るし、その場で精錬しても…いややっぱ重いか」
「左様でございますね…でしたらいっそ小さめの荷車をお作りになられては如何でしょう?馬が無くとも魔方陣での移動なら、その方が多く運べるでしょうし」
「カートか!その手があった!」
軽金属製の折り畳みでなく、ゴムのタイヤでなくても、木で作って魔法で強化すればこの時代でも違和感無く荷物を持ち運び出来るじゃないの!
「ありがとうシンシア、すごくいいアイディアだわ!小型のと中型のを作れば買い物にも採掘にも便利だし。早速デザインを考えなきゃ、って今何時?」
「8時36分でございます」
「うおおっと、準備をせねば!」
顔を洗って着替えると、偽装したはずの扉をコツコツと叩く音が…ってまさか。
「私だが、入ってもいいかね?」
「あ、ただ今開けますので!」
扉を開けると神様が立ってらした。
「おはよう」
「おはようございます。どうぞ中へ」
「うん」
シンシアがテーブルを整えてくれていたので、そちらへご案内する。だってソファとかまだ作ってないもんね。とりあえず椅子は4つ作っておいたけどね。
「どうだね住み心地は、とは言ってもまだわからんか」
はは、と軽く笑っておられますが、これが結構気に入ってるんですよ神様。
「いや~、シンシアがハイスペックで、すごく助かってます。色々相談にも乗ってくれますし」
「そうか、それなら良かった。それでは女神たちが来る前に、軽く説明をしておこう」
テーブルの上で、神様が手をひらりと動かすと、3Dで銀色のドームが…さすが神様、ここ中世っぽい世界なんですけどそんなの全然関係ないですよね、うん。
「見ての通り、転移点を含む異空間は、君たちの概念で言う処のドーム空間として裏山に存在している」
………突っ込み処満載なんですが。
「まあなんだ、この家の裏山の中身をくり抜いて、こんな感じのドームが丸ごと入っている、と思えばいい」
「あの裏山に!?」
「実際は異空間だから、裏山を掘ったとしても何も出てはこないがね。位置的にあの辺りだと捉えてくれ」
「はあ、はい」
頭の上に、盛大に『?』マークが出現していたと思う。
「まあ、最初はさらっと聞いてくれ。質問は後で」
うぬぬ、見えておられましたか。
「ドームの内側が我々の領域になるのでここに入ることは出来ないが、ドームの外側が君の見回り区域になる。今までの結界はこの見回り区域まで張られていた。しかしこれからはドームそのものをまず結界で覆い、その上に見回り区域からこの家に繋がる回廊までを一回り大きな結界で包むようにする。…ここまではいいかね?」
3Dのドームの周囲をくるりと指で指し示すと、神様は私の反応をご覧になった。頭上の『?』の数を数えてらっしゃるのかもしれん。
どうしよう背中に冷や汗が。
「え~と、あ、つまりお饅頭の餡子を二重の皮で包むようなカンジですか?」
「……概ね間違ってない」
饅頭か?饅頭なのか!?という葛藤が少なからず御顔に出ていらしたが、小さい事、と飲み込まれたようだ。
「二重の…二枚の皮の間に空間があって、その中に見回りのための通路がある、と考えると良いだろう」
饅頭でご説明くださった!
「つまり、皮と皮の隙間を歩いて、中から餡子がはみ出てないかを3日に一回見て回ればいい、と?」
「…そう言うことだ」
なんか色々諦められた気がするが、仕事内容に齟齬があってはいけないので私の理解力に合わせて頂くとしよう。
「あの~ドームって結構大きいと思うんですが、円周って言うか、外側を一周するだけで異常って発見できるんでしょうか?天辺の方って下からは見えないんじゃないかと」
「ああ、それは現場で説明しよう。そろそろ女神たちも来たようだしね」
「えっ?」
不意に部屋の中がきらきらと明るい光で満たされ、光の中から二体の影が、弾けるように飛び出した。
「愛と癒しと豊穣の女神、セラス 降☆臨!」
「ぶ、武と財と、招福の女神、ベルラス降~臨…」
「「二人で創世!女神シスターズ・セラベルス顕現!!」」
お読みいただきまして、ありがとうございます。