6. 更に色々やらかした。ま~いっか。(研修 二日目その2)
スケジュール通りにはいかないのが『お買い物』。そんなお買い物の、あるある、な感じで。
書きながら『はて、中世にはどんなものがあったかのう?』と調べたり。
…『付け焼刃』という言葉が頭から離れない(滝汗)
私は今、エバンジェリンさんの案内で、ここリーニスタの商店の立ち並ぶ通りを歩いている。
気が急いているので、ちょっと速足気味だ。
「お忙しいのにホントすみません」
「いえいえ、これも仕事ですのでお気遣いなく。それじゃあ、まずは布から?」
「あ、はい」
「どのような、というか、何に使われる布をお探しですか?」
「色々です。寝具とか、カーテンとか…あ、亜麻布は大量に欲しいです。時間があれば服も見たいんですけど、日用品と食糧のこともあるのでそれは今度でもいいですし。とりあえず今夜の寝床に必要なので、まずは布の種類を沢山扱っている店でお願いします!」
「…失礼ですが、荷車か何かで運ぶんですか?どこかに預けてる、とか?」
「あっ、いえ、あの…それは魔法的裏技がありますので!詳しくは言えませんけど」
「そ、そうですわね!魔法がありますもの、そこは大丈夫でしたわね」
「はい、大丈夫です!だからどんどん行きましょう」
そんなわけで、まずは生地・服地などを多く取り扱っている大店へ、とやってきた。
「ほおお~すごい~」
入って真正面の壁一杯に作り付けの棚があり、色とりどりの布で埋め尽くされている。
目を引く華やかなドレスや清楚なブラウス。ソファにはクッションが置かれ、洒落たテーブルには可愛い小物が飾ってある。手編みのレースの襟が、中世っぽい。
よく見ると、L字型の陳列棚の奥にも広いスペースがあるようだ。
「いらっしゃいませ。あらエバンジェリンさん」
「こんにちは。今日はお客様をご案内してきたので、色々相談にのってくださいな」
「まあ、ありがとうございます!それではどうぞこちらにお入りくださいませ」
思った通り、奥の部屋(?)に通された。こちらは表ほど布の種類はないが、すっきりとした調度で絨毯を敷いてあり、中ほどを広く空けてある。間仕切りのカーテンがあるので、どうやらドレスの仮縫いなどに使われる部屋らしい。
え…、ちょっとここって、もしかしてお高いんじゃないの?ま、今は懐が温かいからいいけどね。
「こちらはシルヴァイラさん。お引越しをされたので、色々揃えたいものがあるそうなの。今日はこのあとご用事があるので、ちょっと急いで欲しいのだけど」
「まあ、そうなんですか。それでは早速伺わせていただきますわ」
まずは寝具に使いたいので、どんな布がいいかを相談すると、貴族の邸宅で使用されている『羊毛のたっぷり詰まったキルト』を薦められた。うぉ~い…
「もちろん寝台の大きさに合わせて誂えるのが一番ですが、すぐにお使いになられるのでしたら、少し薄手の羊毛キルトを何枚か敷いてみて調節されるといいですわ。その上にシーツとして亜麻布か平織りの布を被せれば」
なるほど、と思った。
この世界は中世と似ている。庶民は干し草や藁をぎゅうぎゅう詰め込んだベッドに直接布を被せて寝床にする。
そう、『ハ〇ジ』のアレだ。へたってくると新しい藁を足して…というやつ。
だけど、私は農家ではないのでそもそも『藁』を確保する伝手がない。当然補充もできない。
「おいおい揃えていけばいいので、まずは寝心地をそれで試されてはいかがでしょうか?」
うん。それで行こう。決定。ついでに枕も。
「はい。亜麻布はシーツ用に3枚ですね。え?それ以外にもお使いに?それでは…」
タオル代わりに顔や体を拭いたり、肌着や寝間着に仕立てたり、と亜麻布は利用範囲が広い。薄手のものは洗うほどにくたりと柔らかくなっていくらしい。後々のことを考えて、薄手の亜麻布を大量に買うことは決めていた。
カーテン用の生地も買った。はさみや針や糸などの裁縫道具もまとめて買った。
「こちらで仕立てもしておりますので、よろしければ承りますが」
そう言われたが、部屋の間取りもまだこれからなので、次の機会にぜひ、ということにしておく。
「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております」
満面の笑顔で見送られる。
そりゃそうだ、しめて金貨1枚と銀貨40枚のお買い上げ。14万円て…でも夕べ意外と寒かったんだよ!
森の中、出来たてのがらんとした家の中で毛布一枚は寒かった。スプリングのきいたマットレスもないこの時代、腰痛になったらどうする!や、魔法で治すにしても寝辛いだけでしょ?だから羊毛キルトを3枚しっかり敷いて、掛布団代わりに1枚掛けて。それで足りなかったらまた買おう。どうせ冬にはもっといるし。
あ、魔石を使って部屋の温度を一定にしてもいいのか。
でもぬくぬくのお布団はやはり捨てがたいものがある。なので後悔はしていない!
「本当に便利ですわね…あれだけ買ったのに手ぶら、って」
エバンジェリンさんがしみじみと呟いた。
そう、買ったものを全部持ってきてもらって代金を払ったあと、二人に部屋を出てもらい、例の袋に全部入れたのだ。入れるところは見せてないけど、『魔法ですから!』で全て済ませた。
二人とも唖然としてたけど、一応『これはどうぞ内密に』ということで了承。だって私はいいお得意さんになるかもしれませんからね?
「さ、じゃあ次は日用品で、それから食糧です。あ、今何時?」
「あ、えーっと」
エバンジェリンさんが顔を上げて、通りの向こうに見える教会の壁に目を凝らす。
「あの教会に人形時計がありますので。えー、今10時半を少し回ったところですね」
なんと、この世界にもからくり人形の時計があったんか!え、10時半?
「ちょ、もう10時半?次、早く行きましょ、次!」
観光も出来ない厳しいスケジュール。せめてお昼だけでもなんとかしたいので、速攻で日用品…鍋とかスプーンやフォークやナイフを買った。ちなみにフォークは二股だった。
「うおっ、もう11時回ってる?うっそぉ!」
「シルヴァイラさん、食料品店はこっちです!」
通りを歩く人たちの間を縫うように、二人とも小走りで店へと急ぐ。
「こっ、こんにちは!食糧と調味料一式、じゃない、塩と砂糖と胡椒とパンとワインと、えーとそれから」
「シルヴァイラさん落ち着いて!済みません、こちらの方に小麦とライ麦と塩漬けの肉と干し肉と」
「エバンジェリンさん肉はそんなにいいから!肉は狩るから!むしろ野菜!野菜と果物!」
「果物ってどこの貴族ですか!人間、塩と水とパンと肉がありゃあいいんですよ!野菜なんぞそこらの野草を引っこ抜きゃあそれなりにイケますよ!」
「うわー壊れた!エバンジェリンさんが壊れた!誰かー!ニトーキンさ~ん!」
「こらー!笑いながら言うなー!呼ぶなー!アンタも壊れてるよ!ちょっと!急ぐからとにかくなんでも適当に二週間分の食糧、用意して!金はこの子が持ってるから!」
「あははは金だって!この子だって!あるよ~金はありますよ~小麦は2袋お願いね~そこの野菜を適当に籠ごとちょうだ~い!あーパンだー!そのパンも入れといてー!昼飯ー!」
嵐のような二人組がいきなり現れて、騒ぐだけ騒いで店の商品を山ほど買って、品物ごとドロンと消えた。
チャリン、と後に残ったのが金貨2枚。
「もらい過ぎだよ!ちょっとお客さん、お釣りー!」
「…なあ、さっきの姉ちゃん、ギルドのエバンジェリンさんだよ。後でギルドに届けときゃいんじゃね?」
「そうするか…」
チャッ、チャッと銀貨と銅貨を数え、同僚に見せる。
「え~。籠代込みで、しめて金貨1枚と銀貨54枚と大銅貨6枚と銅貨8枚だから、銀貨45枚と大銅貨3枚と銅貨2枚のお釣りです…ちょっくらギルドに行ってくるわ」
「おう、お疲れさん」
「ついでに昼飯食ってくる。もうすぐ12時だしな」
******
ドロンと消えた私たち(と山ほどの食糧)がどこに現れたかと言うと。
「ちょっ、ちょっとシルヴァイラさん!ここって城門じゃな」
「はーいはいはい、ちょっと静かにしてねエバンジェリンさん。せめてコレ(食糧山盛り)隠すまで黙ってて」
「……」
むっと唇を尖らした彼女は、それでも後ろを向いてくれたので、せっせと食糧を袋に入れた。
ここは城門。正確に言うと、城門からちょっと離れた、石垣の陰に隠れて見えにくい所。
「は~い、もういいですよ~。今日はどうも、お世話になりました」
「いえ、こちらこそ。で、さっきのは一体」
「あ、裏技ですのでお気になさらず」
「…ですよね。ええもう聞きません」
「じゃあ、ここで失礼します。もうホントに時間がないので。城門で手続きしないといけないし」
「そうですわね、それではここで。次は二週間後ですか?」
「あ~、ギルドに行くのはそれくらいになると思います。街には先に買い出しにくるかも」
「そうですか。それではこれで失礼します。今後ともどうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。じゃあ、また」
軽く手を振って、城門に向かう。
朝ほど人は多くなく、城門での仮札とギルドカードのチェックも滞りなく終わった。
門を出るときふと振り返ると、エバンジェリンが身を翻すのが見えた。どうやら城門を無事に出るまで見守っていてくれたらしい。ええ人や~。
「ふふっ」
こっちに来て、ようやく知り合いと呼べる人が出来た。
「今度はもうちょっとゆっくりできると、いいな」
さあ、早く帰らないと。と、その前にせめてパンだけでも食べておかなくては。
スタスタと早歩きをしながら、ローブの陰に手を入れてパンを取り出す。
一つかみほどちぎって口に咥え、残りをまた袋に仕舞った。
カーン・・・・・・
「うぐぐぐっ?」
12時の鐘の音が…鳴ってる!?
カーン・・・・・・
「や、やぶぁひいっ!」
パンを咥えたまま、大急ぎで街道を外れて木の陰に駆け込む。
「転移魔方陣の近くに『瞬身!』」
水も無しで硬めのパンを飲み込むのは辛かったが、この際それは置いといて。
「森の家へ『転移!』」
12回目の鐘の音を遠くに聞きながら、私は家へ帰り着いたのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございます。