18. オークション! ミヌレーデ辺境伯
書きあぐねている間に一か月経ってた…
亀更新で済みません。
公爵夫人の治療を済ませて馬車を降り、エバンジェリンさんの所へ行こうとすると、
「そこの者、待て」
と、後ろの方から声がかかった。
「何でしょうか?」
振り返ると、乗ってきたであろう栗毛の馬の手綱を従士に預け、ひと目で貴族の主従と判る一行が足早にこちらへやって来る。
中心にいるのは30代後半か40とちょっとくらいの、枯葉色の髪をセンター分けにした男…きっと貴族だよね。他の人よりいい服着てるし、態度がもう貴族のそれだ。さあ、性格はどうかな?
「そこでしばし待て」
ちらりとこちらを見ながらも公爵夫人の安否をを優先するのは流石だ。貴族社会なめんな、ってか?
もっとも私に逃げられないように、さり気なく従士の皆さんが散ってますけどね。おお、ニトーキンさんが割り込んできてくれた!
別にすすんで揉めるつもりもないので言われたとおりにそこで待ってたら、夫人と話が済んだのかさっきより幾分ホッとした顔で、従士の一人が小声で何か報告するのに頷いてこちらを向いた。
「そなたが公爵夫人のお怪我を治してくれたそうだな?私からも礼を言う」
「あ、はい。ご丁寧にどうも」
ありがとうございますと続けようとしたら、
「突然現れて重傷の子供と馬に治癒魔法を使い、倒れた馬車を土魔法で支え、その上何やら見慣れぬ風魔法まで使ったそうな…そなた一体何者だ?」
……言われてみればそうだった!
「ご領主、お待ちを」
どう答えたもんかな~と一口ごもってたら、ギルマスが一歩前に。ナイスなタイミングですよ!
「この者は冒険者ギルド・リーニスタ支部の新人冒険者です。本日はオークションの準備に来てもらったのですが、思わぬ事故が起こったので急遽怪我人の救助を行ったわけであります。全く見事な手際でした」
反論を許さぬ口調、ってのはあるんだな。
ご領主ってことは、この人がミヌレーデ辺境伯か。
「ニトーキン。そなたがそこまで手放しで褒めるのであれば、間違いはないだろう。だが私も我が領民にこのような逸材が居ったとは初耳でな…少なくとも伯都や周辺の街の出ではあるまい」
そう来たか。ならば私の答えは決まった。
「あの~、ご領主様?私は他国の田舎の出で、こちらに引っ越してきたばかりなんです。それで冒険者登録は便宜上リーニスタでしたんですけど、別にこのご領内に住んでるわけじゃあないですよ?」
「何?」
ギルマスの顔色が若干青くなった気がするが、この際宣言しとこうか。
「冒険者としての税金はギルド経由でちゃんと納めますし、ご迷惑はおかけしないつもりですが…胡散臭い奴だな~と思われるならいつでも出て行きますよ?」
「「そりゃ困る!」」
「冗談ですよね?」
ギルマス・副マスとエバンジェリンさんの悲鳴が聞こえたが、この街の支配者に色々詮索されて本来の仕事に支障が出ても困るのだ。ここは絶対譲れない。
「ニトーキンさんにも言ってますけど、私はある研究をしておりまして、生活物資を購入するための手っ取り早い現金収入の手段として冒険者登録を致しました。なので本来の仕事に差し障りがある、と判断した場合」
「「「…した場合?」」」
辺境伯とギルドの面々、それに大勢の騎士や従士が私たちのやりとりに聞き耳を立てている。
「積極的に邪魔をしてくる輩は物理的に排除しますし、権力を笠に面倒な対応を強制してくるなら、今後一切関わらないように他国へ」
「それくらいで勘弁しておあげなさいな、お嬢さん」
雅やかな声がして、男たちの壁が左右へ割れた。
侍女を従えて現れたのは、勿論。
「…公爵夫人」
「ミヌレーデ辺境伯。これほど有能な人材を、自ら他国へ追いやるような真似はおよしなさい。五年前の事は私も知らぬわけではないが、それとこれとは全く別の話でしょう?」
衣服も髪にも一部の隙もなく、優雅に扇をかざして微笑んでおられます…これがさっきまで歯っ欠けでべそべそしてた人と同一人物だとは。
お貴族様ってコワい。
「五年前の事?」
「シルヴァイラさん、それはまた後で」
そっと袖を引いてエバンジェリンさんが囁いたので、一応口を噤んだ。
「ご領主様。そろそろオークションの準備に行かねばならないのですが、御前を失礼してよろしいですか?」
セリュースさん、タイミングを計ってたのね?
「今回は我が冒険者ギルドが主催ですので何かとございまして。このままでは開催時刻に間に合いかねます」
「む…仕方ない。下がってよし…と言いたいところだが、馬車の修理に職人を呼んでいる。それまではその…」
「私ですか?」
「うむ。馬車を退かせたあと、あの土魔法を解除してもらいたい。生憎私の部下には土魔法の使い手がおらぬものでな…」
話をしてる間にその職人たちが来たらしい。
片輪の外れた馬車を台車で支えて、馬に曳かせてゴロゴロと工房へと引き揚げて行く。
公爵夫人の荷物一式は騎士たちが手分けして運び、二頭の馬は回復した御者に手綱を引かれている。
半ば道を塞ぐ形だったので、後ろには窓から首を出した貴族や商人の馬車が列を成し…見とったんか~い!
「最悪や…」
「何がです?大勢の前で土魔法を使ったこと?瀕死の子供を助けたこと?馬を治したこと?御者にあのポーションを渡したこと?公爵夫人を治療したこと?それとも」
「笑顔で訊かないでよエバンジェリンさん…ますますへこむじゃない」
「どっちにしろ今更ですよ、シルヴァイラさん」
「そうね」
これでもう公爵夫人に口止めしたのもまるっきり意味が無くなったし、ミヌレーデ辺境伯に啖呵斬ったのもみんなに聞かれてたってことで当然噂になるわよね。
今更なので、土魔法の解除ついでにでこぼこの危険な石畳を均しておいた。大体こんな悪路を放っておくから馬車がひっくり返ったりしたに違いない。コンクリもアスファルトも無いから仕方ないんだけどね。
「じゃ、路も直しましたし。これで失礼しますね~」
呆然としている人々を放置して、これまた目を見開いて何か言いたそうなエバンジェリンさんの手を引いて、何かを諦めたようなギルマス&副マスを促してさっさとその場を後にした。
******
「…結構古いんですね」
築15年だという劇場を壁伝いにぐるりと回って裏口から入ると、見たことのあるギルド職員が何人か忙しそうに立ち働いていた。
「遅いですよ皆さん!なにやってたんすか!?」
「…そう言うな、色々あったんだ」
ふーっとため息をついたギルマスに怪訝な視線があちこちから向けられたが、立ち直った副マスがパンパンと手を叩くと、皆それぞれの仕事に戻る。流石だ。
「ではシルヴァイラさん、例の肉を」
「そうでした。ええっと、どこに?」
「この魔道具『冷蔵箱』に入れてくれ」
「冷蔵箱?」
それは、箱というよりもむしろ前世のコンビニでよく見かけた、アイスクリーム専用の冷凍ケース(大型)のようなものだった。ただし蓋は透明ガラスではなく、全体的に木で出来てるけど。
「商業ギルドから大型のものを借りたのだ」
二人がかりでよいしょと蓋をはずすと、内側には薄い金属が貼られ、箱の底には魔方陣が刻まれている。
「これならなんとか入りきるだろう」
「そうですね。でもギリギリ…かも?」
とりあえずバラしてブロックにしてもらった魔眼大山猫の肉を、一応部位ごとに端からきっちり詰めていく。
「よし入った!」
「借りた甲斐がありましたな」
「シモンの奴、ねちねち文句を言ってやがったが、これを見たら…ふっふっふ」
ギルマスが副マスと顔を合わせて黒い笑いを…一体何があったんだ。
「シモンて誰です?」
「商業ギルドのギルドマスターです。ご本人は伯都ミヌレドルの本部からめったにリーニスタには来られませんが、オークションには毎回必ず出席されています」
「…ニトーキンさんと仲が悪いの?」
「…まあそうです。ギルド同士無関係ではいられませんので、表だって揉めることはお互い避けてますが」
「薬師ギルドだけじゃないんだ。商業ギルドとも、色々あるのね~」
「魔道師ギルドもですよ。あちらは王都セラシエに本部がありますので、それこそ王都の冒険者ギルドのマスターでもなければ会うことすらないんでしょうが…これからはわかりませんわね」
そう言うと、エバンジェリンさんはうふふと笑った。
「オークションが終わって皆様がお帰りになったら、遅かれ早かれシルヴァイラさん目当ての方が押し寄せて来そうな気がしますもの。もちろんリーニスタ支部を挙げて、そんな方たちは追い返しますけど」
うふふふふ…と笑い続けるエバンジェリンさんの、全然笑ってない目が怖かった。
ともあれオークション開催直前の舞台裏は、全長約6mの魔眼大山猫の毛皮を等身大の板に張り付ける作業が終わるとその熱気は最高潮に達した。なんか学園祭の前日?みたいな感じ。
司会進行の為礼服に着替えたセリュースさんが魔道金庫から例のトパーズを展示用の台に載せると、端に待機していた一団があらかじめ決められていたらしい配置に着く。
中にはこっちをチラ見しながら、ニヤッと笑いかけてきたりする人も…ああ、エバンジェリンさん目当てか。
「えっと、この人達は?」
「皆さんBクラス以上の冒険者です。いつもはCクラスのパーティに依頼してるんですが、今回はモノが揃ってますし皆さん大山猫を間近で見たいそうで、Bクラス以上の希望者個人で抽選になりました」
「え、抽選ですか?希望者ってナニ?」
「ええ。それだけ魔眼大山猫は希少なんです。それにあのトパーズもありますので、貴族のどなたかが王家の名代でいらっしゃることは容易に想像できましたし。まさか国王陛下の妹君のルドワイヤン公爵夫人がお見えになるとは思いませんでしたが。まあそんなわけで今回は警備が厳重になってます」
…うんもういいや。オークションが終わったら、しばらく家に引き籠ることにしよう。そうしよう。
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