17. オークション!…えっ、事故!?
オークション当日の話が少し長くなりそうなので、前回のサブタイトルを変更しました。
オークション会場に向かってギルマスと副マスの後からエバンジェリンさんと並んで歩いてると、流石に目立つのかさっきよりも視線がハンパない。
興味津々の視線をなるべく無視して歩いてるんだけど、緊張して脚がもつれそうになる…だからあんま見んなよそこのチビッ子たち!
会場は、ここリーニスタの劇場だそうだ。
公会堂としての役割もあるらしく、領主のミヌレーデ辺境伯と商業ギルド、冒険者ギルドの三者で資金を出して建てられたもので、年に3回決められた日にオークションが開催される。主催者は春に商業ギルド、夏の始めに冒険者ギルド、そして秋にはミヌレーデ辺境伯。
回ごとに主催が分かれるのは、年に一度はそれぞれの得意分野でオークションを開催したいということと、単純に準備等をスムーズに行いたいという理由からだそうだ。そうすれば主催以外は出品とその手続きだけすればいいもんね。いちいち連絡会議なんか開いてたら決まるもんも決まらんわ。私も前世でそこんとこはよく解る。
大体各部に根回ししとかなきゃ議題にも上げられんとゆーその閉鎖的な姿勢が組織の風通しを悪く
耳障りな軋んだ衝撃音があり、そこで私の思考は停止した。
「何だ!?何があった!?」
「馬車が…!!」
「子供!子供が!誰か助けて!!」
後ろから聞こえるいくつもの悲鳴が、横倒しになった馬車と馬たちが、外れた大きな車輪が転がる横に力なく横たわる子供が……!!
「「シルヴァイラ!」」
無意識に瞬身してた?いやそんなことはどうでもいい。即死でなけりゃ、まだ助かるかもしれない。
だって私がいるから!
「退いて!」
馬車の側面を押し上げていた騎士達をかき分けて、土魔法で地面を盛り上げて急ごしらえの支えにして馬車を起こした。
「中の人の様子を見て!」
指示だけして動かない子供の所へ飛ぶ。
「エリシャ!エリシャあああっ!」
「揺すっちゃダメ!動かさないでそこに寝かせて!」
髪を振り乱して泣き叫ぶ女をなだめて、寝かせた女の子に手を当てる。
「『完全治癒!』」
ずぞぞ…と身体から魔力が抜けていくのが判ったが、あの熊の時とは違う。麻痺してないから、私のダメージがあまりない。これならいける、と思った。
しばらく続けていると子供の呼吸が落ち着いてきたので、手を離した。
「これで大丈夫。二、三日、安静にさせて」
「は、はいっ!ありがとうございました…っ!」
次は馬だ。横倒しになったまま、悲痛な鳴き声をあげ続けている。馬車の中も気になるが、話し声が聞こえるので意識があるなら後回しにしても大丈夫だろうと思った。
二頭の馬の首に手を当てる。
「よーしよし、落ち着いてね…『意思疎通』」
『痛い!痛いの!アタシの脚!脚が!』
『すまん重いだろう?だが繋がれていてうまく起き上がれないんだ!』
馬車が倒れた時、綱が絡まったらしい。
「『空気斬!重量軽減!』」
とりあえず絡まった綱をバシバシ切って、重なっていた上の馬を起こす。こっちは幸い怪我はない。
「ちょっとそこで大人しくしててね?すぐ治すからね」
『おおありがたい。よろしく頼む』
『脚!アタシの脚!』
衝撃と苦痛で興奮状態にある馬は、目を血走らせて啼き続けている。頼むから蹴ったり噛んだりしないでね?
「ほらじっとして…『治癒』」
『うう…?あらっ?痛くないわ!?』
『おお!治ったのか?』
「うん、単純骨折だったからね。もう大丈夫…ほら起きてみて?『重量軽減』」
馬に手を添えて起こしてやると、軽々と足踏みをして見せ、嬉しそうにいなないた。
『脚!アタシの脚!痛くないわ!』
『良かったな!』
手をこまねいて呆然としていた御者が、よろよろと近づいてきた。
よく見るとお仕着せの服は破れ、顔にも酷い擦り傷がある。骨折はなさそうだがあちこち打撲はありそうだ。
「悪いけど貴方はこれ飲んで。それでちょっと様子見て?治らなかったらまた後で診るから」
自分用に取っておいた手持ちのポーションを1本渡して、馬車に向かった。
「奥様!しっかりなさってください!」
「ああ…ふぁたうしはもうダメよ…ふぉんな、ふぉんなふぉとになうなんて…!」
押し殺した泣き声とそれを宥める声がする…んん?
「はいはいちょっとごめんなさいよ」
馬車を取り巻いていた騎士達をかき分けて中を覗いてみると、扇で顔を隠した旅装の中年女性を、そのお付きらしい同年配の女性が慰め…いや叱咤していた。
「んんんーっ!?」
よく見るとその女性の、左腕が、アリエナイ方向にぷらんぷらんしてるんですけどーっ!!
「ちょっ、貴女その腕!腕!」
「何ですか無礼な!勝手に馬車に入ってはなりません!」
慌てて馬車に足を踏み入れたところで一括されたが、腕が酷く痛むだろうにおくびにも出さず、泣いている女性を後ろに庇った。
おお、侍女の鑑。
「いいからまず貴女の腕を治しますよ!」
「なっ、何を、ううっ!」
有無を言わさずガッと左肩を掴んで、骨折の状態を確認する。
「『治癒』」
「ああっ!?」
ぼうっと淡い白い光が左腕全体を包み、眉間に深く刻まれた皺が緩むころには折れた腕は元通りになっていた。
「お…そんな、腕が…!」
「ふゅごいわ…!」
ふと見ると、相変わらず扇で顔を隠しながら、奥の女性がこちらの様子を窺っている。見開いた丸い目が、扇の上からのぞいていた。
「お願いでございます!奥様のお怪我を、どうぞ治してくださいませ!」
さっきとは打って変わって平身低頭、治ったばかりの左腕で私をガッと右腕を掴まれた。ちょっと怖い。
『はぶかひいふぁ』
『奥様そう仰らずに』
『女同士ですから大丈夫ですよ~』
などと二人がかりで宥めつつ奥様とやらの様子を見ると、髪は乱れ頬には痛々しい青タンが。さらに口の中を切ったのか、唇の端に血を拭き取った跡がある。
「あ~、口の中を切ってるみたいなので、口、開けてもらえます?」
「……」
「さあ奥様、思い切って!診ていただきましょう」
「…………うう」
おずおずと開けた口の中を見てみると。
あっ。前歯折れてる。それも二本とも。
「奥様、歯が…」
「ううう~」
よよと泣き濡れる奥様は余程恥ずかしかったのか、またしても扇で顔を覆ってしまった。
「ええっと、それじゃとりあえず怪我を治してから…歯を治しましょうか」
「なおうの!?」
「あ~、多分大丈夫だと思いますが。折れた歯はありますか?」
「…ここに」
奥様が手に握りしめていた血の付いたハンカチを受取って拡げてみると、半分に折れた歯が二枚。
「あ、大丈夫そうですね。それじゃまず、『治癒』」
頬に手を当てて、怪我と青タンが治るようにピンポイントで魔力を注ぐ。その方が魔力消費が少なくて済むし。
「ま…いふぁくらいわ!」
驚いて頬を撫で、まだうまく喋れないことに気付いて奥様は口を覆った。
「さ、それじゃしばらく口を開けてじっとしててください。貴女は奥様の頭を、動かないように支えていてくださいます?」
歯の欠片に『清潔』と呟いてから、一本ずつ『接合』していく。
その間目を瞑ってじーっと我慢していたのか、終わりましたよ、と声をかけると二人ともほおお~と安堵の息を漏らした。私もまさか歯医者の真似事をするとは思わんかったわ。
「どうですか?他に痛い所とかありませんか?」
嬉しそうに手鏡を見ていた奥様に尋ねると、ぱっとこちらを振り向いて、
「そなた!王子の妃になりませぬか?」
と、ドデカイ爆弾落としてくれやがりましたよ。
「嫌です」
「なんと即答!さては既に人妻か?」
「違います」
「ならば誰ぞ好いた殿方がおるのか?」
「いません。でも私そういう宮仕え的なの、苦手なもんでお断りします」
「なんと欲のない事よ。おおそうじゃ、それでは褒美をとらすとしよう。金貨か宝石か、何でも言うがよい」
「え~、じゃあ私の話を王都で言わないで頂けます?貴族の方とか、なんかいろいろ絡まれそうな気がするので」
言いながらまずったな~と思った。
だってさあ、さっきから馬車の外がとんでもない騒ぎになってるみたいなんだよね~。
土魔法かー?とか公爵夫人がー!とかご領主様こっちですー!とか、これフラグ立ちまくってる…よねえ?
もー笑うしかないかも。はっはっは……あ~あ。
馬車の外に出ると、びみょーに固まった三人が待っててくれてた。
それでもエバンジェリンさんが笑顔を浮かべて『お疲れ様でした』と声をかけてくれて、私は『ホンマええ人やなあ』と思ったのだった。
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