15. 閑話:或る日、ギルドにて
短いですが、3人の視点から。全体的に会話が多いです。
それは、謎の多い自称『隠者』という新人冒険者の持ち込んだ、魔眼大山猫のステーキを堪能した午後の事だった。
「あ~、美味かったな~」
「またそんなのんきなことを…山猫亭の店主に釘を刺しておかなくていいんですか?」
「彼女の事をか?」
頷いたやり手の部下に、しばし顎を指でさすりながら考える。
確かに規格外と言っていいほどの魔力の持ち主ながら、どうも世間を知ら無さ過ぎるのが気になって、初日からこのエバンジェリンを付けたわけだが。
「そうだな…まあ店主もこの世界を知らぬ訳じゃない。誰彼かまわず客の話をべらつくことはしないだろうさ」
「それはそうでしょうが…オークションも近いですし、そろそろ主だった商人たちが入ってくる頃です。掘り出し物目当てで王都から貴族も来ますし、あれこれ探りを入れられたら」
「う~ん…五年前みたいなことは困るが、そもそも奴とシルヴァイラは全然違う。そうは思わんか?」
「それはまあ、そう思いますけど。シルヴァイラさんは、何と言うか…上昇志向?が無いと言うか」
「全然ガツガツしとらんだろう?」
「ですよね」
「彼女なら金で誘われても動かん、と俺は思うな」
大体初めてここに来た時に、魔法力鑑定の水晶玉を粉々にしたのさえ驚いたというのに、それを復元するなど…規格外にも程がある。
そういえばあの時随分焦っていたな。
備品が備品が、と慌てていたが、随分と可愛らしいことではないか。
「しかし『隠者』か…彼女の生活に立ち入ろうとは思わんが、素性は気になる。銀髪に紫の目、というのはどこかの貴族家か王家にいなかったか?もしくは神官の血統とか」
「銀髪も紫の目も、どちらかだけは結構いますからね。どちらも、となると…確かベルランサスの神官に、昔そんな方がいたような話が…?」
「おお、確かに昔聞いたことがある。といってもそれならもう100年以上も昔の話だ。となると、彼女はその子孫かもしれん。直系か傍系か、それともまったく関係が無いのか。どっちにしろここでギルド登録をしたのは、あの国とは関係ないということだろう。だが、彼女の手を見ただろう?エバンジェリン」
「ええ。綺麗な手、でしたわね。手荒れも剣ダコもない」
「やはり貴族か、それ以上か?…まあ考えてみたところで答えがわかるわけでなし。『隠者』でいたい理由があるなら、我々はそれを受け入れるのみ、だ。ご領主にはまだ伏せておくがな」
「そうですわね。あの時みたいに、引き抜きなんてとんでもない」
「そういうことだ」
顔を見合わせてふふふと笑う。
俺は冒険者ギルドの、ここリーニスタ支部のギルドマスターなのだ。
優秀な人材は是非とも手元に置いておきたい。
その人材が何かと面倒な世間から離れていたいと言うならば、その願いを叶えてやるのが俺の仕事というものだ。
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ギルマスはああ仰ったけど、やっぱり気になる。
オークションに出品するトパーズ以外の、大小8個のエメラルド。
合わせて金貨9枚で買い取りはしたが、宝石商に持ち込むと『質が良い』ということで金貨15枚で売れた。
持ち込まれた素材を売却した場合、ギルドの収入として良いのは3割まで。大抵の場合持ち込んだ冒険者から買取をすればそこで終わる話だが、希少な素材や宝石など相場で変動するものの場合売却額がはね上がることが多く、後日差額を支払うこともある。これもまた彼女に支払いをしなくては。
「でもこんなに良質の宝石を次々と採ってくるなんて…例の大山猫のことといい、一体どこで…?」
人を寄せ付けぬ北の山脈のどこかには、まだ知られない手つかずの鉱山があるという。
「まさかね。でもシルヴァイラさんだし…もしかしたら」
太い筋状に虹色の煌めきが見てとれるオパールの原石。鮮やかな色をしたルビー。群青の空の一部を切り取ったようなサファイア。小粒でも、王都の宝石商が涎を垂らしそうな逸品が目の前に幾粒もある。
「はぁ~。これもう絶対金貨10枚どころじゃないわね。肉の出所だけじゃなくって、宝石からも色々詮索されそう。ギルド職員に箝口令敷いた方がいいんじゃないかしら」
小箱に入れて鍵付の引き出しに仕舞い、魔石の付いた鍵で鍵をかけつつ隠蔽機能をも発動させる。
「この分だとポーションも相当な代物になりそうだし…シルヴァイラさん、レシピ公開してくれないかしら」
過去5年間で、冒険者の死亡率は年々上がってきている。
もちろん大本は、魔獣討伐に赴く冒険者の、ポーション携帯の不足によるもの。
冒険者の数が減ることで危険な依頼を上級者が複数請けざるを得ず、結果的に彼らが疲弊して依頼の途中で命を落とし、中級・下級の冒険者でまだまだ経験が不足しているパーティがその穴埋めをしてまた命を落とす…という悪循環がある限り、死亡率が下がることはないだろう。
「冒険者稼業は副業、って言い切るほどの実力者があんな世間知らずのお嬢さんだなんて知られたら」
同じ冒険者はもちろん、お抱えにしたい貴族や商家が彼女の許へと殺到しかねない。
もっとも、そんな輩は彼女自身が『物理的に排除する』らしいが。
「物理的に排除、か…ちょっと見てみたい気もするわ」
そう言う私も、結構危ない女かもね。ふふふ…
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リーニスタの街は夕暮れを迎え、シフトに応じてギルド職員が業務の引き継ぎをしている。
「お待たせ、ベアトリス」
「エバンジェリン、懸案事項とやらは終わったの?」
「まあ一応。そのことでちょっと話があるのだけど」
「ここじゃダメなのね?わかったわ。…マーカス!ちょっとここお願い」
有能でなければ勤まらないといわれるギルドの受付。その二枚看板がエバンジェリンとベアトリスだ。
「はい!」
ギルマスの次に逆らってはいけない二人は、かたや濃茶の巻き毛を肩から緩く流し、印象的な青い瞳でじっと見つめられるとそわそわと落ち着かない気分にさせられるエバンジェリンさん。かたや胡桃色の目で草色がかった真っ直ぐな金髪を一括りにリボンで結び、現役の冒険者時代は男顔負けの任務達成率を誇った女傑『斬撃のベアトリス』ことベアトリス姐さんだ。もっとも姐さん呼びは本人が嫌がっており、現役冒険者が裏でこっそりそう呼んでいる。確か二人は10歳以上も歳が離れているはずだが、不思議と対等の友人として仲が良いらしい。
有能なのは勿論のこと二人とも美人なので、むさ苦しい男が8割を超える冒険者ギルド職員としては、目の保養で嬉しい限りである。ちょっと…いやかなり便利に使われたって全然気にならない。
2件ほど帰還報告を受け、魔獣討伐任務の達成報酬を渡していると、ベアトリスさんが上機嫌で戻ってきた。
「ありがとマーカス。交代するからちょっと奥へ行ってきなさい。いいものがあるからさ」
「いいもの、ですか?」
「それは見てのお楽しみ、よ」
フンフ~ン♪と鼻歌まじりに書類をチェックするベアトリスさん。
これから深夜にかけての時間、受付は荒れることが多い。日帰りとはいえかなり遠出をしなければならないキツイ依頼とか、何かアクシデントがあって帰還が遅くなったパーティが、向かっ腹を立てたまま帰ってくるからだ。
いつもならそんな冒険者たちを上手くあしらい、場合によっちゃあ腕ずく…えっと、実力で黙らせる必要もあるので、ピリッと緊張感があるのが普通なんだが…オークションの案内に王都に行ってた副マスターがお土産持って帰ってきたとか?いや~ナイナイ。あの渋ちんがそんなムダ金を使うわきゃないか。第一まだ帰って来てないはず、だよな?
まあなんだ、俺はもう上がりだし、ちょっと行ってみるか。
なん…だと?幻の魔眼大山猫の肉だとぅ!?
えっ何、オークションに出すから持ち込んだ冒険者のことは絶対内緒で?
他の冒険者にもご領主にも彼女の情報は一言も漏らすな?あの銀髪の若い新人の事ですね?えっ、彼女の好意で職員全員と家族分の肉のおすそ分けが?く~っ、なんていい子なんだ!もちろん了解ですとも!ひとっことだって言いやしません!今夜は脚肉のシチューだぜイヤッホゥー!!
「母ちゃ~ん!今日はすっげえ土産があるんだぜー!」
「何だいいい年してそんなはしゃいでさ…おまっ、お前これ…!」
「しーっ!すっげえ新人が狩ってきてさ、職員みんなにおすそ分けしてくれたんだ!あっ今の内緒な?オークションにも出すからきっと評判になるだろうが、それまでは絶対内緒な!」
「まあまあそんな新人さんがねえ…いい人が入ってきたねえ。ありがたいねえ……で、どんな人?」
「だから内緒だって!いやすっげえ可愛い銀髪の娘なんだけどさ、もうギルマスとエバンジェリンさんでしっかりガードしてるからさ」
「えっ?女の子なの?歳は?」
「だから内緒だって。え~と確か18、だったかな?」
「まあそんなに若いのに強いのねええ。ベアトリスさんより腕が立つってことかしら?」
「いやそうじゃなくってさ、あの子は魔法が凄いらしいんだ。解体部屋の奴がそう言ってた。一人で一撃で仕留めたらしい、って。すっげえよなあ…あ、これも内緒な?」
「んまあ!一人で山猫と!そりゃすごいわね。でもそんなにすごい子なら、またどこかの貴族に引き抜かれたりしてさ、いなくなっちゃうんじゃないのかい?」
「いやだから、あの子はそういうんじゃないらしいの!そういうのが嫌で、どこに住んでるのかも内緒らしいよ?だからご領主にも一切話してないらしい。ねえほんとに内緒だからさ」
「いい子だねえ~、そんな子がアンタの嫁に来てくれたらねえ~」
「無理。絶対ムリだからそれ。でさあ、ほんとに内緒だから絶対喋っちゃだめだかんな?わかった?」
うちの母ちゃんは誘導尋問が上手すぎる…ほとんど喋らされ…大丈夫だろうな?
「…なんてことがあったのよ、夕べ」
「あらウチももらったわ。ウチは食べ盛りの子が3人もいるから大助かりよ!お肉も美味しいし、子供たちももう大喜びでさ」
大通りの石畳が途絶えた細い路地の奥で、子供たちが歌っている。
「にっく、にっく、おいしいおにくのおすそわけ~♪」
「はんたーのおねえちゃん、ありがとう~♪」
限りなく、ヤバイ展開だった。
お読みいただきまして、ありがとうございます。ブックマークもありがとうございます。
ギルド職員がこんなに緩くちゃアカンやろ、と思いつつ書きました。