14. ポーション、作ります。
明けましておめでとうございます。なんとか松の内に出来ました。
2017年もよろしくお願い申し上げます。
年末から家族が風邪で、前後左右からゴホゴホやられてます。うつるのこわい。
買物を済ませて家に帰って、まずはこれよこれ。
「薬草図鑑の染み抜き、ですか?」
「そうよ。きっと出来ると思う。『複写』も出来たし、要はイメージだから…」
私の愛読書・異世界モノでも『魔法はイメージだ!』ってのが定番ですからね。
「それでもまずは端っこで試してみるわ」
血に染まった図鑑の、一頁の端の何も描かれていない部分。滲みこんだ血が黒く変色させているその部分から、『血の成分』を抜き出してみる。
「滲みこんだ血よ、『浮き上がれ』…」
念じたのは、乾いた血が粉状になって羊皮紙の上に出てくる、というもの。洋服の染みのように洗うことは出来ないし、インクまで溶かすわけにもいかない。
羊皮紙の上に茶色の粉がぷつぷつと現れ、やがてその動きが止まった。
図鑑を立てて卓上に粉を振り落とす。
「うん、綺麗になった」
染み抜きした頁の方も問題ない。次は絵や文字のあるところの染みを抜いてみる。
「絵も文字もそのままで、『血だけ浮き上がれ』…」
さっきよりも少しスピードを上げてみる。
茶色の粉が一瞬で現れ、その速さに自分でも驚いた。
「何これ。早すぎない?」
もしかしてインクまで粉にしちゃったかも、と焦ったがそんなことはなく。
「一度使ってやり方を覚えた、って感じ?」
「新魔法を編み出して、習得なさったのですね」
これなら一冊丸ごとでも出来るだろうと思い切ってしてみたら…うん、出来たね。
頁をぱらぱらとめくってみても、どこにも血の染みは無く、表紙すら元の革の色になっていた。
「便利~。魔獣図鑑も安いの探そうっと」
いや別に、血塗れのワケ有り本探そうってことじゃないっすよ?そこんとこ間違えないように!
…って、誰に言ってんの私?
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翌朝、本来の仕事である結界の見回りをする。
まあ神様と修復したばかりだから、ぐるっと飛んで目を凝らしても全く異常もなかったし、耳を澄ましてもガス漏れならぬ神力漏れの音も聞こえなかったので、安心して装備を外して帰ってきた。楽勝!
「さあ仕事も済んだし、薬草採ってくるわね。シンシア、ポーションに必要な薬草はどれどれ?」
「このリンピオ草とテラペア草、それにリストーロ草ですね。今の時期なら花が咲いているので、リストーロ草は花もお願いします。効果が上がりますので」
「おお~、なんか異世界っぽくて感激する。根っこはいらないの?」
「はい。普通のポーションは葉だけで結構です。あとは水ですが、これは井戸水がそのまま使えますので」
「解った。それじゃあ『探査』……うん、あの川縁にリンピオ草とリストーロ草はあるわね…テラペア草は…んん~範囲を広げて…」
目を瞑り、頭の中で周辺の地図を少しずつ広げていく。
この家を中心に、半径500m、800m、1km…
「…あった。西に小さな群生地…東はちょっと遠いけど数が多そう…あ、沼があるのか」
「薬草の多くは、川や沼など水気の多い場所に自生していますから」
「そうなんだ。うん、それじゃ行ってくるね」
三種の薬草の頁に付箋代わりの布の端切れを挿み、採取用の袋も忘れずに。それと、雑貨屋で買った小さなナイフとハサミ。
「袋に一杯ずつあればいい?」
「はい。十分でございます。水辺ですので小物の魔物がいるかもしれません。お気を付けください」
「魔物かあ。うん、わかった」
どうか足の無い長いやつとか足のいっぱいあるやつとかが出ませんように。どっちも苦手なんだよねー。
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たとえ何キロあっても『瞬身』をすればあっという間なんだけど、魔物や魔獣と出くわさないように『探査』をかけてから移動するのって、やっぱりちょっと面倒くさい。
それでも角のあるウサギとか、一抱えもあるどデカいザリガニもどきを瞬殺しながら薬草を採取してると、その必要性を感じるので省略しようとは思わない。
「はあ…異世界だもんね」
食材になりそうな獲物だと思うと魔法袋に仕舞い、それ以外は魔石だけ確保して死骸は埋めた。
「せめて土地の養分となってくれ。なんまんだぶ…違った、えっと、女神の御許へ」
手を合わせて祈る。
魔物や魔獣は食糧としてこの世界にある。そのように女神たちが創った生き物だ。
家畜や家禽の種類も数も少ないここでは、貴重な食糧だ。狩るのに幾ばくかの危険は伴うが、生きていくために必要な行為として、全ての種族に狩猟は認められている。
それでも同じ女神の被造物として、食糧にしない(魔石は採る)生き物を殺した時には、創造主である女神の許へかえり、新たに生まれ変わってくるようにと祈りの言葉を口にする。
一般的な葬式でも、そのように祈るらしい。シンシアが教えてくれた。
「よっ、と」
手を伸ばしてテラペア草の葉を摘む。
水源がどこにあるのか、小さな湿地に根を張ったテラペア草は意外と多く茂っている。
若い葉ではなく緑の濃いものが良いらしいので、適当にプチプチと摘みながら湿地の奥へと入っていくと、いきなりズブリと足が沈んだ。
「うわっ!」
慌てて『飛行』で身体を浮かせる。ブーツがすっぽ抜けそうになったが、何とか履いたままその場を逃れた。
「あ、危な~!なに今の?まさか底なし沼じゃないよね…」
ニトーキンさんの言ってた『危険な沼地』ってのはこれか。
『探査』で湿地の状態を確認すると、所々に枯葉や草で覆い隠されてちょっと見たくらいではわからない、深い窪みがあった。子供の身体だとすっぽり入ってしまうだろう。
「ここは要注意ポイントね。でもテラペア草って、こんな場所にしか生えてないのかな?」
辺りを見回すと、湿地の途切れる辺りでテラペア草は少なくなり、今立っているやや乾いた地面の所では全くその姿はない。
東の群生地にも沼があったし、水気だけでなく沼の成分的な何かがこの薬草の生育に必要なのかも知れないな。
「テラペア草の栽培は難しそうね。それもポーション価格を押し上げる一因かも」
ともかく必要な薬草は全て採取したので、家に帰ってポーションを作ろう。
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「ただいまぁ」
「お帰りなさいませ」
三種類の薬草の入った袋をシンシアに預け、お土産の角ウサギとザリガニもどきをシンクにどさっと置いた。
「おやまあ、大漁ですね」
「夕食の材料としては十分でしょ?」
「十分でございますとも。下拵えだけ、先に済ませてしまいますね」
「よろしく~」
外履きのブーツを脱いでサンダルに履き替え、う~んと伸びをしてそのままベッドに寝転んだ。
「は~、足蒸れる~。裸足で畳に寝っ転がりたーい!」
こんな時は、自分を日本人だなと思う。そのうち何とかして畳を自作するか…出来そうな気もするし。
イグサに似た植物がないか、おいおい探してみよう。
「シルヴァイラ様、そろそろポーションを作りますが」
「あ、今行くわ」
リンピオ草、テラペア草、リストーロ草、それとリストーロ草の花。
きれいな井戸水に乳鉢と小さい鍋を三つずつ。火属性の魔石で火加減を一定にして。
葉をすり潰し、煮て、濾して、混ぜて、冷やして。
「なるほど、煮る時間と、混ぜる順番とその量で効果が変わってくるのか。不思議~」
「冷やす時間も重要です。出来るだけ早く冷やすのが良いので、水属性のある者がポーションを作ることが多いですね」
「それでこの花は?どうするの?」
この季節にしか咲かない、リストーロ草の花。薄青い色をしている。
「ご覧ください」
大きめの広口ガラス瓶(土魔法で頑張って作った)に入れた製作途中のポーションに、摘んできた花を6輪浮かべる。
「あ、色が」
見るからに草の絞り汁という黄緑色だったポーションが、薄青い色に変わった。そりゃもう劇的な変化ですよ!
「きれ~い!ソーダ水みたい。美味しそう」
「甘みがないので美味しくはないですが、苦くもありません。これで一晩冷暗所に静かに置きますと、不純物が沈殿します。上澄み液を小瓶に入れて密封すると出来上がりです。この瓶一本で大体小瓶30本分のポーションが出来ますね」
「花の無い時期のポーションは?」
「薬効でやや劣るとはいえ、普通のポーションとしては十分な効果があります。ですがこの時期にリストーロ草の花でシロップ漬けを作りまして、それを花の代わりに少量加えることで同様のポーションを作ることもできます。やや甘みが増し、色が青くなります。ただ、シロップを作るための砂糖がかなり高額になりますね」
「あ~、そうだったそうだった。砂糖が高いんだったね…」
は~、とため息が出た。
塩はともかく砂糖は『なんじゃこりゃ!?』ってくらい高いのよね。異世界小説でよく読んでたのに、実際その通りだとやっぱりショックを受けたんだっけ。
「主人公がやたらテンサイやサトウキビを育てるわけだ…スイーツなんて夢のまた夢だよね」
「ここでは確かセラス様が、テンサイやサトウキビを糖分が多くとれるように魔か…改良なさったはずですが」
「今魔改造って言わなかった?」
「いいえ」
「…まあいいわ。セラス様ならやりそ…いえ、この世界の民のために色々品種改良なさってそうだもんね」
「左様でございますね」
「…そのうちこっちのスイーツに革命を!とか仰ったりして。はは」
「……」
うむ、これ以上は語るまい。
「えっと、それで薬剤師ギルドのポーションは、シンシアから見てどうだった?エバンジェリンさんは『粗悪品』って言ってたけど」
「はい、粗悪品ですね」
「言い切った!」
「まず、不純物が多すぎます。濾し布の手入れが良くないのか、古い滓のような沈殿物があります。色も良くありません。水の分量が多すぎてポーションを水で割ったように薄い。これではポーションとしての効き目が望めません。もしかすると色が薄すぎるのをごまかすために、沈殿物をわざと入れたままにしているのかもしれません。私の作ったポーションと比べると、その効果は半分も見込めませんね。せいぜい擦り傷や切り傷が治り易くなるくらいでしょう」
すらすらと無表情で説明されると、なるほどあの二人が怒るのももっともだと思った。だってシンシアも怒ってるよね、これ。
「ほ、ほほう…ちなみに、シンシアの作った『普通のポーション』だと、どんな効果があるのかな…?」
よくぞ聞いてくれた、とばかりにシンシアの目がきらりと光った。
「まず私の作ったポーションでは、擦り傷・切り傷などは瞬時に治ります。内科系の病気でも風邪や食あたりなどは言うに及ばず、解熱・解毒・痛み止め、麻痺からの状態回復など、まさに万能薬!人里離れたこの場所でもシルヴァイラ様が不自由なさらないようにと、奥様から特別に与えられた技能でございます」
「おお、奥様って、ミルトヴァイゼ様の?」
「左様でございます」
「ああありがとうございます!」
思わずその場に平身低頭してシンシアを拝んでしまった。人はそれを土下座と言う。
「おやめくださいシルヴァイラ様。私は貴女様の侍女ゴーレム、主人の為なくしてなんの意味がありましょう」
「シンシア~!」
アンタ最高だよ!
「さ、それでは今度はシルヴァイラ様が作ってみましょうね、ポーション。しっかりお教えいたします」
「うん!頑張る!」
「ではまずお鍋と乳鉢と濾し布を綺麗に洗いましょう。道具を清潔に保つのがポーション作りの基本です。あ、きちんと水洗いしてから『清潔』をかけてくださいませ。初回は出来るだけご自身の手で!ささ」
振り返ると、シンクには(乳鉢+小鍋)×3と、濾し布が。
…井戸水って、冷たいんだよね……
ポーション作りは初夏から夏だけにしよう。絶対。
お読みいただきましてありがとうございます。
ブックマークもありがとうございます。