13. 古書店ってわくわくしません?
古書店も新刊書店も図書館も大好きです。
魔獣図鑑とかポーションとか、異世界ならではですよね。
「ゲフッ、失礼」
「あー、美味しかった!」
「ご馳走様でした」
「どういたしまして~」
魔眼猫ステーキを堪能した後、ギルドに帰ってきて例の部屋で寛ぎつつ、持参した宝石の買取をお願いする。
「そういえば、欲しいものがあると仰ってましたわね。何ですか?」
種類別に良品の宝石を選り分けながらエバンジェリンさんが訊いてきたので、
「図鑑が欲しいんです。植物図鑑と薬草図鑑、それに魔物や魔獣の図鑑が。ギルドにあるのと同じかそれ以上に詳しいものがいいんですが」
と言うと、幾分ためらった声で答えがあった。
「薬草や魔獣の新種の報告があれば、王都の本部を通してすぐに各地のギルドに増補分が送られてきます。ですが街の書店に出回っているものは増補の無いもの、つまりギルドの図鑑より情報量が劣ったものが殆どでしょう。もしかしたら王都の書店には、貴族向けに少しは同じレベルのものが置いてあるかもしれませんが…多分シルヴァイラさんの仰るような『それ以上に詳しい』図鑑は、ありません」
「え…そうなんですか。ちなみに、リーニスタの書店にはどんな図鑑が?」
「そうですね…あるとしたら、廃業した薬師や冒険者が手放したものでしょうから…相当古いか、良くても増補分を自分で写本したものになるでしょう。あまり期待はできませんね」
「あ~、じゃあ王都に買いに行くしかないのか…う~ん。あ、それでお値段はいかほど?」
「古くて傷みの酷いものでも金貨2枚はしますね。状態が良くて新しいものだと金貨4枚か5枚。最新の増補まで揃っていたなら、金貨10枚はくだらないでしょう。あ、これは魔物・魔獣図鑑の場合ですから。薬草図鑑だと採取する人が多いので結構出回ってますから、もう少し安いと思います。それでも金貨5、6枚くらいでしょうか」
合わせて金貨16枚。160万円か…コミック本何冊買える思とんねん!
「…植物図鑑は?」
「これは図書館向けになりますので、まず市場には出回っていません。食用の穀物や野菜類など、商店が必要なものは部分的に持っていますが、それは写本師に頼んで描き写してもらうんです。羊皮紙代も結構かかりますね」
「ぬおーっ!」
紙がないってこういうことなのよね!
前世の植物図鑑とかはもちろん持ってきてるけど、植生が違うからあまり役にたたないし、第一魔物や魔獣なんていなかったし。薬草だって、ポーション作ってる世界だよ?全然違うに決まってるやん。
「写本かあ…じゃあ基本の図鑑を手に入れたら、足らないところはギルドの図鑑から写させてもらえます?」
「いいですよ。でも持ち出し禁止なので、ギルドの中で写していただくことになりますが」
「そうですよね。うん、そうしますのでその節はよろしく」
「はい」
はーっ、と溜息が出たわ。
「せめて紙と木版技術があれば、もうちょっと安かったかも…」
「え?」
「何でもないです、こっちの話。う~ん、写本を魔法でちょちょっと出来んもんかのう」
そのうち試してみることにしよう。念写!とか複写!とか。いっそのこと、今ここで試してみようか?
「あの~、羊皮紙あります?何も書いてないやつ。買いますから」
「は?ええ、ありますが…」
「とりあえず一枚ください。それと薬草図鑑、見せてください」
「あ、はい」
薬草図鑑を開いて、増補の最後の頁を開けておく。これが載ってるのが最新版ね。
無地の羊皮紙を隣に並べて、同じ内容が再現・定着されるように強くイメージする。
「んん~、『複写』」
羊皮紙の表面がフッと淡く光り、問題なくコピー出来ていた。
でもこれ結構キツイわ。集中力がハンパなくいるわ。端っこの字のインクが薄くなってるがな。
「ん~、でもまあまあかな?」
「「…!……!!……~~!!!」」
二人が口をパクパクさせながら羊皮紙を指差しているけど、もう今更いいっか、と開き直る。
「残りは次の機会に。あ、これも内緒でお願いしますね~?」
******
小粒だが良品の宝石を結構いい値で買い取ってもらえたので、懐は温かい。
エバンジェリンさんに『え、今更図鑑を買う必要があるんですか?』とジト目で言われたが、全頁複写するのは流石にキツイので、ベースとなる図鑑はやはり買うことにして教えてもらった書店に向かっている。そこに無ければ王都に行くぞ。
「ごめんくださ~い」
「いらっしゃい」
おお、古書店というのはどこも似たような雰囲気なんだ。なんだか落ち着くわ~。前世でも古書店巡りは結構してたし…背表紙も読めるのが嬉しい。でも念のため『探査』で図鑑を探そう。
さて、図鑑、図鑑っと…あ、あった。店主の後ろに三冊。薬草図鑑みたいね。魔獣図鑑は無しかあ。
これは声をかけずばなるまいて。
「あの~、その薬草図鑑を見せていただきたいんですが」
「ああ、これですか?どうぞ」
ご覧ください、と言われて差し出されたのは三冊の内の一冊で、増補のないものだった。角が丸くなるほど使い込まれている。ざっと見た所では落丁はないようだが、相当古い。
「あの、その二冊はこれと何か違うんですか?」
「ああ、これね。これはちょっと傷んでてねえ…」
店主がやけに丁寧な手つきで置いた本を見てみると、一冊はザックリと深い獣の爪痕があり、もう一冊は黒ずんだシミが…え、血?これって血のりだよね?すると元の持ち主は…
「これはねえ…魔獣討伐の依頼任務で亡くなった冒険者のものでね。珍しく写本師が描いた増補も何枚かついてる、いい本なんですよ。ただこのシミがね…」
増補!増補が付いてるの?
「そ、そうですか。ちょっと見せていただけます?」
「どうぞ」
爪痕のある方は、中の頁まで破れたり穴が開いてたりして読みにくかった。ちょっとこれじゃあ『復元』も出来なさそう。血のりベットリの方は表紙と底の部分の他に何頁か血が滲みこんでいて、これも読みにくい。でも増補も少しあるし、他のよりも新しそうだ。
「ちなみに、おいくら?」
「初めのが金貨3枚で、破れのあるのは金貨2枚と銀貨50枚。その増補付きは金貨5枚と銀貨50枚。お買い得ですよ」
このシミが気にならなければ、と言うことか。『増補付きで状態が良かったら金貨5、6枚』と言ってたから、ちょっと高い気がする。でもこのシミ、もしかして魔法でしみ抜き出来ないかな?ここで試し…いや、やめとこう。
「え~と、この増補付きのですけど。もう少しお値段なんとかなりません?」
「そうですねえ…それじゃあまあ、金貨5枚と銀貨40枚、でどうでしょう」
「うう~ん、最新の増補が無いですし、結構シミで読みにくいし…キリのいいところで、金貨5枚ではいかが?」
「いやそりゃちょっと。金貨5枚と銀貨35枚なら何とか」
「見てくださいなこの頁。これほど黒ずんでると肝心の薬草の絵がよく解りませんし、他にも酷い部分は写本しなくちゃいけないわ。羊皮紙代だってばかにならないし、そこを踏まえてもう一声!」
「…アンタ、見かけによらずキビシイね。まあそれじゃあ…金貨5枚と銀貨25枚でどうだね?もうこれ以上はウチも赤字になっちまう」
「ありがとうございます!それじゃ金貨5枚と銀貨25枚で!」
「…毎度ありがとうございます。お嬢さんは冒険者?」
金貨と銀貨をきっちり数えて店主に渡すと、にっこり笑ってそうよ、と答えた。
「でもまだ駆け出しなの。しばらくは薬草採取とか、かな」
「新人さんなのに、こんな高価な図鑑を?もしかして貴族のお嬢様ですか?」
「いいえ、私少し魔法が使えるの。だから採取のついでにちょっとした魔獣も狩れるし、この本だってギルドの買取料で賄えたのよ?」
驚いた顔の店主にもう一度微笑んで本を受け取ると、また来るのでその時はよろしくと言いながら店を後にした。
******
魔物・魔獣図鑑はオークションが済んでから改めて王都に買いに行くと決めて、自作のポーション用の小瓶を雑貨屋で仕入れる。
仕入れとは言っても、普通に買い物をしただけなんだけどね。
シンシアが作れるという普通のポーションは、ギルドで2本手に入れた。分析と比較のために必要だから。
ポーションを作ってみようと思って、と二人に言うとギルマスが、『君が作るのか?出来上がったらぜひ一度見せてくれ』と随分乗り気だった。エバンジェリンさんも『いいのが出来ればギルドで扱わせてくださいね!』と鼻息が荒かった。
なんでそんなに言われるのかと思ったら、長年薬剤師ギルドと確執があるというお決まりの話だった。ポーションが必需品である冒険者を、薬剤師ギルドは…まあ何と言うか、カモにしているというわけだ。
『冒険者ギルドには薬草の採取依頼がほぼ年中来るのだが、結構安値でな。これが採取地が近くで素人の女子供でも採れるものならそれでいいんだが…採取地が魔獣の出没する森の奥や危険な沼地でも、依頼料は低く抑えられたままなのだ。その都度交渉はしているが、ポーションの値段が上がるだけだと言われては、な』
『冒険者は危険な職業です。教会で『治癒』や『回復』をかけてもらおうにも、光魔法の使える神官がいつも居るわけではありませんし。パーティに回復役の魔法使いがいるか、ポーションを持っていなくては魔獣狩りの依頼も請けられません。薬剤師ギルドはポーションのレシピも秘匿しています。もしシルヴァイラさんがポーションを作れるのなら…!』
なるほどわかったみなまで言うな、と迫る二人を手で制し。
それで肝心のポーションはおいくら万円なの?と訊くと、
『マンエンが何かは存じませんが、普通のポーションで1本が銀貨20枚(2万円)、上級ポーションで金貨1枚(10万円)です。ここ5年で、倍の値段になりました』
だって。……ホントに万円だったよ。まあちょっとした欠損が治るほどの秘薬なら、私は金貨1枚でも高価くはないかと思うけど、この世界に『お医者さん』っていないのよね。外科医も内科医も。民間の薬師とかお婆ちゃんの知恵的なものはあっても、本格的な『医学』は発展しなかったみたい。魔法があるからなんだろうけど。
そんな世界に生まれていればポーションの存在は当たり前で、普通のポーションが月収の倍近くもするんじゃ、おちおち病気にも罹れんわな。教会でも『回復』一回で銀貨5枚を寄付だと?フザケンナ。
『一番の問題は、ポーションの品質が落ちてきたことです。そりゃあ少しは薬草の質の良し悪しはあるでしょうが、それでも薬剤師ギルドが作って売るのならば、品質も安定していなくてはなりません。私の目から見てもこの頃は本当に粗悪な』
『んんっ、エバ』
『あ…済みません、つい』
私が(というかシンシアが)作ったポーションを冒険者ギルドが取り扱うとして、薬剤師ギルドから文句は出ないのかと訊くと、これまた2人揃って言うことにゃ、
『冒険者が作って冒険者に売るのに何の問題があるものか!』
『偽薬や毒薬じゃなければ大丈夫ですとも!文句なんか言わせませんわ!』
と、いささか問題発言はあったが、概ね言いたいことはわかった。
『『薬剤師ギルドがなんぼのもんじゃーい!!』』
こう言いたかったわけですな。
よし、粗悪品を高額で売りつける薬剤師ギルドなら遠慮は無用。『良い品をより安く』皆様にご提供!
……ホンマに大丈夫かいな。知らんで?いや、作るけど。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
ブックマークもありがとうございます。更新が遅くて申し訳ないです。