12. 換金は、リーニスタで。
おお、異世界っぽくなってきた!と思っております。
もう少し進めたかったのですが、一応キリのいいところで。
よろよろと魔方陣から這い出るようにして、家に帰ってきた。
「シンシア、開けて……」
言うなり壁にもたれ掛るようにずるずると座り込む。もう立っていられない。
「シルヴァイラ様!?」
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「魔獣と戦闘の後で完全治癒を2回、ですか。それだけではシルヴァイラ様ほどの魔力持ちだと、普通は魔力切れにはなりませんが…その魔獣、どのような姿をしていましたか?」
「大きな山猫みたいな、蒼黒い毛皮の…額に捻じれた一本角生えてた。あ、炎球使ってた」
「まさか…魔眼猫では」
「まがんねこ、って何?」
『魔眼猫』とは、この大陸の北部山脈に住む魔獣で、正しくは『魔眼大山猫』と言う。
その魔獣猫が魔眼で睨むと、獲物は身体から力が抜けたようになり、動けなくなったところを襲われて喰われてしまうそうな…うう怖い。猫種なのに火属性の中級魔法を使え、涼しい環境を好むらしい。
「めったに山脈から離れない魔獣ですから、お伝えするのを失念しておりました。」
申し訳ございませんと謝るシンシアに、ベッドに寝たまま首を振る。
「ううん。最初に鉱山に行った時に何の魔獣にも遭わなかったから油断してたのよ。魔法を使う魔獣だって、他にも沢山いるんでしょう?前もって訊いてなかった私が悪い」
「いえ、そのような…それにしても、魔眼を使われて、よくぞご無事でお帰りになられました。先に障壁を張っておかれたのが良かったのですね。むしろその後、よくそれだけの魔法を使えたものですわ」
「…もしかして、これのお蔭かもしれない」
ずっとお守り代わりにポケットへ入れてた、藍色の欠けた魔石。前任者の遺物。
「それは確かに耐性を強化するものですが、その効果は『身体強化』を発動した時に限られます。今回シルヴァイラ様は、身体強化をなさらずに戦われたのでしょう?」
「それは…そうだけど」
「でしたらやはり『障壁』で遮ったのが魔眼の効果を少なくするのに役立ったのです。まったく無効ではなかったので、後からお身体に影響が出たのでしょう。大分時間も経ってはおりますけれども、ご自身に一度『回復』をかけられた方がよろしゅうございますよ」
「……」
ゆっくりお休みなさいませ、と促されてうとうととまどろむ。
初めに神様は、
『異世界で一番強い魔獣だって、君の魔法であっさり倒せるレベルだよ』
と仰った。
だから私は狼の群れも魔眼猫も、一瞬怖い気がしても自分が負けるとは思わなかった。
どこかでこの世界を舐めてたんだと思う。自分こそがこの世界で最強だと……
管理人の仕事にコートとグラサンが必要なように、ここでは日常でもそれなりの備えが必要なのだ。ましてそれが魔獣を相手に戦う時だと、心構えも我が身を守る術も決して疎かにしてはならなかった。
今回それが身に染みて解った、ということ。
「明日また、採掘に行こう。宝石を持って、リーニスタへ行こう……」
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一晩眠ってスッキリしたので、昨日の挽回をするべく早朝から鉱山へ行ってきた。
おそるおそる『探査』を使ってみたが、魔眼猫の仲間もあの熊親子もこの近くにはいなかった。もちろんエリアを拡げて探査する、なんて墓穴は掘りませんよ、ええ。
ここはさっさと切り替えをするのがいいからね。もちろん準備を怠らず、周囲にも注意を払ってガンガン採掘してお宝を掘ったわよ。金銀にエメラルド、サファイアにルビーその他諸々…鉱物学とか地質とか関係ナシに採れるってのがよく解らないけど、異世界だから?ベルラス女神の祝福だと思って、ありがたく頂戴しておこう。
「とりあえず今日はこれくらいでいいか」
オパールやエメラルドは母岩に包まれた状態で、他の宝石は純度の良いのも悪いのも全て原石のまま魔法袋へ収納する。金や銀などの鉱物は、面倒でもインゴットに加工してから入れた。
「流石に前みたいな逸品は無かったか。次は坑道を横に掘ってみよう」
袋の口をきゅっと締めて、しっかりとベルトに結わえつける。
「さ~て、リーニスタに行きますか…」
外に出て空を見上げると、太陽の位置はまだ昼にはなっていなかった。
「ギルマスに美味しい店を紹介してもらうのも、アリかもね」
新規開拓~、とニマニマしながら瞬身と転移魔法陣でリーニスタへ向かった。
******
ギルドカードを見せて城門を通ると、てくてく歩いて20分。
今回は若干心に余裕があるので、きょろきょろと街の様子を見ながらギルドに…あ、あそこになんかの屋台が出てる。いい匂い~肉?肉よね。肉食べた~い!
ふらふらと屋台へ行きかけたが、ぐっとこらえてギルドに足を向ける。うう。
「あ~、こんにちは~」
昼前のギルドは、閑散としてた。そりゃそうだよね、冒険者はとっくに依頼を請けて出発しているはずだもの。
「あっ、シルヴァイラさん!」
目ざとく私を見つけたエバンジェリンさんが、素早く辺りを窺うと、小さくおいでおいでと手招きをする…んん、なんですのん?
「良かったわ、早く来てくださって。先日の、買物のお釣りを預かってますの」
結構高額で、と渡されたのは銀貨45枚と大銅貨3枚に銅貨2枚…約45,320円。なるほど高額だ。
「あ、ありがとうございます」
ギルド推奨なだけあって、商品も金銭のやり取りにも正直なんだ。よし、これからもあの店で買おう。
「それで、今日はどうされました?確か次の予定ははオークションの日、とのことでしたが」
「あ~、それなんですが。ちょっと欲しいものがあってですね…ギルドなら詳しいことが判るかと思って」
「私に判ることでしたら」
「あ、それと例によってブツも持ってきてますが」
「まあ。それは嬉しいですわ」
キラリン、とエバンジェリンさんの目が光ったような…そしてまたあの部屋へ通されたわけですが。
「やあよく来たね、シルヴァイラ。今日は何を?」
「あ、ニトーキンさんこんにちは。えーと、宝石を少々。それとあの~、『魔眼大山猫』って買取あります?」
「「『魔眼大山猫!?』」」
あ、ハモった。どうやらまたやらかしたらしい。
が、しかし!ここは上手く誤魔化さねば、私の極秘採掘場がバレる恐れがある。
「…ちょっと偶然、出会い頭に戦うことになったと言いますか」
「け、怪我は!?どこか齧られたりしなかったか!?」
「シルヴァイラさん、上級ポーションがありますから!ちょっとした欠損なら治りますから今すぐ飲みましょう!」
血相を変えたギルマスと、上級ポーションを取りに行こうと腰を浮かせたエバンジェリンさん。うん、いい人たちだな~。
「あの、大丈夫ですから。どこも齧られてませんし、怪我もしてません」
「そんな!魔眼猫ですよ?無傷だなんて…!」
「えっと、魔眼の影響を減らすことが出来たんで、倒した後に結構大変だったけど後遺症とかも無いんで。ご心配頂いてありがとうございます」
「そ、そうか、それならいいんだが…それにしても魔眼猫を…まさかどこかのパーティと組んで狩ったとか?」
「え~と、あの~、一人で…なんですけど…」
「「一人で!」」
もうあんまり大声出さないで欲しいんだけどな。特にギルマス、地声が大きいんだからさ~、他の職員に聞こえるじゃないの。
「それであの、例の裏技で持ってきてるんですけど、獲物が凄く大きいんですよね」
「承知した、解体部屋に行こう」
即決してくれたギルマスとエバンジェリンさんと一緒に、解体部屋、つまり冒険者が持ち込んだ依頼品の解体専用の部屋に行く。隣は倉庫で、かなり広い。
「ここにいるのは、ギルドの解体専門の職員だ。口も堅いので信用してくれ。解体台はこれだが、大きさは間に合うかね?」
「十分です」
何事か、と集まってきた職員の前に、魔眼猫を取り出してどさりと置いた。
「「「「魔眼大山猫!!」」」」
だからさ、大声出さないでってば。
「この大きさのを丸ごとか!毛皮の状態もいい。なんと、目玉が…魔眼が無傷で残っている!信じられん!」
「あ~、その代り腹側に一か所、大穴が空いてますけど」
「それぐらいは大したことではない。一体どうやって仕留めたんだ?これと戦う時は、まず魔眼を潰すのが常識だぞ!?」
「そ、そうですか。何分初顔合わせでちょっと…えっと、一応口から氷槍ぶち込んで仕留めたんですが…」
「「「「「「氷槍!?」」」」」」
……何だろう、どんどん深みにハマっていく感じがする。
「…シルヴァイラ、ここではナンだから、後でゆっくり聞かせてくれ」
「……ハイ……」
結局、毛皮を剥いでこれもオークションにかけられることになった。
そして、これが結構私には抵抗があるというか何というか…魔眼猫の肉も、食肉として極上品だそうなのだ。
この世界では(前世と似ているがちょっと違う姿をしている)羊や鶏以外の家畜・家禽が少ない。豚の替りに猪、肉牛の替りに魔獣の肉を食べている。魔獣はその殆どが肉食なので、前世の記憶からすると『肉食の獣の肉は臭くて食べられない』気がするのだが、ここではそんなことはないらしい。
そんなわけで、全長6mほどの極上毛皮&極上肉の塊を見た職員の反応は、というと。
「ああ、惜しいなあ。魔眼大山猫の肉も、オークションにかけたらもっと値が競り上がるだろうに」
「でもあと十日もありますからねえ…このままだと確実に腐りますよ」
「ご領主が魔道倉庫を持ってたらよかったのになあ…」
「それにしたってこの量だぞ?領主館と街のレストランと、宿屋と酒場に声をかけたとして…」
「全量捌けるほど、皆蓄えがあるかな?」
「「「う~ん」」」
成程高くて美味い肉が大量に入っても、すぐに肉祭りとはいかないのか。てかそんなに景気良くないの?リーニスタって貧乏な部類に入るの?
「オークション当日まで何とか保てば、外からお客がバンバン来るってえのに」
はあ~っと溜息が聞こえてくる。
「あ、あの~ギルマス…ニトーキンさん」
「ん、なんだね」
「その~、もしよろしければ…ですね、私がそのぉ…当日まで保管しときましょうか?」
「出来るのか!…そうか、例の」
「そうです裏技で、ええ。ですがその~」
「わかっとる。秘密、だったな?」
「そうです。なので~」
ごにょごにょと裏取引の相談を済ませて、ニトーキンさんが職員たちに小声で声をかけた。
「あ~。皆に提案があるのだが。その肉をオークション当日まで、新鮮なまま保管できる裏技がある」
「「「「えっ?」」」」
「静かに!大きな声で言えないが、某所に預けるにあたり、毛皮はここで剥ぎ取って保管の上、前日までその存在を秘密にすること。それから肉も解体を済ませて小分けにし、オークションにかける部分だけ保管するのなら出来るそうだ。それで、その他の肉だが…この場で皆で山分けにしていいそうだ」
「「「「「ええええ?本当ですか!やったー!!」」」」」
うおおお、と歓声が上がった。ちょ、やめい!表に聞こえる!
「だから静かに!」
アンタも声でかいよ!
「シルヴァイラさん、ホントに良かったんですか?」
「あ~、いいんですよ。何かこれからもお世話になりそうだし…ははは」
俺、足の肉!とか尻尾の付け根が美味いんだ!とか、バカお前美味い所はオークションに残しとけ!とか。
興奮気味な声がとっても嬉しそうで、いいことしたな~と思いつつ、そこはソレ。
「ニトーキンさん、まだ所有権は私にありますからね!一番美味しいとこ切ってもらって、レストランに持ち込んで料理してもらいましょうよ!美味しい店、ご存じなんでしょう?」
「勿論だとも!今から三人で食いに行こう!」
「やったー!」
解体作業は『解体』の出来る職員ばかりなのでサクサク進み、毛皮と目玉と角と骨をそれぞれ魔法処理して保管してもらう。皆が手ぐすね引いて待ちわびる肉は、ギルマスの采配で『いかにも戦闘で失った』くらいの量を職員用に確保した。妙に慣れてる気もしないでもないが、ここはスルーしとこう、うん。
「お嬢ちゃん、ありがとな!」
「またいつでも狩ってこいよ!待ってるぜ!」
「にっく♪ にっく♪」
顔も名前も魔法もバレバレだが、とりあえず皆『秘密の共有者』になったってことでいいか。
「本当に良かったんでしょうか?…美味しいんですけど」
「ん~、まあいいんじゃないか、奴らなら大丈夫だ。うん!美味い」
「ですが……」
「う~ん、美味ひい!ステーキサイコー!」
ギルマスから肉を手渡されてガン見してた店主が、とっても何か言いたそうにしてるけど。多分オークション当日に買ってくれそうだし…まいっかー。
……そんな風に思ってた私は、めったに口に出来ない美味しいお肉を食べたギルド職員の子供たちから、オークション当日までにそれなりに噂が広まっていくことに、全く気が付いてなかった。
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