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 第二章  11. 予定は未定であって、決定ではなかった。

ようやく第二章です。

※ 残酷表現、流血表現がありますのでご注意ください。

 硬い黒パンを野菜スープに浸しながら、くあ、とあくびをした。


「お疲れでございますか?」


 頼んだお弁当を布に包みながら、シンシアが振り返る。


「ううん、ちょっと寝足りない、かな?あとやっぱり枕が合わない」


 ああ、と頷く彼女から弁当包みを受け取る。

 今日は北の鉱山に採掘に行くのだ。さっさと食べちゃおう。


「この前はエメラルドだったから今日はちょっと違うのを探すつもり。同じ石ばかりだと値崩れするかもしれないでしょ?だから念のためにね…あとは出来れば魔石を備蓄しておきたいし」

「左様でございますね。ですが宝石は先日の採掘分がまだ大分あるのでは?」

「うん、小粒だけどね。もし大粒のいいのが取れたらまだオークションに間に合うだろうし。ついでにギルドで本の値段を聞いてみようかと思って」


 この世界では、本は写本が普通である。全部手書きならそりゃ高いわな~。


「図鑑もいくらするんだか…食糧と図鑑とポーション用の小瓶を買って、あ、作るなら見本のポーションも一本いるか」


 現在出回っているポーションがどの程度のモノなのか。シンシアが調合できる『一般的な』ものとどれくらい差があるのか。私は絶対差があると確信してるけどね。そのうち上級のポーションも作ってみたいし。

 それにしたって素材採取に必要な図鑑が無い事には始まらない。


「まあ採掘は夏いっぱいは出来るとしても、秋以降はあの場所だと気温的に厳しいと思うのよ。だから今のうちに掘るだけ掘っといて、夏は主にポーション作って秋は魔獣を狩る。冬は宝石のストックを小出しにする、でどう?」

「ギルドで換金するのならそれで結構だと存じます」

「うん。とりあえず最初の一年を暮らしてみないと、何が必要なのかがよくわからないしね…」


異世界(こっち)に来てからまたロングになった髪をきゅっと紐で結わえて、採掘作業のために特別にシンシアに作ってもらったズボンを穿いて、亜麻布のシャツに粗い毛織物の上着を羽織る。この上からローブを羽織るのがそろそろ暑くなってきた。

 もうすっかり馴染んだ革のベルトに革袋をしっかり縛り付け、これも馴染んだ革のブーツに履き替える。


「その袋を頂けて、ようございましたね」

「うん。これが有ると無しじゃ全然違うもんね」


 例の魔法袋を『就任祝い』としてミルトヴァイゼ神から頂けたのは幸いだった。

 もしかしたら、最初からこれを下さるつもりだったのかもしれない。でもそれを知ってたら、この三日間を必死にやり遂げることが出来たかどうか。変にさぼり癖がつかなくてよかったと、つくづくその慧眼に恐れ入る。


「まあ夕方には帰るわ。ギルドには明日行けばいいし、今日は目一杯掘ってくるから、晩御飯よろしく」

「はい、かしこまりました」


 いってらっしゃいませとシンシアに見送られて転移魔方陣に乗った。前回使った魔方陣を強くイメージする。


「北の鉱山近くのポイントに~『転移!』」


 ******


 ふうっと目の前の空間が明るく開けた気がした。


 北の鉱山を目前にした転移魔方陣は、リーニスタ近くのポイントと同じように樹木で目隠しをされている。

 もし人や獣が魔方陣を踏んでも転移魔法は発動しないので、その点は安心だ。転移先のどこかの魔方陣で魔獣と遭遇(バッタリ)、なんて冗談やありまへんで。


「さ~て、鉱山前に『瞬…』あれ?」


 直線で1キロほど前方にある鉱山の、ちょうど先日坑道を掘った近くで何かが動いているのが見えた。


「何あれ?獣?」


 ふっふっふ。無敵の魔法があるので、獣の一匹や二匹は怖くはない。狼の群れを狩ったこともあるんだし。


「ま、行ってみるか」


 もしかして魔石と毛皮をゲットできるかも、とナントカの皮算用をしながら『瞬身』した。





「キューッ!キューッ!」

「グワアアアアアッ!」


 山腹から()きながら必死で駆け下りて来たのは、白い小熊だった。


「熊ぁ?」


 小熊は、突然目の前に現れた私を見て棒立ちになってる。


「……!……!!」


 かっ、可愛い!めっちゃ可愛い!ナニこのぬいぐるみ顔!


 例の有名な熊のぬいぐるみにそっくりの小熊は、私の方に逃げようかどうしようかと散々迷った挙句、後ろを気にして更に山肌を下ろうとして立ち竦んだ。

 坑道の入口前は作業がし易いように前に来た時少し平らに削ってあるが、そもそも片側は険しい崖になっている。いかに野生の熊でもこの崖を降りるのはちょっと、いや絶対ムリだから!やめときなさい小熊ちゃん。


「ゲェーッ!ゲェーッ!」


 その時、酷く苦しそうな鳴き声がして、小熊はおろおろと山腹を見上げた。


「ええっ?えっ、あれ魔獣?」


 見上げると、青黒い長い毛皮に捻じくれた一角のある、見るからに『魔』のついてそうな獣が何か小さな毛玉を咥えていた。ぶらんぶらんと揺れているそれは血で汚れてはいるが元の色は白…ってことはこれの兄弟か!

 魔獣の足元には、我が子を取り返そうと必死で両腕を高く上げている母熊がその爪で攻撃を加えていたが、魔獣はさして痛痒を感じていないようだ。体長は親熊のほぼ倍はある。


「そっか、この子だけ何とか逃がしたのか…」


 キューッキューッと悲痛な鳴き声を上げて落ち着かない小熊は、母熊の下へ行きたいが魔獣は怖いし目の前の人間も怖い、という八方塞がった状況にもはやパニックを起こしている。


 バシィィッ!と母熊が魔獣の前足で振り払われ、ゴロゴロと転がってガクリと力無く横たわった。


「キューッ!キューッ!」


 小熊が母熊の元に駆け寄る。

 魔獣が獰猛な顔でこちらを見、見せつけるように咥えた小熊をふいっと宙に放った。


「『エア・クッション!』小熊を乗せたままこっちへ『運べ!』」


 魔獣の目の前にべしゃりと落ちるはずの獲物は、空中でふわりと止まるとスイスイと人間の所へ飛んでゆく。

 ざまあ。自然のこととはいえ、ここで熊の親子を見捨てるのは何か嫌だったのよ。相手、魔獣だし。


 ガアッ!と魔獣が咆哮し、鋭い牙が並んだ口を大きく開けてカァァァーッと…炎球(フレイムボール)


「えっウソッ!魔法使う魔獣なのアレ?」


 嘘じゃない証拠に、真っ赤な炎の塊がこっちに向かって飛んでくる。


「っと、『障壁(バリア)!』」


 瞬時に腕を振り、熊たちと私の前に透明な壁を作って炎球を防ぐ。

 魔獣の瞳がすうっと細くなり、獲物を弄んでいたさっきとは違った空気を醸し出す。


 見た所、魔獣は山猫を巨大にしたような顔をしている。猫なのに炎球使いとは…お前、猫舌ちゃうんかい!


 魔獣が身体を低くして、太い尻尾を高々と上げてくねりと回した。


 障壁を飛び越えるつもりか!


 猫が獲物に飛びかかるように、音もなく優雅に魔獣が飛んだ。真っ直ぐこちらへ向かって。


「『氷槍(アイスジャベリン)!』『一撃必殺!』」


 ガッと開けた真っ赤な口の中に、長さ4mの氷槍をぶち込んだ。


「ガアアアアァァーッ!」


 槍の勢いで押し戻された魔獣は、障壁の向こう側にドサッと落ちた。

 驚いたような、恨めしそうな表情が段々と無くなり、目から光が消えた。ふう。これで障壁を消せる。


「キューッ!キューッ!」


「さ、今度はこっちね。間に合えばいいけど」


 かろうじて息はあるが、両の腕は折れ、血塗れの腹からは内臓がたらりとはみ出している。


「痛かったね…『完全治癒(フル・キュア)』」


 両手をかざすと、白い光が掌から小熊の身体に吸い込まれていく。ぐぐっ、と身体から魔力が引き出されたのが判る。瀕死の小熊がそれで助かったのも。


 眠る小熊をエアクッションからそっと降ろし、エアクッションを消した。同時にいくつ魔法を使ったのやら…考えると空恐ろしいので、深くは考えない。


「次はお母さんだね。大丈夫だよ」


 大怪我を負った兄弟の苦しそうな顔があっという間に和らいで、裂けた腹の傷がみるみる内に治ったのが解ったのか、小熊は母熊の側に寄る私を威嚇もせずに受け入れてくれた。


「骨折が多い。内蔵が少し傷ついてるね…『完全治癒(フル・キュア)』」


 じいっと見ている小熊の前で、白い光が母熊に吸い込まれていく。フーッと大きな息をついて母熊がすやすやと眠ったのを見て、小熊は漸く母親の側に寄り添った。


「賢い子だね。アンタも傷だらけだから…『治癒(キュア)』」


 自分の身体に何が起きたのか実感すると小熊はもぞもぞと後ずさったが、それでももう一匹の小熊を母熊の側に寝かせると、おずおずと自分も側に戻ってきてぴったりと二匹に身体をくっつけて、やっと安心したように眠った。




 眠る熊たちの側をそっと離れて、仕留めた魔獣の側へと歩く。瞬身を多用するのは止めて、魔力を温存しておかなくてはいけない。

 魔獣の身体から魔石を取り出し、死骸は解体もせずにそのまま魔法袋へ入れた。

 辺りにはまだ濃い血の(にお)いが漂っていて、とても危険だ。このままでは他の獣や魔獣を引き寄せてしまうだろう。

 しかし大きな魔法を使うには、自分もかなり疲れている。


「まったく…『完全治癒(フル・キュア)』なんて初めて使ったし。まあ上手くいって良かったけど。血の跡を全部消すのは難しいわね」


 熊親子がどこであの魔獣に襲われたのか、そこを探して水魔法で痕跡を全て洗い流すのは至難の業だ。ならばどうする?

 

「とりあえず、この辺り一帯の血の臭いと、獣と魔獣の臭いを『消臭』」


 鉄錆の臭いから解放されて、ほっとする。あとは目立つ血溜りを土魔法で埋めて、少し離れた場所でお茶を飲み、お弁当を食べた。


「今日はもう採掘は無理ね。あの熊親子をどこかへ運んで、家に帰ろう。魔獣は狩れたんだし」


 ふわあ、とあくびがでた。


「そういえば、枕が合わなかったんだった……」


 コキコキと首を鳴らして熊親子の所へ戻る。ぐっすりと眠る熊たちの姿は、見ていてホント癒される。


「どこへ運ぶか…元の巣穴は知らないし、坑道の近くは避けたいし。ああ、そうだ『地図』」


 この山を中心にした熊の分布図を見てみると、山腹の比較的大きなエリアと坑道から離れた南側の斜面のエリアが空いているのが判った。親子が追われてきたのはきっと山腹のエリアだろう。ならば南側の斜面に適当な穴を掘ればいいんじゃないか?


「あ、そうだ。こっちも調べておかなくちゃ」


 再び地図で見てみたのは、あの魔獣の分布図だ。あれだけ大きな魔獣なら、近くにそう何匹もいないんじゃないかな?もしいたら、そこを避けて…


「げ、なんてこった!」


 あの青黒い毛皮の魔獣は、この鉱山の後ろの山脈を根城にしているらしい。ただしかなり奥まった谷あいや山頂に近い場所に住んでいるようだ。ここまで来たのは獲物を狩りに来たのか、それとも縄張り争いに敗けたはぐれのオス(あの魔獣はオスだった)だったのか?


「そうなると、やっぱり元の巣穴の方がいいのか…」


 疲れた身体に鞭打って、山腹エリアの目ぼしい巣穴を総当たりにあたってみると、六番目にして漸くそれらしきものが見つかった。なぜ判ったかと言うと、巣穴の入口が酷く壊され、そこにぽつぽつと血の跡があったからだ。


「ああ~くたびれもうけだな~こりゃあ…」


 仕方なく土魔法で血の跡を消して回り、消臭も施して巣穴の修復を済ませると熊親子の所へ瞬身し、彼らを連れて一気に巣穴へ戻ってきた。


「はいは~い、熊さん達、起きてね~?『目覚めよ』」


 もぞもぞと熊親子が目を覚まし、きょろきょろと辺りを見回す。


「う~ん、どう説明すれば…あ、そうか。『意思疎通』」


 ピーン、と何かの天啓めいたものが彼らの中に芽生えたようだ。揃ってこっちを向いてくれた。


「さっきは大変だったわね。でもあの魔獣はやっつけたしみんなの怪我は治したから、もう巣穴に戻っても大丈夫だと思うの。ここはあんた達の巣穴でしょ?壊れた所は一応直したんだけど、もしここが危ないと思うならすぐに他の場所へ移った方がいいと思う。そういうの、私には解らないからあんた達が決めてね?」


『ア、コワイノ、イナイ?』

『イナイ。コレ、コロシタ』

『ココ、コワイ。デル』

『コワイ。コワイノ、キタ』

『コワイノ、イナイ。コワイノ、マタクル』

『コワイ。ココ、デル』

『コレ、ツヨイ。コレ、イル?』

『コレ、ココ、イル。コワイノ、イナイ』


 片言のささやきが彼らの口からこぼれてくる。

 正確にはキューとかウーとかの鳴き声が、私の耳にはこんな風に聞こえるってこと。『コレ』って私のことよね。


「あ~、私はもう帰るから、ここからいなくなるの。だからあんた達がここにいるのが怖いなら、巣穴を変えた方がいいと思う」


 じいっと私を見つめる三対のつぶらな瞳に内心きゅんきゅんしてたけど、ずっと面倒みれるわけでなし。ここは心を鬼にして、突き放すのがお互いのためだから。


『コレ、イナイ?』

『コレ、ココ、デル』

『コレ、イナイ。ココ、デル』


 どうやら結論は出たようだ。


「それじゃあ、私帰るね。みんな元気でね。ばいばい」


 務めて冷静に、これ以上情が湧かないように、巣穴から歩いて出て行った。後ろも振り向かない。

 

 適当な所で一気に転移魔方陣まで瞬身で移動する。

 

 太陽はまだ高かったが、身体がだるくてたまらない。

 魔方陣に乗って、ひたすら『家に帰りたい』と念じた。


お読みいただきまして、ありがとうございます。

ちょっとシリアスな感じですが、こんな日もあるさ、ってことで。

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