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【箱】短編

Eine kleine Nachtmusik

作者: FRIDAY

 きっかけは昼休み、部活の用事で体育館への渡り廊下を歩いているときだった。

 大会の時に張るテント用具一式をひとりで抱えて歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。

 行きは対して気にとめなかったが、戻りにもまだ聞こえたのでふと気になって音のする方へ行ってみた。

 発信地はすぐに見つかった。夏だから暑いのだろう、窓を全開に開けた教室だ。別に悪いことをしているわけではないのだが、何となく気付かれないようにその窓下に入り込んだ。

 初めは雑に鳴らしているだけのようだった音が、いつしか形を持ち始める。

 雑音が滑らかな流れで曲になった。

 曲名はわからない。けれども確かにどこかで聴いたことのある曲だった。

 そのときは、気付けば昼休みが終わるまで聴いていた。


 後で確認してみたら、あの窓は音楽室のものだとわかった。防音だから廊下には聞こえないが、窓を開ければ外には聞こえる。

 それからは、昼休みになるたびにその窓下へ忍び込んだ。昼食持参で、植え込みの陰に隠れて、外からも見られない場所で。

 誰の手が奏でるかも知れない音楽。

 曲は毎日違ったが、どれも曲調しか知らないものだった。いつかどこかで聴いた音。

 誰が弾いているのか、気にならないこともなかったが、知らない誰かの音楽を聴いている現状が、どこか心地よかったのも確かだ。

 だから、毎日。友人に不思議がられてもはぐらかし、用事があれば手早く済ませ、雨が降ったりしない限りは欠かさず通った。


 そして、ある日。

 初めてここで聴いたものと、同じ曲が奏でられた日。

 彼は今日も、いつもの場所でその音楽を聴いていた。

 連日欠かすことなく通い詰めている彼だ。それが初めてのときと同じ曲であることには気付いていた。そして、その曲の名を未だ知らないままであることも。

 調べてみようか──と、そんなことを思ってみたりした、そのとき。

 いつもなら一度として途切れることのない音が、不意に止んだ。

 どうしたのだろうと思う間に、コツコツという足音が窓際まで一直線に近づいてきたかと思うと、彼が動く間もなくひょいっと、女子生徒が身を乗り出してきていた。

 まっすぐこちらへ向かって。

「君、いつもそこにいるね。聴いてくれてるの?」

 バレていた。そのことへの羞恥と焦りで、彼は自分の顔が一瞬で熱く火照るのを感じた。

 艶やかな黒髪を肩口で切りそろえた、清楚な雰囲気の人だった。制服の胸にある校章の縁取りの色から、相手は彼のひとつ上の学年だとわかる。

 つまりは先輩だ。

 やましい思いがあったわけではなく、ただ綺麗だったから聞いていただけで、こっそり聴いていたことに他意はなくて、気を悪くしたのなら謝るしもう来ないけれども、でもどうして、いつからわかっていたのですか──

 奔流ほんりゅうのように溢れ出す言い訳や取り繕いは、喉につかえてひとつも言葉にならなかった。それでも何か言わなければ、という気持ちだけで口を動かし、結局音になった言葉は、

「あの、今の曲、なんて曲なんですか」

 そんなことを、訊いていた。

 違う。言いたいことは、伝えたいことは、そんなことじゃない、のに。

 けれども、見るからに大いに焦る彼に対し、彼女は面白がるように目を細めながら、

Eineアイネ kleineクライネ Nachtmusikナハトムジーク

 流暢な発音でそう答えた。そして彼女は笑みを浮かべると、

「なんなら、中で聴いていかない?」

 調子も軽く、そう言った。

 思わぬ展開に拍子抜けしながら、彼は無意識にこくりと頷いていた。

 それが、彼と彼女との出会いだった。

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