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死生の魔眼  作者: 紅炎
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第八章

「死生の魔眼。それは僕が君にあげたものだよ」

 綾香が交通事故に巻き込まれて死んでしまったあの日、緑髪の子供は、平然とした表情でそんな言葉を発した。

「そしてそれは――人の生と死が見える」

 子供の言葉を聞いた健介は、目を丸くして子供を見続けていた。

「……生と死が……見える……?」

 健介は道路の真ん中で座り込んだまま、掠れた声を出した。泣いて叫んで喚いて。彼の喉はとっくに嗄れていた。そんな声で、緑髪の子供に話し掛ける。

「君が朝見た赤の数字。あれはその人が後何時間。または何分で死ぬか。その人が死ぬまでの時間。それが赤の数字」

 緑髪の子供は普通の表情で語る。人の死というものを平気で。

「そして今さっき君が見た蒼の数字。あれは残りの生の時間。徐々に数字は小さくなり、完全に消えるとその人は死んだっていう事。意味分かる?」

 分かりたくない事だが、詳しすぎる説明のせいで、理解できてしまう。健介の体が粕かに震えた。


 緑髪の子供は一端間を置いた後、もう一度喋りだした。

「数字はその右目――死生の魔眼だけで人を見た時に見えるんだ。他人の残りの人生が把握できるなんて楽しいでしょ?」

 子供はニコニコと笑みを浮かべている。実に子供らしい笑顔だ。しかし、神経はいかれている。人の死をゲームみたいに扱う子供。不気味で仕方が無い。

「……さて、ある程度の説明はこんだけかな。また詳しい利用方法とかは、改めて説明するよ――じゃあね。大切な人を失った孤独なお兄さん」

 そう言って子供は健介に手を振る。その時、突然子供は忘れてた、と言った。

「自己紹介がまだだったね。僕の名前は奈落。覚えといてね。それじゃ」

 奈落と名乗る子供は小さく笑い声を上げた後、子供の姿は一瞬で消え去った。まるで空気に溶けたかのようだった。


 そこに残ったのは、ただ孤独に座り込んで居る健介のみになった。

 辺りで騒いでいた人達は妙な目で健介を見る。何処からかあの子、誰と話していたの? という声が聞こえる。その声に答えるように、他の誰かが現実逃避ってやつじゃないか? そりゃ辛くもなるだろう。こんな哀れんだ声が聞こえて来る。


 フザケルナ……アンタラナンカニナニガワカル。


 健介は壊れたように、そんな言葉を小さく繰り返す。体が大きく震える。健介は自分の制服に染み付いた、夥しい量の血を手で触る。

 その血は手に付かなかった。血は既に固まっていた。

 綾香はとっくに死んでいる。それを認めざるを得ない事実で、健介は再び嘆いた。

「綾香……俺、どうすれば良いんだよ……」

 健介は呟いた後、その場に静かに倒れ込んだ。頬を流れる涙が、アスファルトの上で乾いている血に直撃した。血は涙と混ざり、再び赤い雫となった。


 ――そうして健介は今、この病院にいる。

 どうやら町の人が健介の事を病院へ連絡したらしく、道路の真ん中で倒れた健介を、救急車が直ちに病院へ運んだのだった。

 健介は呆けた様子で白く膨張したような布団を被り、ベッドの上に寝ている。何もする気がしない、という脱力感が彼の光景からうかがえる。誰もが余程精神的ダメージが大きかったんだろう。可愛そうに、と口ずさむ。

 健介の様子が変化する事は、殆ど無かった。入院直後の日、母親や彼の友人ががお見舞いに来たと言うのに、その様子にほぼ変化は見れなかった。変化が見られたといっても、ほんの少し笑顔を浮かべた位だった。それに、その笑顔ですら作り笑いなのがすぐ分かるほど、彼の表情は固く、冷たいものとなっていた。


 そんな健介の姿を見て、ほっとけなくなったのか、秀雄は一度深く呼吸すると、健介の病室へと足を踏み入れた。

「やぁ。どうだい、気分は?」

 彼の気分が良くないのは分かっているのを承知で、秀雄はそう言った。分かっていても、それぐらいしか、彼にいう言葉が無かったに違いない。

 秀雄は精一杯健介に話しかけた。しかし、予想通り、健介は一言も喋らなかった。ただじっと、黒くて冷たい瞳が秀雄を見つめた。重苦しい空気が秀雄を襲う。医者となれば、なんでも重く苦しい状況を味わって来たに違いない。しかし、医者である秀雄すらまだ味わった事の無い様な重みが続いている。


 重く、辛い空気が一秒ごとに濃くなる。病室を漂うこの緊張感は、何よりも気まずいものとなって秀雄に降りかかる。秀雄はこの空気の重さで何も出来ず、健介の前でただじっと立ち尽くしている。時計の秒針の動く音が、更にこの雰囲気を重くする。

 あまりの気まずさに耐え兼ねなくて、秀雄は諦めて病室から逃げるように立ち去ろうとする。自分でも恥ずかしい、と思っていたその時。健介の唇は粕かに動いた。そして言葉を発した。

「……死んじまうぞ」

「……え? なんだって?」

 あまりの小さい呟きに、秀雄はもう一度聞きなおす。

「あんたの隣にいたあの眼鏡の医者。……もうすぐ死んじまうぞ」

 さっきの声の何十倍も大きな声で、健介は秀雄を見ていった。そしてあまりに意外な言葉に、秀雄は自分の耳を疑った。もうすぐあいつが死ぬ? そんな馬鹿な。

「いや。あのね君。冗談はもっとマシな……」


 ――――ガッシャァァン!


 秀雄の言葉が終わりかける寸前に、耳障りな雑音が廊下側に響いた。

「な、何の音だこれは?」

 あまりの大きな音で、さすがに秀雄も驚き、健介の部屋から飛び出し、廊下の方を見る。

 そして秀雄は自身の目を疑った。


 ――そこには大量の夥しい血を垂らし、倒れ込んだ医者がいた。そしてその医者の近くに、赤く染まった大量の刃類や手術道具がが散乱していた。

 そしてその近くには、先程の医者がかけていた眼鏡があり、血を浴びて赤く染まっている。

「な……。これは……」

「――ほら。俺の予言、当たってただろ」

 その言葉が聞こえたと同時に、秀雄は健介の方を振り向いた。

 ベッドの上に健介は、不気味な笑みを浮かべて座り込んでいた。

「君は……一体……?」

 秀雄の驚いた声が聞こえた瞬間、患者の叫び声のようなものが病院に響き渡った。


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