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死生の魔眼  作者: 紅炎
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第五章

 健介と綾香は校門を出て、間もなく近くにある横断歩道に差し掛かろうとしていた。

 後少しで授業が始まる。もしも彼らが授業が始まったにも関わらず、校外へと出て行ったとばれてじまえば、教師達からのお怒りを逃れる事は絶対に出来ない。

 よって、一刻も早くプリントを見つけなければならない。そんな気持ちが二人を焦らせる。

 それは綾香の表情にしっかりと表れていて、困っているのが丸分かりだった。どうしよう、と何度も呟く声が聞こえてくる。

 健介は、そんな綾香に何を言えばいいのか分からず、ただ黙々とプリントを探していた。

 

 ――とうとう二人の間には沈黙が生まれ、聞こえるのは車輌の行き交う騒音と、二人が歩く度に擦れる、靴とアスファルトの音だけだった。

 健介は道端の草むらを掻き分け、綾香は道路を見渡す。心無いポイ捨てで溜まったのであろう、大量の空き缶やタバコの吸殻などを次々と見つけるものの、肝心なプリントを見つける事が出来ない。

「……なぁ綾香。今更だけどさ、プリントぐらい……先生にもう一枚印刷してもらったら?」

 健介は苦笑しながら、少し申し訳無さそうに言う。気付くのが遅かった事に、少し責任を感じている様子。怒られる感じているのか、健介は綾香を直視できない。

 

 しかし綾香からは怒りの欠片も感じられず、それどころか彼女の表情に明るさが宿る。

「そっかあ。そういえばそだね。あはは。健介ってば、ナイスアイディア」

 そう言って綾香は、自分の身長より頭一個分高いところにある、健介の頭を優しく撫でる。彼女の柔らかい手が、何度も何度も健介の髪に触れる。

 すると、健介の頬は見る見るうちに朱に染まっていく。

「ば、ばか。何してるんだよ!」

「はいはい。恥ずかしがんなくたっていいよー」

 健介は必死に抵抗し、彼女の手を振り払おうとするものの、綾香はその手を退けようとはしない。それに、何だかんだ言っているものの、健介の表情は粕かに嬉しそうに見えた。


 そんな時、綾香はあるものを発見した。

 横断歩道を渡った先にある電柱。その麓に、紙があった。そしてそれが飛んでいったあのプリントなのだと気付くまでに、あまり時間はかからなかった。

「健介! あったよ。プリントが見つかったよ!」

「え? 本当かよ?」

 嬉しそうに騒ぐ綾香の声を聞きつけて、健介は綾香の指差す方を見る。そしてその存在に、健介も気がついた。

「私、取って来るねー」

 そう言うと、綾香は長い髪を靡かせて走り出した。青信号の横断歩道に向かってまっしぐら、といった感じだった。

 嬉しそうな彼女の後ろ姿を、健介も追いかけようとした。


 するとその瞬間、健介の右目に突如激痛が走る。夢だと感じていたあの痛みが、健介に猛威を振るう。凄まじい痛みのあまりに、健介はその場に膝をついてしゃがみ込んだ。右目を押さえ、苦しそうにもがく。そんな彼の額を、脂汗が流れる。

「く……そっ。何でまた……」

 痛みのあまりに、その場から立ち上がる事も出来ない。その上、急に全身から力が抜けてゆく。そして彼の全身に、凄まじい重力が襲い掛かる。あまりの重さに、呼吸までもが辛くなり、彼の吐息が荒々しくなるのが分かる。

 ――――そんな時に、それは聞こえた。


「駄目だよ。君に死なれちゃ、困るんだよね」

 

 あの声が、再び聞こえた。健介は立ち上がれないまま、辺りを見回す。しかし辺りには誰もいない。 それよりも、彼は先程の言葉が気になっていた。死なれたら困る? 一体どういう事なのだろうか。それではまるで、行けば死ぬみたいな……。

 その思考が生まれた瞬間、彼の背に寒気が走る。悪い予感がする。

 まさか、と健介は青白い顔で呟く。そして、走り行く綾香の方へと振り向く。そして全身の力を振り絞って、声を上げる。喉が嗄れようが嗄れまいが関係ない。

「綾香ぁ! 行くんじゃ……」


 健介の声は、呆気無く遮られた。耳障りな、道路と車輪が擦れて起きるブレーキ音。その音を前にして、彼の声は全く意味も無かった。

 そしてその音が鳴り響く瞬間――綾香と大型車輌が激突した。あまりのスピードで、綾香の体は軽々と宙へと吹き飛ばされる。彼女の体は、赤い液体と共に宙を舞う。そして夥しい量のそれは、一瞬で辺りに飛び散った。 

 そして、彼女の体は固いアスファルトの上へと叩きつけられる。鈍く不気味な音が、健介の下まで聞こえた。

 健介は思わず言葉を失った。目の前で起きた、信じられない光景。綾香が交通事故に合った? 赤い血を流して倒れている? そんな……嘘だ。

 健介の震え切った声が粕かに漏れた。衝突した車の窓から若い男性が顔を出し、綾香の方を見た瞬間、小さな悲鳴を上げ、怯えた様子で車で逃走した。健介が追いかけようとしたが、そんな気力が残っているはずもない。

 そして次の瞬間、健介の体に再び力が宿る。健介はふらふら歩きながら、血を流し、うつ伏せに倒れている綾香の元へと向かう。


 朝まで白かった彼女のセーラー服は赤黒く染まっている。彼女の綺麗だった黒髪にも、夥しい量の血がついている。綾香は静かにそこで倒れていた。

 辺りで騒いでいる音がする。悲鳴の声、何があったの、とざわめく声、助けを呼ぶ声。色々な声が混ざり、気分が悪くなりそうなくらい、それははっきりと健介に聞こえていた。

 健介は体を震わしながら、腰を下ろして、彼女の血塗れの体を抱え、上向きにする。するとそこには口から血を流し、今にも閉じてしまいそうな目で、健介を見つめている。荒い呼吸。その音がはっきりと聞こえる。

 そして、意識が朦朧とする中、綾香の脳内に少年のあの言葉が蘇った。


 ――バイバイ。……永遠にね。


「……こういう……事だったん……だね」

 綾香は粕かに口を動かし、呟いた。そんな様子を、健介は涙目で見つめていた。潤んだその瞳に、彼女の傷だらけの姿が映る。

「綾香……。喋るんじゃない。待ってろ。今……今、救急車を呼んでくるからな」

 そう言って健介はその場を、震える足で離れようとする。

 しかし次の瞬間。健介の服の袖を、震える赤い小さな指先がしっかりと掴んだ。

「綾香! 離してくれ! 早くしないと、お前……」

 段々と彼の声に熱が篭る。真っ赤な顔で必死に叫ぶ。それでも、彼女は決して離そうとしない。

 そしてこの時、綾香はもう一つ言葉を思い出していた。


 ――だからね、お兄さんに気持ち。早いとこ伝えた方がいいよ。


 その言葉が頭を過ぎると同時に、綾香は粕かに微笑んだ。辛いくせに、必死で微笑む。そんな儚い笑顔が、逆に健介の心の奥底を締め付ける。

「健介……。多分……ね。もう……言えないから……言うよ?」

「綾香! 俺の袖を離してくれ! 頼むから! 綾香!」

 叫ぶ健介の右目から涙が溢れ出る。健介は涙を拭い、右目を閉じる。

 すると、綾香の胸元に蒼い数字が浮かぶのがはっきりと見えた。その数字の横には秒という単位があった。そしてその数字は、段々と小さくなってゆく。


 30……29……28……


「綾香、喋るんじゃ……」


 10……9……8……


「健介、私はあなたの事……」


 3……2……1……


「好き……」


 ……0


 数字はゼロになった。蒼い数字は徐々に消えていく。

 それと同時に、綾香は静かに目を閉じた。彼女の閉じた目から、涙が零れ落ちる。全身から力が抜けるのが、彼には分かった。分かりたくなかった、認めたくなかった現実を、認めてしまわないといけないのかもしれない。

 健介は震えながら、綾香の血が付着して赤くなった右手で、綾香の細く白い右手の脈を測ってみる。脈が動いていれば、綾香は生きている。死んでなんか無い。頼む。動いていてくれ。

 彼は僅かな希望にすべてをかけた。

 しかし、彼女の脈は完全に停止しており、僅かな少年の希望すら、完全に否定された。哀しみが、一気に健介の心を深く抉る。

「綾香ぁぁぁ!」

 彼は叫んだ。その悲痛の叫びは長く、大きく響き渡った。健介は涙を流しながら、血だらけの彼女を抱きしめた。赤い血が彼の服にべったりと付く。しかし、健介は動揺しない。

「どうして……こんな事に……」


 ――そんな事を言っていると、健介は思い出した。家の中で彼女の胸に浮び上がっていた、赤い数字は「1時間」となっていた。そして、綾香の心臓が止まったのがあれから丁度一時間後。

 健介は言葉を失った。この奇妙なほど一致する偶然。いや、本当に偶然なのか? 何か関係あるんじゃないのか? 

 心の奥で健介は問い掛ける。しかし、誰も答えるはずが無い。

 そんな時、あの忌々しい声が聞こえた。


「――関係あるよ」


 子供のような幼い声が、健介の頭を過ぎった。




 やっとここまで更新できました。

 ここからが、この物語の本当の幕開けと言っても過言ではありません。

 ここから、健介は辛い運命を辿らなければなりません。これからも、よろしくお願いします。

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