第二章
赤い数字。それが綾香の胸の前で浮き出ている。血の様に、赤黒くて不気味な数字。それは「1」となっている。そしてその数字の横には、時間という言葉があった。全部通して読むと、「1時間」という言葉になっている。
気になった健介は、思わず口を開いた。
「おい綾香。何だその数字?」
健介は少し驚いた口調で話す。そして健介は指で彼女の胸の辺りを指す。その言葉に綾香は戸惑った。数字? と呟きながら自分の胸の辺りを見る。
「……どこ? どこに数字なんてあるの?」
「ほら、そこだって。赤色で「1」の数字があるだろ」
健介は怒鳴りながら、何度も何度もそこを指さす。その度に彼女は探すが、どこにも見当たらないようだ。ふざけているのか? と健介は思い、一つ溜息を付く。
「あのなぁ……」
そう言って、左目を押さえていた手を退けた。
すると、不思議な事に今まで健介が見えていた赤黒い数字と、時間という言葉が消えた。空気に溶けるようにして消えた。健介は驚き、声を漏らしてしまう。
「あれ? ……消えた?」
そんな情けない声がリビングに広がる。健介の言葉を聞いた綾香は、口に手を当て、笑い出した。
「健介寝ぼけてたんだよー。それにしても変な事言ってたね」
「ち、違うぞ! あれは寝ぼけてたんじゃ――」
健介が慌てた様子を見せながら、必死に弁解しようとするが、綾香は笑いながら適当に促すだけで、健介の話をちゃんと聞かない。再び必死に弁解しようとするも、とうとう健介の声は綾香の声に遮られた。
「はいはい。もう行こうよ。学校遅れちゃうよー」
「あ、ちょっと待て。俺まだ、朝飯食ってないんだぞ!」
健介は慌ててテーブルの上に置いてある、ロールパンを一つ口に咥える。本当は焼いた方が美味しいらしいのだが。
そんな事をしている間に、扉が開く音と、閉まる音がした。綾香が外に出て行ったようだ。それを見垢らって、健介は制服に着替える。着用していたパジャマを脱ぎ捨て、ハンガーに掛けておいた制服に手を伸ばす。
健介は跳ねまくっている自分の髪を気にしていたが、手入れもしない。彼は玄関に置いてあった通学用の鞄を手に持ち、靴を履き、外に出ようとする。
「――死生の魔眼、有効利用してよ」
そんな時に、声が聞こえた。何処からとも無く聞こえた。健介は後ろを振り返り、冷や汗を流す。健介は確信していた。昨日聞こえた声と同じだと。子供のような幼い声。健介は辺りを見回す。誰も居ない。居る筈が無い。
それから静寂が続いた。もう声は聞こえない。健介は未だ不信な表情で、家から出て行った。
パタン、と扉が閉まると同時に、「あはははは」という無気味な笑い声が響いた。
その声は何度も何度も反響していた。
外に出ると、そこは別の世界のようだった。空は非常に蒼く透き通っていて、太陽の厳しい光が降り注いでいる。とても眩しい。
綾香はそんな中、車庫の物陰に隠れていた。彼女の黒髪が風で靡いている。木々もざわめいていた。
「健介。早く行こうよー」
彼女が呼びかけてきたので、健介は返事をし、綾香の下へと向かった。コンクリートの床なので、音が良く響く。
綾香の下に健介が着くと、綾香はゆっくり歩き出した。それと同時に、健介は同じ速さで歩き出す。二人は並んで話をしながら歩いている。
しかし。そんな時にも、健介は頭の隅で考えていた。
あの数字は。あの声は。……一体何だったのだろうか――と。