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死生の魔眼  作者: 紅炎
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第十二章

「健介ー! 早く行こうよ」

 何度も聞き覚えのある、優しくて温もりのある甲高い声。それが健介の頭の中で、鮮明に蘇る。求めずにはいられない、忘れる事の出来ない存在。

 綾香は確かに死んだ。それは覆る事の無い、現実。それを認めなきゃならない。認めなきゃならない現実なんだ。だけれど……。

「行こう。健介」

 そう言って、優しく差し伸べられた時の手を、健介は忘れることは出来ない。思い出に残る、彼女の笑顔が、いつも健介の心を支えていた。

 だからこそ、そう簡単に認めることが出来ない。認められない。

 彼女が生きていて欲しいと。……心の底から、健介はいつまでも思っていた。

 いつまでも……。そして、これからもその気持ちは決して変わりはしない。


「…………!」

 健介は、微かに意識を取り戻した。

 まだ彼の視界はぼやけている。瞼がとても重く、非情に眠たい。

 そんな眠気に耐えながら、健介は必死に目を開ける。そして、健介の視界には全く予期しないものが入った。

 健介の視界の先。そこには、女の子がいた。女の子の顔が、健介の視界の先にある。髪の毛は栗色の、さらっとした鮮やかな髪。肩まで伸びたその髪の毛には、思わず見とれてしまう。そしてその髪の毛は、その女の子にとても似合っていた。彼女のつやのある綺麗な髪に、健介は思わず触れてしまいそうになる。


 そしてその子は、健介からすれば、何となく綾香に似ているような気がして仕方がなかった。

 実質、綾香とその子は全然似ていない。髪の長さも、断然綾香の方が長かった。

 だけれど。だけれど、その子と綾香との雰囲気はそっくりだった。まるで姿が違う綾香が、そこにいるような感じすらした。にこやかなその表情は、まさに彼女そっくりだった。

「……綾香……」

 そして思わず、健介はそう呟いてしまった。ヤバイ。ばれたか?

 そんな事を考えながら、健介はやっと今自分が置かれている立場について冷静に考え始めた。そして、さっきから俺の額にある温もりは何なんだろう? 

 健介はそんな疑問を抱きながら、それの正体を確かめるために、健介は自信の右手を温もりが感じられる額へと、そっと伸ばす。

 そして、温かくて柔らかいものに触れた。


「きゃぁ!」

 それと同時に、健介の目の前にいる女の子は表情を険しくした。驚き、表情が引きつった。健介はその様子を見て、自分が触れたものが何か、やっと理解することが出来た。

「わ、わわわ! ご、ごめん!」

 そう言って健介は突如起きあがる。すると女の子はまた再び、わっと小さく悲鳴を上げた。

「ご、ごめんよ。俺……君の右手を」

 そう言って健介はオロオロとした様子で話しかける。情けなさすぎるその姿。周りから見れば、笑い事同然であろう。


 けれど、彼女は違った。

 くすくすと微笑みながら、健介に優しく話しかける。思っていた反応と違うそれに、健介はただただ驚くしかなかった。

「えっと……怒ってないの?」

「……え? 何で怒る必要があるんですか?」

 彼女は本当に疑問そうな顔で、健介の顔をじっと見る。流石に健介も、彼女に見つめられるのは恥ずかしいのか、すっと健介は目を逸らした。

「だ、だってさ。俺、君の右手握っちゃっただろ? その……驚かしちゃって……」

 恐る恐る健介は彼女に問いかける。どうしよう。むっちゃまずい事、俺しちゃったよな。初対面の人に向かって、俺……。


 思わず健介はため息をつく。長く、大きいため息。その為息を聞いて、目の前にいるその娘は、くすっと再び微笑んだ。

 どうして初対面の奴に、こんなに笑えるんだ? 健介はそう思いながら、きょとんとした様子で、健介はただただ彼女を見つめた。

「良いんですよ。どうせ悪気はなかったんですよね?」

 そう言って、彼女は予想外の反応を見せる。本当に驚く事ばかりで、健介は思わず言葉を失ってしまった。しかし、そう言い切るものの、彼女の頬はほのかに朱を浮かべていた。やはり、恥ずかしかったに違いない。健介は申し訳ないと思う事しか出来なかった。

「私、咲野華綾って言います。……貴方の名前は?」

 突然の自己紹介に、健介は更に驚く。何て人なつっこいんだ? と思いながらも、彼女の性格の良さに感謝すらした。彼女が、もしも怒りっぽい性格だったなら、俺は今頃変質者、などとでも呼ばれてナースコールされてしまっているはずだ。


「……俺は……。俺は、浅野健介って言います」

 健介は改まって彼女に、華綾に自分の名前を名乗る。女の子にこんな風に自己紹介するのは、何だか初めてのような気がした。それが新鮮でたまらなかった。

 そしてこの時、健介は思い出した。彼女の名字が「咲野」だと言う事を。

「……咲野?」

 健介は思わずそう呟いてしまった。

 何故なら、彼女の名字と綾香の名字とが一致していたからだった。

 到底、今の彼には偶然だと割り切ることはできなかった。

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