プロローグ
星影一つ無い、不気味なほど黒く淀んだ夜空。そして夜とはいえ、普通では無いくらいの静寂がこの町を包み込んでいた。
夜遅いため、どの家々も明りが消え、静まり返っている。
――ある一軒家を除いては。
その一軒のみ、明りが付いていた。薄暗い光が、ある部屋のカーテンの粕かな隙間から、外へと漏れ出ている。その光が、暗闇で満ちた町では異様に目立つ。
そしてその家から、粕かに叫び声のようなものが聞こえた。耳を澄ますと聞こえるぐらいの、本当に小さな叫び声。効いた感じから察すると、どうやら男声のよう。
その家の中はその叫び声で満ちている。悲痛を訴えるようなその声は、家全体にその声が響き渡っていた。
そしてその声は二階の、光が漏れ出していたあの部屋から聞こえて来る。
薄暗い光で満ちた部屋。そんな中で、少年が床に一人蹲っていた。
「あ……熱い。……目が……熱いっ……!」
少年は蹲り、右目を片手で押さえている。熱い、熱いと何度も呟きながら叫び、もがく。
しばらくして、痛みが治まったのか、少年は黙り込んだ。額には脂汗をかき、荒く呼吸しながら立ち上がった。
「あの痛み……何だったんだ」
そう呟いた後、少年は部屋に吊るしてある鏡を見た。そして、鏡に映る自分を見て唖然とした。声が出せない。体が突然震え出す。
鏡には、不気味な色をした瞳――紫色の瞳を持つ少年の姿が映っている。彼の左目はごく普通の黒い瞳。しかしもう一方の目。右目の方は、紫の瞳。
「な……なんだよ、この目……」
「――死生の魔眼さ。気に入ってくれたかい?」
突然聞こえた自分以外の声に、少年は驚き、後ろを振り返る。しかし誰もいない。部屋にいるのは自分だけ。声のみ聞こえて来る。子供のような、幼い声。
「何だよ死生の魔眼って! 俺の右目はどうなったんだよ!」
誰も居ないのに、少年は叫ぶ。勿論返答は無い。彼の怒声だけが、部屋に反響する。
部屋に居るのは、化け物の様な紫色をした瞳を持つ自分だけ。
突然虚しく、辛くなり、少年は目を閉じた。哀しみの気持ちか、怯えた気持ちか。そんな思いだけで彼の心は満ちた。
――――死生の魔眼。それは今、彼の右目となった。