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悩める騎士の凱旋5

 


 9、



 曲線と直線が出鱈目に重なり合う城の中心部分にぽっかり空いた空間には一面の芝が敷かれている。所々地面がガラス張りになっており、そこから光の柱が立っている。中をのぞき込めば歯車やゼンマイが動いており、城の地下に複雑な機械のようなものが埋まっているのが分かる。

(中世ヨーロッパというよりファンタジーだろ!)

 俺は心の中でツッコミを入れた。


「そいっ――とうっ――どんなもんだ」


「今一つ」


「あちゃあ……」


 言われた通りやってるつもりなのだが、一向に上手くなっていないのが自分でもわかる。

(そもそも重すぎるんだよこの剣。こちとら女の体なんだぞ!)

 俺たちはバルコニーから降りてこの中庭にやってきた。

 決闘するためだ。

 俺としては食後の腹ごなし感覚なので手っ取り早く戦いたかったのだが、シュウの奴が「フェアじゃない」とはた迷惑な律義さを発揮して、俺が剣道を教わる運びになった。

(どうしてこうなった――)

 柄から刀身まで全て銀ピかな剣を杖のようにして休憩。息を整える。かれこれ十分は素振りをしていたのだ。二の腕がだるい。


「こら、剣をそんなふうに持っちゃいけない」


「う、うるせえ。教え方が悪い」


「言うに事欠いて失礼な……まったく」


 シュウは頭を抱えてため息をついたかと思えば、きびきびとした足取りで近づいてきた。


「な、なんだよ怒ったか? やるか!?」


 ヘロヘロと剣を構えて威嚇するが、シュウは眼中になし――と言わんばかりに無視して後ろに回った。


「いとも簡単に背後を……! やるなお前」


「バカ言ってないで、ほら――」


 シュウは剣を持つ俺両手を右手で包むように支え、左手を腰のあたりに当てがった。

(近いっつうの――でも、これは……)


「さっきも言ったがちゃんと覚えてくれよ? 柄を緩く握って振りかぶる――剣が前に傾き始めたら剣の重心を手のひらで感じる。そしてブランコを押すように流れに乗って握りを強くしていく。それがコツだ――分かったか?」


「よく分からん」


「一緒にやってみよう」


 シュウにエスコートされて剣を上段に構える。


「いくぞ――」


 耳元で囁きが聞こえる。

 剣が僅かに前に傾く。それに合わせて俺の手を握っているシュウの手に力がこもる。すると、ゆっくり動いていた剣が突然スピードを増した。それに合わせて俺の腰が引けそうになるが、シュウの手に押し戻される。そのせいで爪先に負荷がかかり、俺はどうにか踏みとどまる。

――ブウンッ――と、風を切る音が鳴る。


「お、おおぉ――――」


 思わず慄いていた。俺は今とんでもなく鋭い一線を繰り出してしまったのではないか。


「おい、凄いな今の。どうやったんだよ」


「説明した通りやっただけだ。僕はほとんど力を入れてない」


「ホントか? スゲーな俺ってば実は才能あったりして――な?」


 妙にうれしくなり俺ははしゃいでいた。きっと盛大に笑っていただろう。

 しかし、シュウは「あ、ああ。そうかもしれない」と歯切れが悪い。

(うむ、そろそろ仕上げに入るか)

 俺は心の中で決意する。

 俺の持論「理想の女性像は男にこそ作れる」を証明する実験――その第一弾”白鳥シュウ”の攻略は佳境に差し掛かっている。



 10、




「本当にやるのか」


「もち」


 白鳥シュウとゆえは剣を構え向かい合った。

 好戦的にほくそ笑むゆえと眉を八の字にしたシュウ――どうにも噛み合わない雰囲気だが、それはまさしく決闘の様相を呈していた。


「手加減はなしだぜ」


「真の猛者は加減を知るものだ――」


「中二病患者め。引くわ」


「……やっぱり悪口じゃないか!」


「隙ありっ――――!」


 シュウのツッコミが終わるか終わらないかの絶妙のタイミングでゆえは踏み込んだ。奇襲である。それも、習っていない下段から薙ぎ払う一線を繰り出す――二重の奇襲。

 しかし、シュウは剣を振りもせずその場から僅かに横にずれただけで躱してのけた。最初の一撃の時点で剣筋を読み切ったのだ。


「君はなんというか――子悪党だな」


「んなんだとっ! この鉄面皮」


 攻撃を躱されズッコケそうになっていたゆえはなんとか足を踏ん張り、強引に突きを放つ。偶然にも崩れた体制が幸いして、その突きは低く鋭いものとなった。

 下から抉るような避けにくい攻撃だったが、シュウは落ち着いて軌道を読み、またしても僅かに体を移動させただけで躱す。


「それは僕にとって褒め言葉だよ――っと、危ないぞ」


 それどころか、シュウは今度こそ顔から地面に突撃コースに入っていたゆえの腰に手をかける。そして体をひねり、自身の回転に巻き込む形で彼女の慣性を相殺させ転倒から救って見せたのだ。


「な、今何しやがった、おい」


 シュウは常人離れした運動能力を発揮したが、ゆえはそれに全く気付いていなかった。


「もう止めるかい?」


「まだまだあ!」


 暴走列車のごとく攻撃を仕掛けるゆえと、華麗に躱してのけるシュウの戦いはしばらく続いた。ゆえが転びそうになるのを助けたり、無理な振り方をしないよう絶妙に間合いを取っているあたり決闘と呼べるのか甚だ疑問ではあるが、それでも二人は楽しそうなのだった。



 *



 数分後――ゆえは大きな木の幹を背もたれにへたり込んでいた。


「うへぇ――気持ち悪い」


「食後に激しい運動をするからだ――ほら」


 シュウはアイテム欄から取り出したタオルをゆえに渡してやる。


「サンキュ――ああ、喉乾いたあ」


「飲み物は無いがアイスクリームならあるぞ」


「おっマジ? 見た目に似合わずスイーツとか好きなのか?」


「食後のデザートに用意しておいたんだ。君が”決闘しよう”なんて言い出すから出すタイミングを逃した」


「なるほど納得――それじゃ、早く出しなさいよ」


「君ねえ……」


 一見好意的でありながら、まったく無礼であり、遠慮がない――この時シュウは目の前の髪を短く括った少女を「野良猫みたいだな」と思った。

 きっとアイスを与えても、懐いたりせず恩を感じていながら気にせず好きかってするのだろう。容易に想像がつき、シュウは思わず笑ってしまった。


「バニラとイチゴがあるが――二つ食べるか?」


「うーん、イチゴ」


 ゆえはピンク色のアイスがこじんまりと丸く盛られた皿を受け取る。


「うまい!」


そう叫んでスプーンを高らかに突き上げるゆえを横目に見ながらシュウはその隣に座りバニラアイスを一口食べる。


「なあ、今日楽しかったか?」


 ゆえは少しトーンを落とした声で聞いた。アイスをスプーンで小突きながら崩れるアイスを眺めている。


「それは僕がする質問だと思うけど」


 シュウも自分の皿を見つめながら言う。


「いいから、答えろよ」


「――君は滅茶苦茶で振り回されてばかりだったが……そうだな、楽しかった――と思う」


「煮え切らない答えだな」


「……しかたないだろ。戸惑っているんだ、実は」


「苦手なんだろ、女が」


 シュウは一瞬大きく目を見開きゆえの方を見た。しかし、すぐに視線を外す。


「やっぱり分かってたのか……そんな気はしていた。僕が君を招待した本当の理由も分かっているのか?」


「ああ、少しでも話題が合いそうな相手を――ってとこだろ」


「正解だ――軽蔑するかい?」


「――べつに」


 シュウは空を仰ぎ見た。城の壁に狭められた星空が広がっている。


「僕は一度だけデートというやつをしたことがある。もちろんゲームではなく現実の世界でね。知っている相手だった。手紙で誘われて、悪い気はしなかったから行くことにしたんだ」


「結構なことじゃないか」


「ああ、でも――でもだ、僕は最後まで彼女と一緒に居られなかった」


 そう言ったシュウの声は何かを堪えるような辛そうな響きを伴っていた。


「――逃げたのか?」


「いざ二人で会ってみるとまったく話せなかった。午前九時に待ち合わせて、それから無言で歩き回った――そして正午になった辺りで僕は家に帰った。彼女に何も言わず、自分が辛いからというだけで……」


「…………」


「そのとき決定的に自覚した。僕は女性が苦手なんだと――滑稽だろ。騎士道だなんだと偉そうなことを言っておいて、女の子と上手く話せないというだけで逃げたんだ。僕はその程度の男なのさ」


「それじゃあ、何故このゲームを始めたんだ? これだけ好かれておいて『そんなつもりじゃなかった』ってことは無いだろ」


「自分なりに欠点をどうにかしたかった――散々迷ったが、騎士道精神には女性に優しくする――という決まりがある。さっきも言ったが、僕は小さい頃から騎士に憧れてここまで来た。今更諦められなかった。酷い話だ――自分でもわかっているが、もう後には戻れない。どうすることもできないんだ……」

 

 シュウの顔はもはや真っ青になっていた。後悔に後悔を重ね、もはや背負いきれないほどの重さになり――それでも目標で自分を誤魔化して生きてきた。そんな無理が、ここで言葉になり溢れだしていた。

 彼にとってここまで無防備に自分をさらけ出すのは初めてだった。恥も誇りも放り出した精一杯の独白なのだった。

 一方――ゆえは半分とけてしまったアイスを見つめ続けていた。ただとぼけているようにも見えるし、シュウの独白を飲み下している最中にも見える。

――そして、数秒静かな時間が流れた。

 ゆえは大きく深呼吸をしてからポツリと呟く。


「――バニラ」


「…………?」


「一口くれないか? こいつは少し酸っぱすぎる」


「……ああ分かった」


 シュウは白い塊をスプーンで掬いあげ、隣に座るゆえの方に差し出した。


「ほら」


 ゆえはそれを見て、


「おっと……」


 どこかわざとらしくそう言った。


「どうした? 早く食べないと垂れてしまう」


 シュウは首をかしげる。

 そんな彼を分かっていて、それを踏まえたうえで彼女は思いっきり白々しく言うのだった。


「――いやね、これ間接キスだなって」


「っ――――!?」


 その瞬間、シュウの顔が真っ赤に染まる。スプーンから手を放してしまい、木の幹に白いクリームが垂れる。


「す、すまん! 君が余りにも自然なもんだから――つ、つい」


 シュウは飛び上がるように立ち上がりその場から離れる。ゆえに背を向け、頼りなく立ち、落ち着きなく前髪を書き上げる。

 しかし、ゆえは無表情だった。一点を見つめているような――どこも見ていないような――よく分からない目をしている。


「つい――か……俺は友達みたいだったか? 気のしれた同性の」


「そんなことは……」


「いいんだぜ。正直に言ってみろって」


「それは――――」


 シュウの声は震えていた。子供のように自分の服を抓んだり話したりしている。口を開いて、しかし声が出ず閉じる――そんなことを何度か繰り返して、ようやく決心したように呟く。


「――それは、そうかもしれない。君とは気兼ねなく話せた……と思う。きっと君が女性らしくなくて、接しやすいから……だから」


 シュウの捻じり出すような苦し気な言葉を聞きながら、ゆえは立ち上がっていた。

 そして一歩、二歩とゆっくり彼に近づきながら、短くまとめていた髪を解く。手さぐりでピンをはずし、髪に絡まるヘアゴムに苦戦しながら――。

 やがてゆえはシュウのすぐ後ろまで近づく。光の柱が作る二人の影がぴったりと合わさるほど肉薄している。

 お互いの息遣いが聞こえる距離でゆえは彼の名前を呼ぶ。


「なあ、シュウ」


 それから、今は頼りなく見える騎士の肩にそっと手を置き、振り向かせる。

 シュウは、そこにいる女性――闇夜に映える黒髪を垂らしたゆえを見て息が止まった。

 ゆえはそんなシュウの目をまっすぐに見て――そして言うのだった。


「俺、女だぜ」


 それは、当たり前だがゆえの声であり、セリフも男口調だったが、その本質は今までと全く違うものだった。自分はあなたと根本的に違う生き物なのだ――とはっきり突き放しつつ、しかし、肩が触れ合いそうなほど接近していることを意識させるような――そんな複雑な響きを孕んでいた。

 それはまだに”女らしい”誘惑の言葉に他ならないのだった。



 11、



――きっと僕は壊れてしまったのだ。さっきから何も考えられないのだから。

 僕はゆえを見つめている。その、甘えるような”らしくない”はにかんだ笑顔から目を離せないでいる。体温が伝わってくるほど近づかれているのに、動くことを忘れてしまったように僕の体は微動だにしない。


「どう……して」


 ようやくひねり出した言葉はそんなよく分からないものだった。


「フフ、俺はシュウが女嫌いだと城につく前から確信していた。だから、わざと男らしく振る舞っていた」


 わざと――男らしく? 

 彼女が何を言っているのか理解できない。


「女に心を開けないお前を攻略するためにどうしたらいいか――考えた結果、心を開くのは後回しでいいと俺は結論を出したのさ」


 ゆえの方から甘ったるい香りが漂ってくる。それは彼女がさっき食べたイチゴアイスの残り香だと気づき意識が遠のく。


「白鳥シュウ――あんたに必要だったのは女の子がどれほどいいものなのか知ることだ。異性と話したり、遊んだりする楽しさを――一緒にいるだけで楽しいんだと、まず知るべきだったんだ」


「楽しい……?」


 僕はさっき、同じ言葉を言った。


『君は滅茶苦茶で振り回されてばかりだったが――――』


 君――? それは、ゆえのことだ。目の前にいる――


『楽しかった――』


 そう、本当に楽しかった。僕は楽しんでいたのだ。ゆえと二人で過ごした時間を。疑うまでもなく心の底から。


「ゆえ……君は――――どうして僕に近づこうとしたんだ? 遊びだったのか?」


「――俺はあんたの理想の女になりたかった。だからイベントに参加した。遊びかどうかはお前が判断してくれ――だだ、あんたをバカにしているつもりはないよ。俺なりに真剣にあんたを攻略した――それだけは信じてくれていい」


「君は――君っていう女は……」


 言葉が続かない――というより、言うべきことが無い。

 今や完全に彼女のペースであり、僕は自分自身をコントロールできない。もはや、待つしかないのだと感じていた。これから何が起きても、僕はそれに文句が言えない。

 きっとこれが彼女の言う”落とす”ということであり。僕はすでに――いや、認めたくはないが、きっと――――


「そうさ、俺は女だ。男口調で行儀が悪くて、遠慮がなくて無礼で――そして」


 ゆえの細い腕が背中に回る。

 僕はやはり抵抗できない。柔らかくて暖かい感触が全身を包む。少しクセのついた彼女の顔が首筋を撫でる。

 そして、耳元でクチュ――と濡れた音が聞こえる。暖かい息が耳にかかる。そうか、彼女の唇が動いたんだ――喋ろうとしているんだ。そう理解するのが精いっぱいだった。


「俺はあんたの理想の女だ――そうだろ?」


 その甘ったるい囁きを聞いた瞬間、僕の中で別々だった二つの物が一つにくっついた。

 いや、とっくにそれらは一つになっていたんだろう。僕はそれを認めなかった――認めたくなかった。

 そう、たったそれだけの話だったんだ。

――明日になったらメールを送ろう。そして、あの日と同じ場所で待ち合わせをしよう。あの人は来ないかもしれない。もしかしたら僕のことを忘れているかもしれない。それでも、僕は待っていよう。

 もし会うことができたなら心の底から謝って――そして、告白するんだ「あの日、僕は君が好きだったんだ」と。

 僕はようやく気づくことができた――いや、認めることができた。

 あの日僕は恋をしていたんだ。今日、この時と同じように――――


 *



 少女の頭上――何もない空間に金色の点が現れた。

 空の星々にも負けないほど光り輝くそれは、ゆっくりと、しかし着実に枝を伸ばす。散りゆく花火の残滓のごとく緩いカーブを描きながら下に下に伸びてゆく。

 枝から枝が生え、幾重にも重なったそれらは、一定の大きさになると成長をやめた。そしてガラスのように砕け散ると、金色のパーティクルを残して消えてなくなった。



 *



某月某日


 ランク九十七位、白鳥シュウを攻略したことをここに書き記す。

 我ながら見事な攻略だったと思う。初戦にしては大きすぎるほどの白星になったのではなかろうか。

 これからも精進して男を攻略していく所存である。

 さしあたっては、数日の冷却期間を置こうと思う。

 なぜなら”男に抱き着いた”という事実が俺の精神を激しく揺さぶるからである。押入れの奥にしまった異世界ノートを家族に見られたとしてもここまでショックを受けることはないだろう。

 とにかく、今の俺は正気ではないのである。

 

 最後に――これからはこんなことが無いよう、くれぐれも注意すべし。

 いや、マジで……

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