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悩める騎士の凱旋3

 5、



 街頭スピーカーから流れる曲が三回目のリピートに入ったところで、白鳥シュウはようやく姿を現した。

 まだずいぶん遠いが、二頭の黒馬に引かれた小舟のような戦車が見える。後ろに騎兵隊を従えてゆっくりとこちらに近づいてくる。

(派手だな――それにかなりの大所帯だ)

 どうせ個人のイベントだろうと高を括っていたのだが、意外にも見ごたえのあるパレードに仕上がっている。

 それを見て、ゆえは少なからず緊張していた。ゲームの中とはいえ、これは現実とほとんど変わらないのである。金切り声を上げる客たちや、白鳥シュウも本物の人なのだ。

(でも、今更辞める気はないけどな――)


「――ふう……」


 戦車との距離が徐々に詰まる。銀色の鎧に身を包んだシュウは沿道に手を振ったりせず、槍を体の前に突き立て遠くを睨んでいる。実に堂々とした佇まいであり、それはまさしく騎士の風格だった。

 ゆっくりと、ゆっくりと――車輪は転がり、二人の距離はどんどんと近くなり――そして、ついに黒馬がゆえの真ん前に到達する。

(今だ――!)

 ゆいは体をそらせ大きく息を吸い、そして、


「この……キザやろォ――――!!」


 満身の力を込めて叫ぶ。付近にいた女たちが何人かゆえの方を振り向いた。

 女もののか細い喉がヒリヒリと痛み咳き込みそうになるが、ゆえはなんとか堪えて目を見開く。すると、同じように目を見開く白鳥シュウと目が合う。

(よし! 気づいたな)

 続いて、相手からよく見えるよう、手を胸の高さまで上げて、左手で右手の手袋に手をかける。

 その間シュウはゆえの方を見ている。

 それを確認して、ゆえは手袋を大げさな動きで右手から外し、一度高く掲げてから手を放す。純白の手袋は一二度ヒラヒラとはためいてから地面に落ちた。


「――――」


「――――」


 二人はしばらく見つめあっていたが、シュウはすぐに前を向き元の姿勢に戻った。ゆえはそれでも彼の後頭部を睨み続ける。


「ちょ、ちょっと――?」


 一連の出来事を座ったまま見ていたマイラは、ゆえの大胆な行動に一瞬言葉を失っていたが、周りの視線に気づいて、我に返った。


「ねえ、ゆえ、すっごい睨まれてるよ――ねえってば!」


 服の裾を引っ張って懇願するように訴えかけるが、ゆえは目をらんらんと輝かせて一点を見つめている。


「ちょっとあんた、さっきのは何なのよ――」


 そうしている間に、ゆえを睨んでいたうちの一人――黄色いドレスの女がついに文句を言い出した。


「ひょっとしてシュウ様のアンチ? だったらタダじゃおかないわよ」


 敵意むき出しである。同じようなことを言いたげな数人の女たちも後ろに付き、ゆえたちの方へにじり寄ってくる。

 ゆえはようやく自分が言われているのだと気づいたようで女を一瞥して、


「うるさいなあ――誰だお前、黄レンジャーか? カレーでも食ってろ」


「ぷっ――――」


 突拍子のない発言にマイラは思わず吹き出してしまった。

(やば――)

 怒髪が天を衝きかけている黄色ドレスに気づき、マイラは青くなる。


「あ、あんた……今なんつった!」


「ごめんなさいね、この子変わってるの。もうしないから忘れて――ほんと、ごめんね」


 掴みかかってきそうな黄色ドレスに先手を打って、マイラは動いた。

 あくまで超然とした態度で仁王立ちしているゆえを抱きかかえるようにして、回れ右し、背後の扉を開け家の中に転がり込む。


『こら! 開けろ――この野郎、ぶっ殺してやる!!』


 マイラが抑えていなければすぐに扉は開けられてしまいそうだった。ただでさえ崩壊寸前だった木製の扉が、ミシミシと歪み始めている。


「ゆえ、早くカギ閉めて――早く!」


「カギ? そんなもの持ってないぞ」


「メニューから所有物の欄に飛んで――そこからロックできるから」


「ん、ああ――」


 ゆえは、どこかのんびりとした手つきで指を動かした。すると、マイラの視界に警告ランプが現れ、所有者権限によりこの建物は施錠されました――とメッセージが表示される。外の音が遮断され、扉はピクリとも動かなくなった。

 マイラはドアノブから手を離すと、力なくその場にしゃがみ込む。


「はあ……怖かった」


「あいつ、なんであんなに怒ってたんだ?」


「ゆえ――あなた、滅茶苦茶ね……ほんと――――ぷっ」


 ホッと一息ついたところで、マイラはなんだか可笑しくなって笑ってしまった。ゲームの中で声を出して笑ったのはいつぶりだろう――と、自分でも意外なほど本気で笑っていた。


「ど、どうした? 頭おかしくなったのか?」


「ふ、ふふ――ふう……ホント失礼なやつね。でも、いいわ――何となくゆえのことが分かってきた。嫌いじゃないわ、うん」


「…………?」


「それで、さっきのは何だったのよ、ちゃんと説明してよね。私だって、あのブルドーザーに轢かれかけたんだから」


 マイラが冗談めかして扉の方を指さすと、ゆえは一瞬キョトンとして、


「ああ、分かったよ」


 それから小さく笑った。



 6、



「さて、何から話したものか――」


 マイラは聞きたいことがいっぱいあったので助け船を出す。


「とりあえず、このキザ野郎ってのは何だったの?」


「特に意味はない。奴の注意を向けさせるために叫んだだけだ。もっとも、名前や褒め言葉みたいな周りに埋もれるセリフじゃダメだったがな」


「それでキザ野郎……」


 もっと他にあっただろうと心の中で突っ込むマイラであった。


「重要なのはそのあとさ。手袋を取って捨てる――これは決闘の合図なんだ」


「決闘?」


「そう、騎士と呼ばれていた連中が決闘を申し込むときにああやって手袋を使って合図にしていたそうだ。説明すんの面倒だから詳しいことは自分で調べてくれ。要するに白鳥シュウは中二病患者で、俺は事前に調べてそれを知っていた。だから、あいつに合わせて騎士スタイルで”招待してみやがれ”と挑発したってわけさ」


「なる……ほど」


「――なんだよ、やけに反応薄いな」


 ゆえはどこか不満げに眉間にしわを寄せて椅子にドカッと腰を下ろした。


「ゆえに考えがあって、さっきのアピールをしたのは分かったけど、でもだからって白鳥シュウが挑発に乗ってくるとは思えないんだけど――」


 そうなのだ、たしかにさっきシュウはゆえを見ていた。しかし、沿道で彼を応援していた女性は他にもたくさんいる。中には、ゆえと同じように――いや、それ以上に長い時間をかけて計画を練って準備をしていた人もいるだろう。たしかに奇をてらったパフォーマナンスの方が目立つだろうけど、白鳥シュウにしたってそういう相手を選んでしまったら不誠実な気がする。

マイラは思ったことをそのまま言ってみた。しかし――いや、まあそうだろうなとは思っていたが、ゆえは、その不敵な笑みを絶やすことはなかった。


「たしかに、普通の男だったら俺を選んだりしないだろうな。でも、白鳥シュウは、こと異性に対してはそれ程普通じゃない。頑張って応援しているファンより、俺を選ぶだろうという根拠がある」


「どうでもいいけど、ゆえの一人称は”俺”なんだね」


「――変か?」


「ううん、餌をあげても懐かなそうで似合ってるかも」


「何を言ってんのか分からん……続けるぞ」


 マイラは未だにドアの前でへたり込んでいる自分に気づいて、何となく姿勢を正した。


「細かい説明は、面倒だから省くがシュウは女の扱いがあまりうまくない。いや、下手といってもいいほどだ。あんなにモテる男がなぜそんな体たらくなのか――なんでだと思う?」


「うーん……あっ、男の子が好きとか?」


 半分ギャグのつもりで言ったのだが、ゆえはショックを受けたような顔をしてた。


「それは考えてなかった……まさか、そんなことは」


「あるかもよ――」


 マイラがふざけると、ゆえは咳払いで一蹴した。


「その仮説はとりあえず置いておく。俺が考えたのは、白鳥シュウという男は女が苦手――または興味がない。そのどっちかじゃないかってことだ。だとしたら、女の扱いが下手なのも説明がつくだろ」


「それは確かに――そうね。で、白鳥シュウがゆえを選ぶ理由にどう関係があるの?」


「女に興味がない場合、招待状を送る相手は誰でもいい。適当に決めるだろう。しかし、女が苦手な場合はどうだ? 少しでも接しやすい相手を選ぶんじゃないか? 例えば、自分と話題の合う相手とかさ」


「なるほど――それで決闘」


「まあ今の説明で分かったと思うが、実のところ招待状が送られてくる可能性は半分しかないんだがな。やつが女嫌いだった場合のみ。言い訳になっちまうが、短い時間じゃこれが精いっぱいだった」


 マイラは感心していた。ゆえは言い訳といったが、自分だったらそんなところまでたどり着けないだろう。


「ねえ、ゆえはどうしてそうまでして男を落とすの? 話を聞いた限りじゃ相手のことを好きなようには思えないけど。ひょっとして何か訳があるとか」


「それは――」


 と、そのとき――ポピンッ――と軽い音が聞こえた。

 そして、ゆえの頭上に青い光が集まり輪を形成する。


「ちょっと……これって!?」


「ああ、どうやら白鳥シュウは女嫌いだったようだな」


 輪の中から蛍光灯のようにぼんやりと光る白い封筒が落ちてくる。

 ゆえはそれを空中で器用に受け止め一瞥すると、マイラの方に見せた。


「招待状だ――俺宛のな」


 彼女は笑っていた。嬉しいは嬉しいのだろうが、それは自分の計画がうまくいったからだと言わんばかりの内に向けた怪しい笑いだった。

 一方マイラは、上手く反応できないでいた。目の前で起こったことが信じられないのだった。


「なあマイラ、あんた髪のセットとかできるよな? 悪いけど、なるべく小ざっぱりと縛ってくれないか」


 感動した様子もなく、ゆえは動き始める。


「え、ええ――髪縛ってお城に行くの? そのままの方が可愛いと思うけど」


「出来れば昔話のおばーさんみたいな、えっと――」


「お団子?」


「そうそれ! できるか?」


「女なら誰でもできるでしょ。ていうか、お団子って男ウケ悪いみたいだよ? やめといた方がいいんじゃ――」


「じゃあ頼む。礼は今度絶対するから、な?」


「……もー、分かったわよ」


 マイラはゆえの剣幕に流されて渋々とメニューバーからアイテム欄を呼び出し、髪ゴムとピンを幾つか取り出した。

 落ち着きなく空中に指を走らせ、自分の視界の中で何かを操作しているゆえを椅子に座らせ、髪のセットを開始する。


「女嫌いが証明されたわけだが――それはつまり――」


 ブツブツとひとりごちるゆえの髪をまとめながらマイラは、口惜しさを感じていた。

(ゆえはこの後お城で男と会うんだ――ちょっと嫌だな。私とは関係ないのかもしれないけど……)

 それは嫉妬なのだろう。彼女は漠然とだが、そう自覚していた。


「はい、できたよ」


「おおぉ」


 ゆえは綺麗にまとめ上げられた自分の髪を慎重に触って確かめ、感嘆の声を上げた。


「もう行くの?」


「ああ、世話になったな。ありがとう」


「…………」


 少女のらしくない感謝の言葉がマイラの寂しさに拍車をかけた。それは焦りに変わり、彼女の背中を押した。


「ね、ねえ……プロフィール交換しない? そうすればいつでも連絡取れるでしょ」


「うん? ああ、そうだな」


 ゆえは何気ない素振りで指を動かす。すると、マイラの視界に”新着メッセージあり――受け取りますか?”という、警告が表示される。

 迷わず”はい”を押して、今度は自分のプロフィールを送信する。


「よし、それじゃあ行ってくるわ」


 ゆえはサッパリとしていた。緊張もためらいもない様子で、さっさと扉の方に歩いて行く。

 マイラも後に続いて家から出る。


「頑張ってね、ゆえ。余計なお世話かもしれないけど、応援してる」


「ああ――――」


 ゆえは背を向けて歩き出す。

 あたりはすでに暗く”王城へ続く道”には街灯の作る光の輪が並んでいた。


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