The Last Vampire
過去の君へ、未来の私から手紙を送るよ。
嘘じゃないよ。本当だよ。
君は知らないだろうけど、私は吸血鬼になったの。
太陽の光を浴びると、肌がじんじんして少し赤くなるんだ。肌が弱くなっちゃったのね。日焼け止め塗ると、そんなでもないけど、気にはしてる。
吸血鬼になると、肌が弱くなるだけじゃなくて、ちよっと後ろめたいっていうかさ、オテントウサマに責められているように感じるんだ。
君は楽したくて、吸血鬼になったと思う。
スイカ頭の同級生と肩並べて学校卒業して、会社入ったり、結婚したり、病気したり、色々辛いこともありましたが、楽しい人生でありました○
っていうスフィンクスのナゾナゾ人生に背を向けたかったんだと思うんだ。
普通は退屈。でも今なら言えるよ、普通もそんなに悪くないって。
君は見当もつかないだろうけど、私は上野公園でスイカのイラストを描いて、生計を立てている。似顔絵描きますって、看板には書いてるけれど、私にとって、人間の顔はスイカにしか見えない。丸を描いて、緑で塗って、黒い縞をつけるだけの簡単なお仕事です。
吸血鬼になると、警察からカタギの仕事についてくださいねって、念を押されるよ。
約束を破ると、ヴァンパイアハンターが何かしますから。
スイカのイラストなんだけど、一枚三百円で一日五枚売れればいい方。商売になってないよね。お客さんも怒りだしたりして、やってられないよ。
あ、今笑ったな。笑うところじゃないよ。今の私は、未来の君の姿なんだから。
さて、何で私が生きていられるかというとね。リピーターのお客さんのおかげなんだ。
彼は白いシャツにいつも細いパンツを履いていた。
私は、肌が弱いから夕方になってから上野公園に出向き、木陰に椅子を置いて客を待つ。夏真っ盛りで肌に汗が滲み、蚊を招き寄せる。吸いてえのは、コッチの方だ、畜生。
東京事変のキラーチューンを聞きながら、私にとっての一生ものが、このお絵描きなのかと苦悶していた。
そんな時に彼がやってきた。ミュージカル俳優のような軽い動きで。
「一枚お願いします」
私はいつも通りの画伯のような態度で、スイカを色鉛筆で絵描き、三十秒で仕事を終えた。スイカは色紙一杯元気一杯だった。
彼は驚いた様子でスイカの絵を受け取り、代金を支払う。
その日の客は彼だけだった。
ルームシェアをしているユンちゃんに、私の描くスイカの大きさは、男のナニに比例していると指摘されたことがある。 馬鹿げだ話と一蹴した。
次の日の夕方、彼はまた私の前を通りがかった。どうやら当初、似顔絵を描いてもらいにきたわけではなさそうだった。目の前を一度通過して、戻ってきた。
「俺って、スイカに似てますかね」
思い詰めた様子だ。いるんだよなあ、こういう深刻に捉えちゃう客。以前にも、私はこんな歪な円をしていないとか言いがかりをつけられたのだ。
「スイカは個性ですから」
私は客の額をスイカを判別するように、叩いた。法隆寺の鐘が鳴る時のような良い響きが私の手を伝わった。
異次元に吸い込まれるスイカの絵を、一枚渡した。ダリに影響を受けている。
次の日もめげずに彼はやって来て、私の描くスイカを楽しげに眺めている。
「フランスの田舎のスイカって感じですね、俺」
彼は美容師をしていて、専門学校を出たばかりだそう。
代金の他にアンパンをもらった。甘いもの好きじゃないけどね。
「蚊とか辛くないですか?」
「どっちかって言ったら、スイカを描く方が辛いですね」
彼は私の言ったことが心底信じられないでいるようだった。好きなことを仕事にしていると思われたんだろう。
「私ね、吸血鬼なの。でもそれだけじゃ食べていけないから、嫌々スイカを描くんです」
彼は納得したようだった。ついでに自分がフランス田舎のスイカであることも受け入れたらしい。
それからも彼は頻繁に、公園にやって来ては私にスイカをねだった。
「スミレさんが描くスイカで、俺の成長度合いが分かる気がします」
「それはどうも、へへ……」
初めて私の描くスイカが感謝された。
彼は、青々とした大玉のスイカをぶら下げていた。まるで私に見せつけるみたいに。
「俺の家、この近くなんですけど、一緒にどうですか? 一人じゃ食べ切れなくて」
スイカが二つに増えただけだ。私にはどうでもよく感じる。
折悪くユンちゃんが、夜勤でいない日だった。吸血鬼も寂しくなる夜がある。
彼は羊歯茂るアパートの住民だった。私は床と壁があれば、建物の構造にこだわらない。バスルームと、トイレ。トイレットペーパーがきれいに折りたたまれ、とりだしやすくなっていた。部屋もきちんと整頓がされ、オサレな洋楽のCDとか、写真集が棚に置いてある。首だけのマネキンと目が合う。青い目の女の子。
スイカを等分し、二人でシャリシャリと音を鳴らして食べる。彼は自分の部屋なのにどこか落ち着かない。いきなり立って、窓を開けたり閉めたりしている。
「スミレさん、髪重たくないですか?」
私の髪は、背中に届きかけだった。不精は吸血鬼の特権なのだ。
何故か意を決したように彼が言う。
「俺、切りたいっす」
私の解体ショーが始まりました。私の髪は、嗚呼無常、床に零れてはらはら散りました。
ボブにされて、いささか体の重心が狂う。
「人を実験台にするなよー、スイカみたいな頭になったじゃん」
彼ははにかみながら、部屋の掃除をする。
ふと私はスイカが食べたくて、たまらなくなった。彼が屈んだ隙を見計らい、首筋に歯を立てた。肉裂けろと念じながら。
彼はひっくり返える。驚きを通り越して、恐怖を感じたようだ。首筋を押さえて痛い痛いと、泣きわめいた。
私は血のついた唇を舐める。プロヴァンスの味がした。
吸血鬼だよって散々忠告しておいたのに、そのリアクションはないよ。私の方が憤慨したと思う。
非難めいた泣きごえを上げる彼。その思いに寄り添えない私に、ここにいる資格はなかった。
明くる日、私は上野公園で商売したけど、彼は来なかった。当然だ。当然の報いなんだ。
上野にいるのも飽きて、品川当たりに流れた。どこでだってスイカは描けるから。
「もしかして、スイカ屋さんですか」
高架下で、女子大生さんにスイカを描いたら、身に覚えのない屋号で呼ばれる。スイカ屋って何だろう。
「ツイッターで見ました。可愛いスイカのイラスト描く人がいるって。私これから面接なんですけど、これがあれば頑張れそうです」
くたばれ、IT社会。どこぞの阿保が宣伝垂れやがって、いい迷惑だ。
拝啓過去の私へ。
君もスイカを描きたくなって、吸血鬼にならないでね。




