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『カラス』

作者: 辛太郎

「君は奇跡を信じるかい?」



 三百六十五日を数セットと、十日連続で日曜日を謳歌している俺にカラスが話しかけてきた。

 つるつるとした艶やかな羽が、街灯の光を反射している。


「いや、カラスが人語を話すなよ」

「冷たいことを言うな。私はゴミを漁らないし人間を睨んだり、無論襲ったりもしない、まさに人畜無害の象徴だと自負している。他の同類のような、節操なし共とは違う」  


 そういうことじゃねえよ。


「人の家に無断で入っておいて、よく人畜無害とか言ってられるな。ここは俺の家で、俺の庭だ」

「それは違うな。たしかに君はここに住んでいるかもしれないが、ここは君の家でもないし庭でもない。全て君のご主人のものだ。その脛はさぞかし美味なことだろう」

「さっきから微妙に論点をズラそうとしてんじゃねえよ。それにご主人なんてたいそうなもんじゃねえ、ただの親だ」

「君にとってはそうかもしれない。だが私にはそうは見えない。君は弱肉強食という、生きているうちには逃れられないヒエラルキーでの頂点に位置する種族でありながら、同族に飼われているように見える」


「じゃあなんだ、お前はライオンの子供が親ライオンに守ってもらっているのを見ても、それが飼われてるようになんて見えるのか。馬鹿馬鹿しい」

「子ライオンが親に守られているのは、ある程度狩りができるようになるまでだ。大人になれば、群れを離れる。だが君は違う。君はとっくに自立しているはずの人間だ。論点をズラしているのは、はたしてどちらかな」


 カッカッカァ、とカラスが鳴く。笑ってるつもりか?耳障りだ。食っちまおうか。


「私は人間になりたい。かつて、私のように人語を理解し、こうして人とコミュニケーションを取ることのできる動物がいただろうか。いないだろう。何も、人間の体が欲しいと言っているわけではない。名前に人権……学校や、職についたり、つまり普通の人間がしていることをしてみたいのだ。自分で働き、そうして稼いだお金で恋人にプレゼントをし、レストランで食事をしてみたい。何も高級でなくともいい。ほんの少し、幸せというのを感じてみたい。カラスの世界には幸せと呼べるものは何もない。『美味そうなゴミを見つけたときは幸せだろ』だって?冗談じゃない、そんなのはただの本能でしかない。私は人間が感じるものを感じたいのだ」


「それで、その人間になりたいカラスがどうして俺の前に現れたんだ」

「ここ数日、君のことを観察していた。君は所謂『ニート』というやつだろう。社会に打ち解けられず、歯車から弾かれ、何の努力もせず、ただただ今という時間を浪費するだけの機械だ。生きる意味なんてないだろう。君の人権を、私に譲ってくれないか」

「嫌だね」

「なぜだ」


「俺が人間だからだ。お前みたいな汚らわしい動物になんか、大金積まれたって成り下がるもんか」

「そうか。それなら仕方がない、他をあたってみるとしよう。時間を取らせてすまなかったね。もっとも、君にはそれこそ死ぬほどあるだろうが。さらばだ」


 そう言うと、白いカラスは姿を消した。




「やあ」


 また、喋るカラスがやってきた。


「夕焼けだぞ。カァカァ鳴いてさっさと帰れよ」

「まあ聞いてくれよ。見つけたんだ、私に人権を譲ってくれるという人を。その人は事業家で成功していて、欲しいものは何でも手に入るようになったため、生活に刺激が欲しいというんだ。そこに私のような奇っ怪なものが現れたのだから、さぞかし喜んでいたよ。人権なんぞいくらでもくれてやるってね。その代わりに、私のカラス権が欲しいのだと。もっともそんな権利は存在しないが、人権だって元より勝手に作られたものだ。もしやすると、権利というものに大した意味はないのかもしれないな。


 明日の昼、彼の家で私の人権授与式をやるんだ。よかったら君も来ないか。この道を真っ直ぐ行くと坂がある。その手前を右に曲がって、パチンコ屋の角を左、そしたら大きな豪邸が見えてくるはずだ。美味いものも出るらしい。君は私が初めて会話をした人間だ。きっと来いよ、待ってるからな。さらばだ」


そう言うと、赤いカラスは姿を消した。








 翌日、昼前に家を出てしばらくすると、黒いカラスがいた。


 黒いカラスは地面にへばりついていて、何も話すことはなかった。

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