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Maguna Fool Story〜シークレット・メモリーズ〜

魔導士 リンゴ

作者: 泡雪 める

 ザッ、ザザーッ、どさっ

 本が高く積まれた狭い部屋で本が崩れた。

「ふわぁ〜。」

 崩れた本の山から赤毛の少女が顔を出した。本の中から必死に這い出してきた割には気の抜けた声を出す。リンゴ、6歳。手には少し分厚い草花に関する図鑑が握られていた。

「急に崩れてきた〜。こんな時魔法が使えたら本を片付けるのも楽なのに〜。」

 ほわわ〜んとリンゴは言う。リンゴのいる村は小さく、図書館などはない。ここにある本の山は薬師をやっている母の蔵書だ。もともと、きれいに本棚にしまってあったはずが、リンゴによって引っ張りだされ、足場も無くなってしまっている。母に出した本は片付けなさいと言われるのだが、本に夢中になり読み続けて気がついたら山になっているのだ。

「うーん、そろそろ片付けなきゃ。」

 そう言って、渋々と近くの本から棚に戻していく。本を読むのは好きだが、片付けは嫌いだ。

 少し前まではグリコとよく外で遊んでいたのだが、母に文字の読み方を教わってからはこうして本を読んでいることが多くなった。母の蔵書も30冊くらい読んだだろうか。最近のお気に入りは植物図鑑だ。薬草を多く扱う母は植物図鑑をとてもたくさん持っている。身近な植物が薬草だったりするととてもワクワクするのだ。

「あれ〜?なんだろこれ。」

 リンゴが手に取った本は質素な表紙でタイトルがなく、皮ベルトで開かないように固定されていた。

 固定されているということは開けてはいけないものなのだろうか。しかし、開けてはいけないと言われると開けてみたくなるものである。リンゴは片付けを中断してベルトを解き始めた。

「開いた…!」

「リンゴー!そろそろ片付けて出ておいでー!隣町に出かけるよー!」

 中を読もうとした瞬間、母の元気な声が聞こえる。そう言えば、朝、隣町に行くからついておいでって言われてたなぁとリンゴは思い出す。手に取った本は懐にしまいこみ、残りの本をせっせと片付け始めた。



 隣町では基本的に訪問診察となる。母が診察・治療している間、リンゴも少しだけ手伝いをしている。かごから薬草を取り出したり、母の荷物を持っていたりと簡単なお仕事だ。しかし、母の患者さんに"まだ小さいのに偉いね〜"と頭を撫でてもらえるので楽しい仕事でもある。

「リンゴちゃん、今日もありがとね〜。」

 そう言われて最後の一軒から出たとき、リンゴの手には大抵おかしが握られている。今日は不眠症で悩んでいる男性の奥さんが作ったというラスクをもらった。

「ありがとうございます!お大事に!」

 とリンゴは頭を下げる。大工の父についていかず、母について隣町まで来るのはこのためかもしれない。

 診察が全て終わった後、母は薬や医療道具を買いに道具屋へ赴く。いつも30分くらいかかるので、この間、リンゴは近くの噴水広場で本を読んでいるのだ。今日の本は出かける前に見つけたタイトルのない本だ。

「わぁ、やっと読める〜。」

 とリンゴは本を取り出す。1ページ、また1ページと読み始め、わかったことがある。

「魔法の本だ。」

 本の内容は魔法の発動の仕方や仕組みについて書かれたものだった。メモのようだが、母の字でも父の字でもないようだ。

「私でもできるかな…。」

 リンゴは書いてある内容をよく読み、噴水の水に手を当てた。

「"ボルテックス"」

 呪文を呟くとリンゴの手を中心に水が小さく渦を巻く。リンゴはワクワクと心を躍らせた。この本は本当に魔法のことを書いているんだ。

 もっとやってみようと思ったリンゴはページをめくる。難しい単語が並んでいるが、羽の生えた人のような絵が横に描かれている。

「"インウォカーティオー ディアボルス ウェントゥス"?」

 発音した途端、リンゴを中心に魔法陣が光りだす。―??何が起きたの~?―

 声を出したつもりだったが、周りの人には聞こえていないようだ。それどころか、突如現れた魔法陣に驚く様子もなく、リンゴの姿も見えていないのではないかと思われる。

「召喚魔法とは何百年ぶりだろうか。我を呼び出したのはそなたか?」

 ゆらりゆらりと大きな影が現れる。よく焼けた褐色の肌、少し長い黒髪、少し細長く怪しい光を帯びた瞳の男性の姿だった。若い村娘や町娘が見たら一瞬で恋に落ちるのではないかと思う。しかし、大きく黒い羽、宙に浮きあぐらをかくその姿は普通の人ではないことを示していた。

「……だれ~?」

 やっと声を出せた。リンゴはほわ~んとした顔で首をひねる。

「何とも緊張感のない…。って子どもじゃねぇか!?えっ、お嬢ちゃんが呼び出したの?えっ?」

 怪しい雰囲気が崩れ落ち、驚きと困惑を顔に出しながらリンゴを見つめる。

「お兄ちゃん、だ~れ?」

 そんな男の様子に警戒心もなくリンゴは尋ねる。ひとまず自己紹介タイム。

「えーっと、俺は…じゃなくて。我はオルビス・ウェルテクス。ディアボルス・ウェントゥス(風の悪魔)とも呼ばれている。そなたの願いは…。」

「そーうなんだ。私はリンゴ。オルビス、よろしくね!」

 オルビスが最後まで言い終わる前にリンゴがあいさつする。

「よろしく、リンゴちゃん。…じゃなくて、最後まで聞けよ!」

 流れであいさつを返してしまったが、いまさら悪魔らしい雰囲気を醸し出すのは無理があるようだ。オルビスはため息をひとつつき、話を始めた。

「仕事の時は悪魔らしくって父ちゃんに言われてたんだがなぁ。まぁ、いいや。リンゴちゃん、なんで俺を呼び出したの?」

 優しい口調で尋ねるオルビスにリンゴは答える。

「本に書いてあった言葉読んだら、こうなった。」

 リンゴの出した本を手に取り、オルビスの目が点になる。おいおい、言葉読んだからって魔法になるかよ…。

「どーしたのー?」

 なぜ驚くのかわからないといった顔をするリンゴにオルビスは言葉を選びながら説明をする。

「あのね、普通、魔法ってのは魔力とか精神力とか心の力を使って発動するものなの。だから意味も分からず言葉を声にしただけじゃ何も起きないの。わかる?」

 リンゴは必死に意味を理解しながら言う。

「わかんない。」

 ……………。

「あー、つまり、リンゴちゃんは魔法の才能があるよ、すごいねってことだよ。」

 オルビスは棒読みでほめることにして説明をあきらめた。リンゴはほめられたことは理解し、無邪気な笑顔でありがとうと言う。

「しかし、何も契約せずに帰るわけにいかないんだよな…。どうしよう…。」

 頭を抱えて悩んでいるオルビスを見て、リンゴはケイヤクってなに?と聞いた。オルビスは面倒いなって顔しながら約束することだよと羽を揺らして言った。それなら…

「それなら、私ね、大きくなったらもう一度オルビスに会いに行くよ!約束ね!」

 満面の笑みで指切りの指を出すリンゴ。虚を突かれて開いた口がふさがらないオルビス。リンゴは約束ねともう一度言った。

「わかった。じゃあ、それまでにリンゴちゃんはしっかり魔法の勉強して魔導士になるんだよ。」

 魔導士?とリンゴは聞き返す。

「魔導士ってのは魔法を導く人なんだ。魔法使いじゃなくて、魔法の力を導いてくれる人。なれるかな?」

 オルビスは優しい声で聞く。ちょっとまだわからないという顔をしてリンゴは、

「わかった。マドウシになる!」

 元気良くうなずき答えた。

「魔導士になってもう一度俺に会いに来てくれたとき、本当の契約をしよう。約束だ。」



 その後は何があったのだろう。噴水広場で眠っていたのを母が背負って帰ってくれたらしい。9年たった今では夢だったんじゃないかと思ってしまう。しかしタイトルのない本に挟まれた一枚の黒い羽は押し花のようにしおりにして大切に持ち歩いている。あの時の約束の証として。

 オルビス、約束ちゃんと守ってるよ。会えたらまたたくさんお話ししようね。

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