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第八話

15

シゲの班は女子が年長のため班長を務めることになった。口ばかりで手の動かない典型的な貴族女子であった。


「あんた、貴族じゃないんだから、汚れ仕事やりなさいよ!!」


「そうよ、野菜とか魚とか!」


 二人の赤鉢巻の女子はシゲに命令した。こうした時、平民というのはどうにもならない、シゲは従うことにした。


「じゃあ、野菜を洗いますね。魚はどうしますか?」


「……」二人の女子は沈黙した。


「……」黄鉢巻の生徒も沈黙している。


 シゲはため息をついて仕事に取り掛かった。親方の手伝いをしているので料理の下準備は問題ない。大根、ニンジン、サトイモ、ゴボウ、小松菜を選ぶと根菜についた泥を水で洗った。


「どうします、洗いましたけど?」


「………」


3人とも再び沈黙した。


「じゃあ、きんぴらにでもしますか?」


「ソ、ソ、それでいいわ。味付けは私できるから!」


できそうには思えないがシゲは任せることにした。


 隣をふと見るとサモンが同じく野菜を洗っていた、シゲの様子を見ながらチラチラ視線を送ってくる。


「おい、シゲ。ノノさんに皮を剥けって言われてるんだけど、どうするんだ?」


「包丁で普通に剥けば……」


「普通ってなんだ?」


「えっ……」


「包丁使ったことねぇぞ」


「……」


シゲは沈黙した。


                          *


 この後、サモンが悪戦苦闘している姿を見てノノが助け舟を出した。


「こうして剥くんだ、かしてみろ」


 貴族の女子がノノに注目した。高級貴族の娘が包丁を扱えるとは思えない、中には小ばかにした目で見る女子もいた。


 だが……なんと彼女は難なく皮をむいていく。料理人のような器用さはないが中途半端な使用人よりもはるかにうまい。


 サモンはノノの皮をむく姿を真近で見てキトキトになっている。『心ここに非ず』と言ってよいだろう。アカシとモリタもノノの姿を見て舌を巻いていた。


                     *

 

 シゲの班は献立を鱒の塩焼き、野菜の煮物、ゴボウと人参のきんぴらにした。たいして難しい品ではないが、きちんとした処理をしないと料理としては成り立たない。ゴボウは笹がきにして水にさらさないとあく抜きができないし、鱒は焼く前に塩を振って15分ほどおかないと臭みがぬけない。


 シゲはこうしたことを親方から教えられていたので他の班よりも時間がかかった。だが、下処理を知らない貴族の生徒にとってシゲの作業は手間取っているように見えた。


「貸しなさい、あんた。遅いのよ。 後はあたしがやるから!」


 赤鉢巻の女子はひったくるように食材を奪うと中途半端な処理しかしていないゴボウを熱した鍋の中に入れた。


「あっ、油をひかないと」


「うるさい、大丈夫なの!!」


 アクの抜けてないゴボウがどんどん焦げていく、鍋を火から離せばいいのだがそのあたりの知識がない。


『おわった…』


シゲはもう何も言わないことにした。



 一方、ノノの班は小松菜、大根、ニンジン、さと芋を使ったけんちん汁、鱒の照り焼き、白菜の浅漬けを献立としていた。大根、ニンジンをごま油で炒めコクをだし、そこにカツオ節と昆布からとった出汁をいれた。隣で作っているシゲの班にうまそうなにおいが漂ってくる。


『ああ、うちの班とは……全然ちがう……サモンさんいいなあ』


 モリタにいいところを見せようとした赤鉢巻の女生徒は混沌としたモノを作っていく。三枚におろしたマスの切り身もすでに原型を留めていない。間違いなく残飯になる、シゲは食材に申し訳ないと思った。



16

それから間もなくして……


「では各班、出来上がったものを膳の上へ」


アカシが声をかけた。


 8つある班はそれぞれ自分たちの作ったものを並べた。形になっているのはわずか2班、残りの6班は問題外であった。


「ではモリタ味見を」


 モリタはギョッとした表情を見せた。明らかに『俺に味見をさせるんじゃねぇ』という意図が見えていた。アカシにはニヤリとすると道を開けた。


 モリタは味見をしながら採点した。料理と呼べるものはほとんどなく、味見ではなく毒見となっていた。


『厳しいな……この課題、やるんじゃなかったな…』


女子生徒は熱い視線を送ってくる。だがあまりのひどさに世辞も出なかった。


モリタがシゲ班の前に来た。


『これも酷いな…』


 モリタは女子生徒が味付けした黒い物体きんぴらに手を付けた。炭の味と火の通っていないゴボウの風味が味覚を襲った。目をつぶって飲み込んだが苦痛以外の何物でもなかった。


『他のはどうだろうか…』


 鱒の塩焼きは下処理が中途半端なため生臭さが抜けず、野菜の煮物は見栄えこそいいものの味付けがあまりに濃く3品すべて不合格の出来栄えであった。


『無理だ…これ』


アカシは味見に悪戦苦闘するモリタを見てニヤニヤしていた。



 ほかの班も似たり寄ったりで味が薄かったり、火が通っていなかったりと散々であった。まともな料理は一品となかった。

 

 モリタはノノとサモンの班の前に来た。膳には素朴な野菜汁と鱒の照り焼きそして白菜のあさ漬けが載っていた。


『見栄えはいいなあ…』


モリタは恐る恐る白菜に箸を出す。


『あっ、食える、食えるぞ!!!!』


今までが酷かったこともあり普通の品でも感涙にむせびそうになった。


『これはどうだ』


 鱒の照り焼きに手を伸ばす。塩を振って余計な水分と臭みを取っていので食べやすい。さらに照り焼きのたれにしょうが汁を絞っているため嫌みのないアクセントがついている。


『この班、たいしたものだ』


審査中のため声こそ出さなかったがモリタは感心していた。



 モリタは最後の班のところに進んだ。この班はノノの班と同様、まともに見える料理を膳の上に載せいていた。新じゃがの炒め煮、小松菜と人参の炒め物、鱒のから揚げの三品である。


『大丈夫かな…見栄えだけじゃないのか…』


モリタは恐る恐る箸をつけた。


だが口に入れた瞬間、電撃が走った。


『…食えるぞ…というか、うまいぞ!』


モリタの目が輝いた。


 淡白な小松菜をごま油で炒めコクを出した一品は素朴ながら飽きない味だった。モリタは次の品に箸を伸ばした。


「これうまいな!」


 思わず声が出た、新じゃがの炒め煮である。新じゃがを素揚げした後、甘辛い醤油ダレでからめた品である。タレの中に刻んだ唐辛子が入っていて味を引き締めていた。


『この一品はすごいな…』


モリタは次の品に移った。鱒のから揚げは三枚におろした身だけでなく中骨も揚げてあった。塩加減がちょうどよく酒の進む味であった。


『これは、芋焼酎とあうだろうな…』


 低温でゆっくりと火を入れ、最後に高温にしてカラリとさせる。貴族の子弟ができる芸当ではなかった。この班で料理を作っていたのは3人組に虐められていた白鉢巻の生徒であった。


「うん、なかなかの出来だ」


モリタは純粋に驚いていた。


                         *


3つの課題を終えて生徒たちは講堂に戻った。


「ええ、諸君、討伐隊の指揮のもと町の見廻りに参加してもらうのは25名だ。今から名を読みあげる。」


 アカシが名前を読み上げた。シゲは第二課題の学力試験に問題があるため呼ばれないと思っていたが……程なく呼ばれた。


『えっ、俺、はいってんの……』


 そのあと、続々と名が呼ばれていく。サモンもノノも呼ばれていた。白鉢巻の生徒も呼ばれていた、名前はヨイチというらしい。ヨイチを虐めていた3人は見事に全員選考から漏れた。


「班の構成はサヨ師範と相談して後日決める。決まり次第、見回りの日程を伝える。以上だ。」


その時である、一人の生徒が手を挙げた。


「選考基準を教えてください。納得がいきません!!」


声を上げたのは学業、持久走でも上位になった生徒である。


「調理に関して問題があるのは認めますが、それを指し引いてもこの結果はおかしいです。」


 文句を言った生徒の言動は他の生徒にとっても気になるところであった。ほとんどの班は調理に失敗している、だが失敗した班からも合格者は出ている。


「名を呼ばれた人間よりも成績は良いはずです。なぜ故、選ばれないのか教えていただきとうございます。」


この発言をしたのはシゲを指図して使った赤鉢巻の女生徒である。


「それもそうだな」


アカシはおもむろに口を開いた。


「選考に関して我々が重きを置いたのは学業や持久走の結果ではない。」


生徒たちが驚いた表情を見せた。


「調理の結果も眼中にはない。」


女子生徒の一人が抗議の声を上げた。


「では、この試験は茶番ではないですか!!」


「最後まで聞きなさい!!」


アカシは続けた。


「我々が見ていたのは協調性だ、妖魔と対峙すれば命懸けで対応せねばならない。身分の差や階級を気にするようではいざとなった時に命を落とす。今回の試験ではその点を留意していた。」


まさかの言葉に生徒たちは嘆息を漏らした。


「各々の能力を認識し、それぞれに応じた役割を果たせるかどうか、この点は班で動くときに重要になる。我々は協力できるか否かを見ていたんだよ。」


 シゲを顎で使っていた赤鉢巻の女生徒は何とも言えない表情を見せた。自分が選ばれなかった理由を悟ったようだ。


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