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第六話

11

妖魔の遺体が運ばれた研究所は『大学校』の中にある。大学校とは学舎を卒業した生徒が進む高等専門機関であり、都だけではなく各地の優秀な人材が集まる知力の核であった。


 アカシは遺体のことを大学校の研究員にたずねた。すでに目視での検分は終わっていると知らされていたためだ。


「この前の娼婦の遺体と明らかに違いますね。」


 若い研究員の男がアカシに話しかけた。研究員の男は長い髪を束ねて後ろに流していた。いかにもインテリといった感じの青年で武人のアカシとは対照的であった。


「女郎の遺体は内臓と脳が食われていましたが、この遺体は……骨の一部と皮以外はすべてありませんね、体液ものこっていません。」


「別の妖魔の仕業と考えていいのか?」


「ええ、そう思います。」


研究員の男はさらりと言った。


アカシは自分の悪い想定が研究員の意見と合致したことに危惧を抱いた。


「もう少し調べないとわからないこともありますが、今のところは」


「妖魔の残した残滓は見つからないのか?」


 残滓とは妖魔の残り香のようなものだが大学校の精密機器なら感知できるとアカシは考えていた。


「やってみましたけど……特定できるだけのものは……」


 研究員の顔は見つかっていないことを仄めかしていた。アカシは礼を言うと研究員と別れた。


 漠然としたものであったがアカシは研究員の態度に何か引っかかるものを感じた。


『あいつ……何か隠してないか……それとも俺の気のせいか…』


                        *


 アカシは研究所を後にすると妖魔討伐隊の詰所に戻った。詰所には人足が数名いるだけで他の隊員は出払っていた。


「モリタはどこに行ったんだ?」


「学舎だと思います。」


若い人足が答えた。


「そうか」


 アカシはそう言うと自分の机に向かった。モリタはまだ事件が起こっていることを知らないはずだ。アカシは机から緑色の符を出すと、さっきの事件の概要を簡略して記した。


 おもむろに立ち上がるとアカシは符を持って外にでた。何やら口の中で文言を唱えると緑符はその色をどんどんと失い、なんら変哲のない半紙へと変わった。


「これでモリタもわかるだろう」


アカシはそうひとりごちると再び捜索に向かった。


                         *

 

 モリタはサヨ師範と学舎で話し込んでいた。使えそうな学生を選んでもらい捜査に協力してもらうためだ。一方、サヨは断るかどうか思案していた。


「すいません、サヨ師範」


 モリタは話の腰を折ると懐から緑符を取り出した。緑符の色が変わり文字が浮かんだ。アカシの記した概要がモリタの緑符にくっきりと浮かんだ。


「どうした、モリタ?」


「アカシからの連絡です。また一人、犠牲者が……研究所で確認したところ妖魔の仕業と判明したようです。」


 サヨは目を細めた。妖魔が都で闊歩すれば、民の間に不安が広がるのは目に見えている。不安から恐怖へ、恐怖から絶望へ、人の心の移ろいから生じる負の連鎖は時に思わぬ事態を招く。守備隊が減っている現状でそうなれば治安の悪化は否めない。


「やむを得ん、生徒の協力を許可する。ただし戦闘は避けてもらう、それでいいか?」


「お願いします。」



12

ヨヘイは工房に入り、槍の研磨にかかっていた。気迫あるその様は近寄りがたくシゲは話しかけるのをあきらめた。


『失敗した…聞いておけばよかった。』


学舎に持っていく武器をどれにするか親方に尋ねるのをすっかり忘れていたのである。


『持っていかないとサヨ師範にブン投げられるだろうし……』


 とりあえず投げられるのは嫌である。シゲは神棚の隣にある朱色のさやに入った短刀が目に入った。


『あれでいいだろ、飾り物だろうし。』


この考えが後に大きな展開をうむが今のシゲには見当もつかなかった。


                         *


 翌日、学舎に向かうとシゲは講堂に行くように指示された。シゲはほかの生徒に交じり講堂にむかったが、いつもの集会と違う雰囲気に首をかしげた。


『なんかいつもよりざわついているな……』


シゲがそう思っている鎧を身に着けた侍と学長が壇上に上がった。


「諸君、本日は知らせがある。こちらは妖魔討伐隊のアカシ隊員とモリタ隊員だ。」


説明したのは学長である。


「具体的な内容はモリタ隊員から説明していただく。」


 モリタはすらりとした体躯と涼しげな瞳をしていた。立ち振る舞いは役者のようで武人には見えない。壇上に立つと女生徒の間からざわめきが生じた。


「紹介に預かりましたモリタです。実は皆さんにお願いがありまして馳せ参じました。」


全校の注目がモリタに集まった。


「妖魔討伐に当たり守備隊の一部が現在、都を離れております。2週間程度と思いますがそれまでの間、諸君たちに我々の手伝いをして頂きたい。」


モリタは話を続けた。


「諸君も知ってのとおり街やその近辺で妖魔が現れることはほぼありません。しかしながら守備隊がいない現在、警備は手薄になっています。」


生徒の一人が手を挙げた。


「具体的に何をするのでしょうか?」


「いい質問ですね、諸君たちの中から適性のある生徒に町を巡回してもらいます。人の活動が活発になるだけで妖魔の動きを牽制することができます。」


「それは危険が伴うのですか?」


質問したのは学舎で一番成績のいいゲンタクという生徒である。


「危険が伴う事態はこちらで対応する、君たちは妖魔が近隣にいるかどうかを見廻りで確認してくれればよい。」


「見廻りとはどうやるのですか?」


「いい質問だ!」


そう言うとモリタはアカシに変わった。アカシは懐から白色の石を取り出した。


「この石は諸君たちも授業で習ったことがあると思う。魔晶石だ、白色の魔晶石は妖魔特有の波動を感じて共鳴する特徴がある。換言すればこの石を持って巡回すれば、妖魔がいた場合、自然と石が教えてくれる。」


 魔晶石というのは数多くあるが、その中でも原色の石には特徴がある。シゲはまだ全部暗記していないがこの特徴を覚えておかねばならない。ヤミカジとしても重要な知識である。


「この石が反応する場所や何かを見つけた場合はすぐに我々に知らせてほしい。諸君たちにはこれも貸与したいと考えている。」


男子の中で妖魔討伐隊を目指す生徒が「おおっ」と声を上げた。


「知っている者もいるかもしれないが、この緑符は持っている人間すべてに簡易情報を瞬時に届けることができる。大変貴重なものだ。」


「そんなものを僕らが持たせてもらっていいのですか?」


「そうだ、守備隊が帰るまでの期間、特別だと思ってくれ。」


アカシは説明を続けた。


「今日の放課後、興味があるものは講堂に集まってほしい、女子生徒も遠慮せず参加してくれ、私からは以上だ。」


 アカシがそう言うと再び学長が壇上に上がった。すでに生徒は放課後の活動のことを囁き合っている。


「諸君、静かにしたまえ……では続いてサヨ師範から連絡がある。」


サヨ師範は壇上におしとやかに上がった、そして一言



「黙れ、 貴様ら、誰が私語をしていいと言った!!!」



 一瞬にして講堂の空気は氷に包まれた、サヨの後ろに立っていたモリタとアカシは驚いて卒倒している。


「よいか、下等な妖魔とはいえ侮れんぞ。仮に平民に犠牲者が出ればその噂は瞬く

間に広がり不穏な状況が訪れる。民の心が乱れれば、貴族の政治もうまくいかなくなる。結局は我々に負の部分が覆いかぶさってくるのだ。」


サヨはかつて辛酸をなめた経験をおもい出していた。


「今の段階ならさほどの問題もないだろう。だが、心してかからねば己の身を危険にさらすことになるぞ!!」


 サヨはそう言うと生徒たちを睨み付け壇上を降りた。武道の授業でさえ見せたことのない圧倒的な威圧感は生徒に恐怖感を与えていた。


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