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第五話

役人たちの間に生じていたのは明らかな焦りと恐怖であった。


「また、ですかね…」


「ああ、まずいかもな…」


 刑武省の捜査官2人の前には人外に襲われた被害者の遺体が転がっていた。色町の女郎が殺されてからまだ一週間と経っていない。


「今、討伐隊の連中、遠征だろ。」


「ああ…」


もう一人の捜査官が頷いた。


 通常、妖魔事案は妖魔討伐隊が扱い、一般犯罪は刑武省が扱うことになっている。だが討伐隊の本隊が遠征で出ていて人員が不足しているため現場保存を刑武省が行っていた。


「とにかく情報統制だ、民には知られぬようにせんといかん。」


 遺体が見つかったのは川筋の土手である。骨と皮だけになった遺体は小袖を身に着けていなければ人間と判別することもできなかっただろう。



そんな時であった、颯爽と馬に乗ったアカシが現場に現れた。


「これは……」


「討伐隊のアカシです。」


 馬から降りると状況をつぶさに確認した。懐から白色の石を取り出すと遺体に向けた、石は小刻みに振動し始めた。


「間違いない……ここからはこちらで仕切ります。ご苦労様でした。」


二人の役人は頭を下げてその場を離れた。


「討伐隊の奴、つなぎもつけてないのに、よくここが分かったな?」


「あいつら研究機関で開発している道具を持ってんだろ、それでわかるんじゃねえの」


二人の役人はヒソヒソとそんな話をした。



 実際、二人の話は本当でアカシが妖魔の遺体現場に学舎の帰りに直接向かえたのは彼の持っていた白色の石のおかげである。アカシは石の持つ性質を頼りに遺体の現場を探り当てていた。


 アカシは二人の人足を呼んだ、討伐隊の雑務をこなす平民である。紺色の着衣を身に着けていた。


「遺体を大八車に積んで研究所に運べ、町民に悟られぬようにな」


 慣れた手つきで二人は遺体を車に乗せると運送屋の腹掛けと脚絆をつけて走り出した。一般人に知られないようにするための変装である。


 アカシはそれを見送ると何とも言えない表情を浮かべた。町はずれで殺された遊女の遺体とは状況が違う。関連性があるのだろうか……ないのであれば複数の妖魔が都に存在していることになる……そうであれば厄介だ。


「守備隊の数が減ったときに限って…」


妖魔はまるで討伐隊の動きを読んでいるようだ。



10

「本当に怖いのは妖魔ではない、妖魔の瘴気に充てられた人間が起こす行動だ。」


中年の講師は淡々と語る。


「恐怖におののいた人間の行動は常軌を逸する。妖魔に憑依されたと勘違いした親がわが子を手にかけた事例もある。」


 かつて、妖魔が跋扈していたころはこうしたケースがあちらこちらであったそうだ。魔晶石の力が活用されるようになってさえこうした事件はなくならなかった。


「都の役人たちも錯誤して子供を殺してしまった親を如何様に扱うかで難儀した。」


「どのように扱ったのですか?」質問したのはイオリだ。


「悲しいことだが普通の罪人と同じだ。」


 社会秩序の維持のためやむを得ないという判断だろうが、誰一人として救われない結末だ。子は親に殺され、その親は罪人として扱われる。


「現実とはこうしたものだ、諸君たちは妖魔に関する知識を学習しているだろうが実際、こうした事件が起こることも頭に入れておくように」


午後の座学はこれで終わった。


ふっとシゲが一息つくと声をかけられた。


「おい、鍛冶屋!」


声をかけたのはサモンであった。


「何ですか?」


「どうだった?」


サモンはニヤニヤしている。


「えっ?」


「だから、ノノさんに投げられて……どうだった?」


「いや、記憶が飛んじゃって……」


「お前がさあ、ノノさんの稽古に選ばれたとき、みんなイラッとしたんだよ。だけどブン投げられただろ。」


シゲはバツの悪い顔をした。


「見事に板壁に激突だからな!」


サモンは爆笑した。


「俺は、サモンだ、よろしくな、鍛冶屋!!」


 なぜか知らないがサモンに気に入られたようだ。シゲは貴族の知り合いができるとは思っていなかったので、喜んでいいのか、そうでないのか判断がつかなかった。


「じゃあなぁ~」


サモンはそう言うとニヤニヤして教室を出て行った。


                       *


シゲが帰り支度を終え、教室を出た時であった。


「おう、探したぞ、ヤミカジ!」


声をかけてきたのはサヨ師範であった、授業と違い温和な表情を浮かべていた。


「次の武道の授業のとき、武器を持ってきてほしい。」


「どんなものを持ってくればいいんですか?」


「何でも構わん、本物の武器を生徒たちに見せたいんだ、お前の師匠には声をかけてある。では頼んだぞ!」


颯爽とサヨ師範はその場を去った。



 シゲは学舎を出るといつもと同じ道順で帰宅した。今日は昨日の残りがあるので夕餉の買い物をする必要はない。多少の暇があるので幼馴染のルリの様子を覗いてみようと思った。


 ルリが務める廻船問屋『マス屋』はここ10年で急成長した店で食料品、衣類、雑貨などさまざまな商品を取り扱っていた。特に食料品の品ぞろえは他の問屋と比べて充実しており、目新しい物も店頭に並んでいた。


 シゲは店の軒先からちらりとルリの様子を覗いた。忙しいらしくシゲがのぞいていることに気づいていない。


『たいへんそうだなぁ』


 ルリはそろばんに長け数字に明るかった。廻船問屋で帳簿をつける見習いとしてはうってつけであった。


 30歳を超えたくらいであろうか、色黒の男がルリに帳簿のつけ方を指導していた。奉公人は仕事を教えてもらいながら住み込みで働く。給金は少ないが15歳の娘にはちょうどいい。


 シゲはテキパキと仕事をこなしていくルリを見ていて自分よりもはるかに大人としての一歩を進んでいるように感じた。学舎で嫌々、学問を学ぶシゲよりも充実した日々を送っているのではないか……そんなことをふと思った。シゲは邪魔になると思い声をかけるのをやめて家路についた。


                          *


 引き戸を開けると誰もいなかった、家の中を見回しても誰もいない。シゲは離れの鍛冶工房から明かりが漏れているのに気付いた。


「今日、仕事あんのかな?」


シゲが工房に行って確認しようとした時だった、ちょうど親方が出てきた。


「おう、戻ったか」


「今日は、仕事はあるんですか?」


「いや、今日は手伝わなくていい」


「いいんですか?」


「ああ、それから、明日からの3日間は工房に人を近づけるな」


「えっ?」


親方の様子は明らかに普通でない。


「あの槍を仕上げにゃならん」


親方の顔は鬼気迫るものがあった。


「一生のうちで、一本だ。」


「えっ??」


「あんな槍は二度と触れねぇ……」


 親方はそう言うと工房の裏に向かった。すでにヤミカジの誇りをかけた戦いが始まっている、シゲはそう思った。




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