第四話
8
男子生徒は少しでもノノの気を引こうと異常なまでに声を張り上げた。サモンは素っ頓狂な声を上げ、ポーカーフェイスのイオリは熱い視線を送っている。シゲはそんな貴族男子の様子を見て内心、嗤ってしまった。
一方、女子は複雑であった。嫉妬、妬み、嫉み、羨望、憧憬、複雑な感情が入り組んだ表情を見せていた。
そんな時である、
「君、鉢巻をしてない君だ!」矢のような言葉が飛んできた。
鉢巻をしてないのはシゲだけである。
「ボッ、僕ですか?」
シゲはなぜ呼ばれたかわからない。
「そうだ、君だ」
ノノはシゲに近づいた。
「ほかの生徒に比べて真剣味が足りないようだな」
シゲは手を抜いていなかったが、周りの男子生徒があまりにやる気を見せるのでシゲだけ浮いた形にノノには映っていた。
「私が稽古をつけてやろう。」
そう言うとノノは朱雀拳の組手を取るように命じた。
正直なところシゲは武術が苦手である、朱雀拳の組手でさえおぼつかない。性格的にも武闘派とは程遠く、乱捕り稽古は嫌でたまらなかった。
一方、周りの男子生徒はノノと組み手ができるシゲを羨ましそうに見ていた、あからさまな不愉快な視線を送ってくる生徒もいる。
「攻撃してこい、遠慮はいらん」
ノノにそう言われたが、こうした状況では手加減するのが筋だとシゲは思った。
………だが、それがあまかった。
シゲの動きを見透かしたノノはすれ違いざまに掌底をかました。タイミングよく入った一撃はシゲを講堂の板壁まで吹き飛ばした。
周りで見ていた生徒たちは息をのんだ。
「ちょっと……やりすぎた…かな」
舌を出すノノであったがやられたシゲの意識は飛んでいた。
*
サヨ師範が学長室に入ると学長以外に二人の客人がいた。ともに20代後半の精悍な侍である。
「サヨ師範、お久しぶりです」
「おお、モリタとアカシ!」
二人ともサヨの教え子である。
「授業中、お呼び立てして申し訳ありません」
「いや、構わん、それより用件があるのだろう?」
「はい」
二人は同時に返事した。
「その件は私が説明しよう」
話し出したのは学長である、口ひげを蓄えた小柄な老人である。
「実は、妖魔が出た」
サヨの顔に緊張が走った。
「今、妖魔討伐隊の主力はヒノエ村に行っておる。そちらは状況があまり良くなく、守備隊の一部も派遣されるそうだ。」
「では、都はがら空きに?」
学長は頷いた。
「色町の女が殺された事件は知っておるかね?」
「ええ、瓦版で………もしやあの事件が?」
「左様でございます、民には知らせておりませんが……妖魔の残留物が確認されました。」
「そうか、そ……まさか、うちの生徒を借りたいと言わんだろうな?」
「お察しが速い」
二人の侍は真剣であった。
「妖魔相手にまともな働きができる者はいないぞ、お前たちの世代と違い、妖魔を見たこともない連中だ。役立つとは思えん。」
ここ10年、都の治安は極めて穏やかであった。貴族の生徒は知識こそあるが実際の妖魔に遭遇した者はいない。
「わかっております、戦闘に参加する必要はありません。ただ手がかりを集める助けとして……」
アカシが言葉を言い終わらぬうちであった。
「極力、生徒の力は使わんでほしい。」否定とも肯定ともつかぬサヨの返答であった。
「申し訳ありません」
モリタが深々と頭を下げた。
*
気づくとシゲは救護室にいた。
「おっ、目を覚ましたか。」
声をかけたのは救護室の医官である。
「けがの程度は大したことない、気を失っただけだ。」
シゲは何が起こったのか思い起こしてみた。
『あっ、そうだ、ノノさんに掌底を食らって……』
医官はシゲの状況を確認した。
「大丈夫だな、そろそろ午後の授業が始まる、教室に戻りなさい。」
シゲは言われた通り救護室をでた。
8
教室に戻るべく渡り廊下を歩いていると、目の前に不穏な空気を漂わせる現状が目に入った。
「おい、お前!」
長い回廊の途中で黄制服を身に着けた3人組が白制服の生徒に声をかけた。
「この前の試験、いい点数だったみたいだな」
言うや否や黄色のうちの一人が白制服をまとった生徒の太ももを蹴り上げた。
「下級貴族が調子に乗るとどうなるかわかってんのか?」
蹴られた生徒はその場を逃れようとした。すかさず残りの二人が退路を塞ぐ。
「下級貴族は一生、俺らに使えるんだ、なめた真似をするとどうなるかわかってんのか?」
そう言うと黄色の制服を着た生徒は目を三白眼にして再び太ももを蹴った。白色の生徒は我慢して耐えている。
「どうした、口答えしてみろよ、オラ!」
「………」
「見てるだけでむかつくんだよ、お前の面は!!」
陰湿なやり方は見ていて不愉快になるが、ほかの生徒はちらりと目をやるだけでそそくさとその場を離れていく。学舎の中で性質の悪い連中だ、かかわりになりたくないのである。
シゲはその様子を影から眺めていた、平民の身で貴族社会に籍を置く少年としては如何ともしがたい状況であった。そんな時である、黄色の一人が胸倉をつかんで引き寄せた。
「調子にのってんじゃねぇよ」
明らかに拳をふるおうとしている。
白制服の生徒は腕を払いのけ、殴られる直前に体をいなした、まさに朱雀拳の動きである。黄色の制服はつんのめって無様に転んだ。
「てぇめぇ、ふざけんな!!」
すっ転んだ一人は完全に逆上していた。すかさず残りに二人が白制服の生徒のわきを固めた。次の一撃はどうやっても避けられないであろう、逆上した黄制服は懐から光るものを取り出した。
『マズイ!』
シゲは瞬間的に気づいた。ヤミカジとして毎日、刃を見ている。黄制服が手にしたものは明らかに殺傷能力のある代物だ。
「あっ~、あ~、おにぎりにあうのは塩鮭である、だがそこをあえて梅干しにするのが男の中の男である。」
シゲは訳のわからない文句を大声で謳い上げた。自分でも間抜けだと思ったが、誰かの注意を引くにはそれくらいしか思いつかなかった。
周りの生徒たちがシゲに注目する。彼らの視野にはちょうど白、黄制服の生徒がはいっているだろう。
状況が変わったため3人の黄制服は矛を収めた。
「お前、次の試験はわかってんだろうな!」
吐き捨てるように言うと3人はその場を去った。シゲは刃傷沙汰にならずほっとした。
そんな時であった、女生徒の一人が後ろからシゲに話しかけた。
「お前、気がふれたのか?」
掌底を食らわせたノノであった。
「あの時、頭をぶつけたのか?」
「いえ、そういうわけでは…」
ノノの視野には白と黄制服の生徒は入っていない。大声を出してわめいているシゲが目に入っただけである。
「どうやら、当たり所が……」
ノノは真剣な目でシゲを見つめている。
「とりあえず、医者に見せよう」
「いや、その、元気なんですけど……」
ノノは憐れむような表情を見せた。
「相当……ぶつけたようだな……すまない」
二人の間には明らかな誤解が生じていた。