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第三十二話

79

シゲが帰宅する頃はすでに夜になっていた。


「どうした、遅いじゃねぇか」


「親方、またヌエが……」


「ヌエって昨日もだぞ?」


「今日も出たんです!!」


シゲは今日の出来事を報告すると親方はその内容に度肝を抜かれた。


                        *


「そうか、あの侍が……」


「あのお侍は一体、何なのでしょうか?」


「わからん、だが嘉悦帝が帝位についていた時、伝説を残した侍がいる。その侍は槍を手にして上級妖魔をなぎ倒したそうだ。」


「もしかして、その時のお侍なんですか?」


「いや、齢があわん。生きていれば100歳を超えている。だが、あの槍は……」


親方は何とも言えない顔をした。


「かつて妖魔の生き血を吸う槍があったそうだ、そしてその槍の使い手は歳を取らないと言われている……」


シゲは沈黙した。


「たぶん眉唾だ……とにかく飯にしよう」


親方はそうは言ったものの、その眼はどこか落ち着きがなかった。


                       *


 翌朝、シゲが顔を洗い、朝餉の用意をしようと火をおこした時だった、懐に入れていた緑符が発光した。シゲは何かと思い手に取った。


『本日、正午に学長室に来て今回の事件の顛末を説明されたし 学長より』


シゲは渋い表情を見せた。


「どうした?」


シゲは親方に問われ緑符を見せた。


「しょうがねぇだろ、行って来い。それから朱塗りの短刀をそろそろ返してもらえ。もう妖魔も片付くだろうし神棚に戻さねばならん。」


シゲは親方に言われ出かける用意をした。



80

サヨとモリタは討伐隊の詰所にいた。ヨイチの持っていた資料から何か手がかりを見つけようとしていた。だが、どれも空振りだった。


 トウハクの様子から表立った手段がとれないとなるとやはり研究資料を突きつけ研究所の隠ぺいした事実を明るみに出すほかない。サヨとモリタは躍起になって資料をあさった。


「ありませんね」


「ああ、だが、何かあるはずだ?」


「他の資料ですかね」


「かもしれん」


サヨとモリタは途方に暮れた。


「4人目の研究員はどこにいるんでしょうかね?」


 研究員のうち2人はすでに死亡していた。一人はヌエの皮膚を移植した牛に体液を吸われて死亡し、もう一人はそのことを告発しようとして滝壺から遺体で見つかった。3人目のトウハクは自宅の隠し部屋で身を潜めている。


「さあな、見当がつかん」


「それはそうと、滝つぼで見つかった研究員は自殺ではないとトウハクはもうしたそうですね?」


「そうだ、証拠がないから何とも言えんがな……」


正直手詰まりであった、客観証拠も乏しく、トウハクも表立って証言する気がない。


「もし、そうだとするとトウハクの身も危ないのでは?」


「ああ、だが証言しないのであれば刑部省の連中も警備はできんと言っている。」


モリタは微妙な顔をした。


「討伐隊の仕事はあくまで妖魔絡みの案件だ。政治的案件には顔が出せん。それより資料を交換しよう。両者の目で見て何も出なければ、あきらめるしかない。」


モリタとサヨは押収した資料を交換して再度、吟味した。


「駄目だな」


「そうですね」


二人は渋い表情をした。


「私は学舎に行く、学長に報告しに行かなくてはならん。」


そう言うとサヨは詰所を出た。

 


81

妖魔捜索は早朝から始められた。ヌエが深手を負っているためその血液の跡を追った。


 人足から続々と情報が入ってくる、陣頭指揮を執るアカシは着実にヌエの居場所に近づいていた。アカシは念には念を入れ、狩人を新しく5人雇い撃ち漏らしがないようにした。


「アカシ隊長、乾いていない血液が見つかりました。」


「どこだ?」


「イタチ山の方です。」


「よし、追いこむぞ、絶対打ち漏らすな!!」


アカシの怒号と思える声が狩人たちにとんだ。


                        *

 

 詰所を出た後、サヨは学舎にむかった。学長にゲンタクの兄、トウハクのことを報告するためだ。だが生徒の兄が事件に関与しているという事実をどこまで話せばよいか、サヨにとっても思案のしどころであった。


サヨが学長室に入るとノノとシゲがいた。


「サヨ師範ちょうどいいところに」


 学長はノノとシゲの両方から一連の出来事を聞こうとしていた。生徒が2名亡くなっている、当然と言えば当然であった。


「つらい記憶を呼び覚ますことになるが、学長として聞かねばならん。ご遺族に対する説明もあるし、公式に発表せざるを得ない。ノノ君もシゲも話してくれるね」


ノノとシゲは学長にこれまでのことを報告した。


 2人の行方不明の生徒は牛鬼によって食われたこと、ヤマネ3兄弟に襲われたところをヌエが現れサモンが襲われたこと、二人は学長の質問に淡々と答えた。


「サヨ師範、今の二人の答えは君から見てどうかね?」


「間違いないですね。」


「そうか……厳しいな、あまりに厳しい。」


学長の顔は青くなっていた。


その様子を見てサヨが真相の一部を語った。


「今回の事件には研究所の実験失敗という裏があります。」


サヨが話すと学長の目が動いた。


「それは本当かね?」


サヨは首を縦に振った。


「ゲンタクの兄、トウハクからは言質が取れました。ですが証言は拒否していますし、物理的な証拠もありません。」


「2人も生徒がやられて……クソ!!!」


学長が憤った。


「ですが、研究所の所長は青の位階です。我々の身分では……」


学長は怒りで拳を震わせている。


「何とかならんのか……」


 貴族の位は黒を一番下にして黒、白、黄、赤、青、紫となっている。赤以上は上級貴族としての身分になり永続的にそれが継承される。だが、赤、青、紫の間にある身分差は絶対的であり、下の階級の貴族が上の貴族に対しモノ申すことは許されていない。


「忌々しい、生徒が2人も死んだのに……何もできんのか」


研究所に勤める貴族が自分たちの引き起こした事故を認めるとは思えない、最後まで沈黙を貫くだろう。


「あの……」


ノノが声をかけた。


「すまないね、生徒の前で大きな声を出すとは……」


学長は我に返った。


「いえ、違います、私、父に頼みます!」


「ノノ、証拠がなければ無理だ。」


サヨが言った。


「いえ、そうは参りません、私も青の貴族のはしくれです。このことは父に進言します。」


 シゲは黙ってやり取りを聞いていたがあまりに話が大きく平民の出番はなさそうである、静かにしていようと思った。



82

『なぜ見つからん……』


 アカシは焦っていた。ヌエの血は明らかに新しいものだ。魔晶石は振動しているし近くにいるはずなのだ。


 人足から続々とヌエに関する情報が入ってくる、だがヌエ自体の発見には至らなかった。時間は刻一刻と過ぎてゆく、太陽はすでに正午を回った位置を示していた。


『あと、3時間それまでに見つけないと日が暮れる…』


 そんな時であった、狩人の1人から情報が入った。女狩人である、齢は25,6といったところだ。鎖帷子に身を包んでいるが足場の悪い山道を俊敏な動きで的確に進んで来る。


「あんたが大将だろ?」


「そうだ」


「最初にヌエを見つけたら褒美をもらえるんだろうね?」


「ああ、見つけたらな」


アカシは女の顔を真剣なまなざしで見つめた。


「こっちだ」


女狩人はアカシを案内した。しばらく獣道を進むと女狩人は歩みを止めた。

そこでアカシが見たのは予想外のモノだった。


「これは……マズイぞ」


アカシが見たものはヌエの抜け殻であった。


                         *


アカシは緑符を介して全軍に指示を出した。


「妖魔はヌエの姿をしていない。持っている魔晶石の振動を頼りに探せ。繰り返す、妖魔はヌエの姿をしていない、魔晶石の振動で判断しろ」


アカシは抜け殻を見ながらつぶやいた。


「まさか変態したのか……」


よもやの展開にアカシは唖然となった。



 捜索隊は正午を境に全面的な作戦変更を強いられることになった。アカシはヌエの抜け殻から同心円状に捜索範囲を広げ、変態したヌエの足跡を追う方針をとった。


『焦ってはいかん、上に立つものが混乱していては……』


アカシは自分にそう言い聞かせたが、内心は甚だしく不安であった。


『変態したヌエが街に出れば大変なことになる…』


時間はさらに過ぎていく、太陽は真南に位置していた。


                        *


 アカシはのもとには様々な情報がもたらされた。だがヌエの姿が予想できないためどれも的を得ているとは思えなかった。


 そんな時である、魔晶石の振動を確認していた人足が声を上げた。アカシはその情報をつぶさに分析した。


『これだ、間違いない』


魔晶石の振動は明らかに一方向に強く出ていた。アカシは地図と照らし合わせた。


『まさか、そんなほうへ!!』


アカシはイタチ山を急いで下山すると馬に乗った。


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