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第三十話

71

街はヌエの話で一色だった。


「また貴族の子がやられたらしいぞ」


「狩人もボロボロにされたらしいな」


「大丈夫なのか」


「討伐隊の連中、まだ遠征から帰ってないんだろ、街の治安維持できんのか?」


 不穏な空気は人々の疑心暗鬼を招き、街の雰囲気を黒く染めていく。一番あってはならないことであった。


 シゲは夕餉の買い物をしようとしていたが不安に駆られた商売人は早々と店を閉めていた。日の暮れないうちに帰ろうという意図がありありと窺える。


『みんな、不安だよな。』


 シゲは目の前でヌエを見ている、声を聴いただけで凍りついた経験から妖魔に遭遇しないように努めるのは得策だと思った。ほんの2週間前までは何事もなく平穏な日々を送っていたのに妖魔の存在が明るみになるや否や世界は変わってしまった、人の心とは本当に弱くうつろいやすい。


シゲは人参とごぼうを買うと帰ろうとした。


その時であった、聞き覚えのある声が後ろから飛んできた。


「あんた、ヤミカジじゃん」


声をかけてきたのは神社省の社務所に使える巫女であった。


「お店、ほとんど閉まってて何も買えないんだよね、まったく!!」


「ヌエが出たからしょうがないよ」


「そうかもしんないけど、ご飯食べなきゃ結局、死んじゃうじゃん」


 巫女の言うことにも一理あった。恐怖に飲まれ、家にこもるようでは生活できない。日々の営みを淡々と送るほうが精神的にもいいのかもしれない。


「ところでさあ、あんた鏡の間で何を見たの?」


巫女は興味津々な目でシゲを見つめた。


「別に…」


「教えなさいよ」


巫女はシゲに近寄り脇腹をチクチクしだした。


「ちょっとやめてよ」


「教えなさいよ」


巫女はやめるどころかさらに近寄った。


「話すから……離れてよ」


巫女はシゲの困る顔を見てほくそ笑んだ。


「正直言うと断片的な映像ばっかりで繋がりがないんだ、だからはっきりしたものはあまり覚えてないんだよ。」


シゲは正直に答えた。


「妖魔を倒す手掛かりにはなったんでしょ?」


シゲは頷いた。


「ほら、やっぱり鏡の力が役立ってんじゃない」


巫女は神社省のおかげであることを強調するように言った。


「まあね」


シゲは同意した。


                        *


その時である、シゲの中で何か違和感のようなものが生じた。


『あれ……あの時、映ってた貴族の家ってヨイチさんの家じゃないか……、そういえば学舎でヨイチさんが会ってた貴族ってあの時の映像に……』


シゲは自問自答した。


『そうだ、鏡に映ってた貴族は昼休みにヨイチさんが会ってた貴族だ、間違いな

い!!』


シゲは思い出すと荷物をその場において走り出した。


「早く知らせないと……」


シゲは討伐隊の詰所に向けて全速力で駆け出した。


取り残された巫女の少女は口をポカンと開けた。


「何、この展開。放置プレイじゃん」


捨て置かれた巫女は口をとがらせた。



72

シゲが詰所に着くとそこにはモリタがいた。


「どうしたヤミカジ?」


「あの、思い出したんです、鏡で映った像を、思い出したんです」


モリタの顔が瞬時にして引き締まった。


「話してもらえるか?」


言われたシゲはシゲは思い出した映像のことを話し出した。


                      *


「じゃあ、お前が見た貴族というのはヨイチと学舎の庭で話していた男ということだな」


「そうです、頭のよさそうな人で、白の衣装を着ていました。」


「顔は覚えているか?」


シゲは脳裏に現れた貴族の容姿を簡潔に伝えた。


モリタの顔に失望の色が広がった


「ヤミカジ……その研究員はすでに……死んだんだ」


なんとシゲが鏡で見た貴族は滝つぼで見つかった研究員だったのである。


「わざわざ、すまんな……ほかに何かあるか?」


モリタはすまなさそうに言った。


「確かその人がヨイチさんに何かを渡していたような気がします。」


モリタの顔色が再び変わった。


「どんなものかわかるか?」


「いやそこまでは……」


「ヤミカジ、俺と一緒にヨイチ君の家に行ってくれるか。いきなり討伐隊の人間が行ったのでは驚かすかもしれない。」


モリタの中でひらめきが生じていた。



73

シゲはモリタと共にヨイチの家に向かうことになった。二人は馬に乗って貴族の居住地に手綱を巡らせた。早馬というのはまさにその通りで徒歩なら小一時間はかかる距離を20分足らずで完走した。


「ヨイチさん、ヤミカジのシゲです。いらっしゃいますか?」


シゲがそう言うと入り口の戸が開いた。


妹のチエであった、シゲを見てニコニコしている。


「お兄ちゃんはいるかい?」


チエはコクリとうなずいた。


 ヨイチは隣の部屋で本を読んでいたらしく遅れて出てきた。まだ打撲が治っておらず歩くのに難儀していた。


「ヨイチ君に聞きたいことがあるんだ」


モリタは話を切り出した。


ヨイチは頷くとモリタの質問に淡々と答えた。


                         *

 

 ヨイチと研究員の関係はたとえて言うなら兄弟とも師弟ともとれた。ともに白の貴族で出世の道が厳しく、なおかつ黄色の貴族からは疎まれるという身分であった。


「僕が黄貴族、タキ君に追われていた時でした。その時は今までで一番ひどい暴行だったと思います。正直言うと殺されるんじゃないかと……」


ヨイチの顔に悔しさが滲んでいた。


「でもあの人が助けてくれたんです。あの人も昔、僕と同じように上の位階の人間から嫌がらせを受けたようで……それで僕の虐められる姿を見て……」


 ヨイチは言葉を詰まらせた。ヨイチが受けていたのは虐めではなく暴行であり、位階の権力を使った横暴であった。


「あの人は成績を上げて位階を上げれば、虐められることもなくなると……それで僕の成績を上げるべく勉強の仕方、資料の見方、試験の対策、そうしたことを細かに教えてくれました。」


 シゲは合点がいった。昼休みにヨイチがあっていたのは事故に関連した研究員だったのだ。


「その研究員は君に何か託さなかったか?」


「託す?」


「そうだ、何かの分析した書類とか、妖魔に関する情報を記したメモとか?」


ヨイチは首をかしげた。


「関連するかどうかわかりませんが最後にあの人と会った時にこれを頂きました。」


ヨイチはそう言うと羊皮紙でできた暦表カレンダーを持ってきた。


「一応、押収させてもらう。ほかには?」


ヨイチは奥の部屋に行くと研究員からもらった本やそれに関して記した資料を持ってきた。


「あの、あの研究員の人がどうかしたんですか?」


「昨日、滝つぼで遺体として発見された。」


ヨイチの顔が凍りついた。


「つらい現実かもしれんが……とにかく協力ありがとう」


モリタはそれ以上言葉を続けなかった。



74

資料を押収したモリタはシゲと共に貴族の居住地を離れた。


「何かこれからわかるといいですね」


「そうだな、証拠の一部でも見つかれば」


そんな話をしている時だった、モリタの持っていた魔晶石が振動し始めた。


『マズイぞ、この振れは』


瞬間的にモリタは緑符で連絡をつけるべく懐に手を入れた。


だが、すでに遅かった。


眼前には、なんとヌエが現れていた。


                        *


 恐怖という感情はなかった、なぜなら100%勝ち目がないからである。腕を負傷し受け身もままならない状態では太刀打ちできない。モリタの頭にあったのはシゲを逃がすことである。


「逃げろ、シゲ!」


モリタは刀を腰から抜くとヌエに対峙した。


『何とかせねば』


 モリタはヌエの前に躍り出た、少しでも時間を稼ぎたい。その間にシゲがつなぎをつけるだろう。モリタはヌエの気を引くようにわざと大仰な構えを取った。


                        *


ヌエの一撃は余りに重く、太刀で防げるものではなかった。


「くそ、マズイぞ」


 巨体から繰り出される攻撃が想像以上に速く、訓練を受けてきた討伐隊の隊員でさえついていけない。モリタは回避に徹しているため何とかかわせているがそれも時間の問題だろう。ヌエは確実にモリタを追いつめていた。


                        *


 モリタの集中力が一瞬途切れた時であった、ヌエの爪がモリタをとらえた。直垂を引き裂いただけでなく内側に着込んでいた鎖帷子も裂かれた。


『次で終わりだな』


モリタがそう思った時であった、ヌエの攻撃が急に止んだ。ヌエは首を後方に向けると人外の咆哮を放った。


『何が起こったんだ?』


 モリタは満身創痍の中、ヌエが睨み付ける方向を見た。そこには夕日を背に歩いてくる侍がいた。



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