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第三話

午後の授業は『妖魔学』から始まった。『妖魔学』とは妖魔に関する基礎知識を学ぶ授業だが、貴族の学舎でしか学べない特別な授業になる。


「妖魔というのはその存在自体が謎に包まれ、多くのことが分かっていない。容姿も千差万別で見た目には判別できないことも多々ある。嘉悦帝の改革で妖魔に関する研究は驚くほど進んだが、根本的な部分はいまだ判然としない。」


初老の講師は淡々と話を進めていく。


「換言すれば『妖魔とは何ぞや?』という疑問だ。この問いに対する仮説は毎年出てくるがいづれも的を射ているとはいえん」


 原点ともいうべき問いは意外にわからないことが多い。シゲもこの問いに対する答えを知りたいと思った。


「いずれにせよ、妖魔は我々にとって敵であることは間違いない、これからもそれは変わらん。諸君たちが更なる研鑽をつみ平和な世の中を……」


 初老の講師が言葉を続けようとしたときである。一人の生徒が声を上げた。


「先生、妖魔はこれから先も敵としてあり続けるのですか?」


「どういう意味かね?」


「対話はできないのですか、妖魔のなかには知能のあるものが存在すると習いました。」


質問したのはゲンタクという学年随一の秀才である、講師は難しい顔をした。


「……その質問の回答は……何とも言えんな。かつて妖魔と対話しようとした研究者もおったが……結局、うまくはいかなかった。現時点では無理だろう。それから、一つ付け加えておく、平民にしろ、貴族にしろ多くの人間が妖魔によって命を落としている、知的探究心も結構だがそうした話を不愉快に思う人もいる、常にそのことを心に留めておけ。」


 シゲは妖魔と対話しようとした人間がいることに驚いた。平民の世界では妖魔は人間を食らう化け物であり、その存在は許されざる者であった。まさかそんな行為が起こっていたとは……。


「授業はこのくらいにして、進路に関して少し触れようと思う。諸君は来年からそれぞれ分かれて進むことになる。『政治、経済を学ぶもの』、『研究、技術開発の道に進むもの』『妖魔討伐の侍になるもの』いづれの道に進むか各自、考える頃合いだ。両親ともよく相談するように。」


講師はそう言って教室を後にした。


                        *


 授業が終わると生徒たちは個人活動に移る。武術、学術、芸術、それぞれ自分の得意なジャンルに身を置き修練に励む。シゲも活動に入ることを許されていたがヤミカジの手伝いがあるのでそそくさと帰り支度をした。


 いつものごとく人足用の出口から身をかがめて出る。大通りに夕日が映え、街並みがオレンジ色に染まっていた。貴族の世界から娑婆に帰る瞬間、空気が変わる。平民の身でありながら貴族の学校で学ぶことを許された者にしかわからない感覚だ。シゲは都大路を通り商店街に入った。夕餉の買い物はシゲが行うのが通例だ。今日は豆腐とキノコをいれたすいとんにしようと思った。


7 

シゲが家に着くと土間に黒づくめの侍が立っていた。ヤミ鍛冶は行政機関からの依頼が主で、個人客はほとんどいない。気になったシゲは侍を覗くように見たが親方の様子を見て鋭い緊張感が背中に走った。


「こちらの槍でございますね」


「そうだ」


侍の醸す雰囲気は近寄りがたいものがあった。無機質でいて感情がない。


「4日ほど時間を戴きたいのですが」


「あい、わかった」


侍はうなずくと戸をあけ通りへと出て行った。少しの間をおいてシゲはヨヘイに声をかけた。


「親方、あのお客さん…」


「シゲ、この槍には近づくな、いいな、絶対だぞ!!」


 ヨヘイの言い方は明らかに異常であった。額から玉のような汗が吹き出し、肩で呼吸をしている。


『大丈夫なのか……』


シゲは親方の様子を見て異様な不安を感じていた。


                         *


 翌日は武道の授業から始まった。シゲは武道の心得がないためほかの生徒に比べると甚だ劣っている。教える講師があまりのひどさに苦笑いしているくらいだ。だが授業は受けねばならない、嫌々ながらシゲは講堂に向かった。


 講堂は学舎の中で一番目を引く建造物である。8000平方メートルを超える広さ、漆で塗られた一本杉の柱、無駄のない装飾、漆喰で塗られた外壁、雅さはないがその堅牢さは帝の御殿もしのぐといわれている。


「では、本日の鍛錬は受け身から始める。」


 武術の講師は女性であった。40歳を超えているがその立ち姿は凛としていて武術家としてのオーラを醸している。薙刀の名手でかつて妖魔討伐隊に参加したこともあるらしい。生徒の間では『化け物』と呼ばれている。


「さっさと整列しろ、貴様!!」


 女講師は動作の遅れた男子生徒のところに行くと胸ぐらをつかんで『体落とし』をかました。小気味いい音が講堂に響いた、投げられた生徒は腰をさすっている。怪我をしないように痛めつける、講師の柔術のさじ加減は抜群であった。


「では受け身から!」


講師が号令をかけ、始めようとしたその時であった。


「師範、サヨ師範!」


 女講師に声をかけたのは講堂の外から入ってきた女生徒の一人であった。髪を後ろで縛り青い鉢巻をつけている。一目で上級貴族とわかる、だが問題はそこではなかった。


 すらりとした手足、意志のつよそうな瞳、少し厚めの唇、すらりとした鼻梁、透

明感のある白い肌。完璧であった、そう完璧なのだ。女子生徒の嫉妬が渦巻くなか、男子から嘆息が漏れた。


『なんて…美しい…』


 風紀長のノノであった。学舎の中で異端ともいうべき美しさを誇る才女である。文武両道、高貴な血筋、そして高級貴族としての思慮深い立ち居振る舞い。いずれをとっても選り抜かれた存在であった。


 幼馴染のルリとは比べ物にならない。男子生徒が嘆息を漏らすのは当然であろう。シゲは殿上人と呼ばれるノノの姿に驚きを隠せなかった。


「急ぎの用事でございます。学長がお呼びになっております。」


「そうか、わかった」


サヨ師範はそう言うと生徒に向き直った。


「貴様ら、自習だ。各自、鍛錬を怠らぬように。 風紀長、私が戻るまでの間、頼む」


サヨ師範は小走りに講堂を出て行った。


 風紀というのは講師の下について学舎の雑務を調整する役目である。一つの組から3人ほど出されるが風紀長はその中の責任者であり、通常は一番年上の生徒がつく。ノノは16歳になったばかりだが聡明さと人望から風紀長として選ばれていた。


風紀長は生徒たちを整列させた。


「いまから体術の稽古を行う。各自、二人組を作るように」


風紀長の言うとおり生徒たちは二人組を作った。


「朱雀拳、第一、構え!!」


 朱雀拳とは体術を学ぶ生徒が最初に習う組手で、攻撃よりも防御や受け身に重点が置かれている。組手自体は難しくないが基本動作が詰まっており最も重要とされていた。


ノノ風紀長は清らかながらも芯のある声で号令をかけた。


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