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第二十九話

67

翌日、学舎に向かうと全校集会が開かれていた。


「新たな妖魔が現れ、生徒が襲われました。見廻り組に在籍していたサモン君です。大変厳しい状態でこのさきどうなるかは……まったくわかりません。」


 同じ教室で学ぶ生徒たちに激震が走った。初めて知らされた内容に皆、言葉をなくしていた。


 シゲの目に入ったのはイオリである、イオリはサモンが瀕死であるこを知らなかったのだろう。学長の話を聞くや否や彫像のように動かなくなった。集会が終わってもイオリは凍りついたままだった。


                        *


 その日、シゲはサモンの見舞いに診療所を訪れた。だが面会謝絶で見舞うどころか病室にも近づけなかった。さらには平民という立場上、貴族の医者には相手にされず、白い目で見られた。深いため息をついて診療所を出るほかなかった。


そんな時、一人の生徒がシゲに声をかけた。


「おい、ヤミカジ」


目をいっぱいに晴らしたイオリであった、シゲは会釈した。


「お前、サモンのこと、わかるんだろう?」


シゲは頷いた。


「おしえろよ!!」


イオリは糾弾するようにして詰め寄った。


「言うなと言われています。」


「そんなの関係ねぇよ!!」


 イオリはシゲの胸倉をつかんだ。シゲはその剣幕に圧倒されサモンがヌエからノノを守るために体を張ったことを述べた。


                       *


「やっぱりノノか……くそ……ノノばっかりじゃないか……なんで俺じゃダメなんだよ!!」


 イオリの言葉にはノノに対する悪意よりもサモンに対する特別な思いが込められていた、そしてそれは決して届かぬ思いでもあった。


『イオリさんはサモンさんのことを……』


シゲはそう思ったがそれ以上詮索しないことにした。



68 

一方、その頃、アカシとモリタの所に絶望的な知らせが届いた。


「あの若い研究員、自殺したのか?」


 若い研究員とは骨と皮だけになった遺体の分析を最初に受けた男のことである。アカシが二度目に行ったときは忌引で会えず、3度目は解雇、そして最後は死体になっていた。


「今朝、刑部省の役人から連絡があった。滝で身投げされているのがみつかったそうだ。」


アカシは明らかに生き消沈した。


「ヌエが出てただでさえ厄介なのに、手がかりさえも消えたのか……」


「どうする、サヨ師範が言ってただろ?」


「何が?」


「あの上級研究員を落とせって」


「本気か?」


「でもお前、調べてただろ、上級研究員のことを?」


アカシは人足を使って研究員の行動を調べさせていた。


二人は顔を見合わせた、その目には黒い企みが揺らめいていた。



69

上級研究員は黄色の位階であった、研究所では実務を取り仕切る立場に当たる。朝8時に出勤し5時に帰るという典型的な宮仕えの生活をしていた。アカシとモリタはヌエの捜索と並行して上級研究員の生活を監視した。


 仕事が終わると上級研究員は白衣から着替えて街のほうに向かって歩き出した。明らかに自宅とは異なる方向である。研究員は人の目を気にしながら街の奥へと進んでいく。立ち止まって左右を確認すると門をくぐった、そこは色町であった。


「お客さん、どうですか? いい娘がそろってますよ。」


 客引きが袖を引いて店のほうに誘う。上級研究員は面倒臭そうに払いのけた。そんな時である、ひときわ目の引く遊女が研究員の前を通った。憂いのある瞳、すっとした鼻筋、濡れた唇、そして何よりくびれた腰と開かれた胸元、研究員は瞬時にして目を奪われた。遊女は怪しげな目を研究員に向けると路地のほうに消えていった。


『よし、今日は、あの女だ』


研究員はつばを飲み込むとイソイソと女の後を追った。


「今の女、遊女はどの店だ」


研究員は血走った目で客引きを問い詰めた。


「あっちでございます。」


そう言うと小さな茶屋を指差した。上級研究員は小走りに向かった、そこには先ほどの遊女がいた。


「あら、お客さん、いらっしゃってくれたんですか?」


「いくらだ、いくらで抱けるんだ?」


研究員は異常に高ぶっていた。


「2階に来てください、そこでお話ししましょう」


女はそう言うと小気味のいいリズムで階段を上がっていった。


                        *


 研究員は階段を駆け上がるとふすまを開けた。女が妖艶な笑みを向けている、もう我慢できなかった、研究員はむさぼりつくようにして遊女に抱き着いた。


その時である絶妙のタイミングで隣のふすまが開いた。


「これは、こんな所で、お目にかかるとは」


アカシはわざと大きな声を出した。


上級研究員は目が点になっている。


「まあ、時にはひと肌も恋しくなりましょう、仕事のストレスもあるでしょうし……でもあなたはたしか……奥方と娘さんがいたんじゃ?」


上級研究員の顔がこわばった。


「あなたの奥さんは赤の位階ですよね、黄色の位階の旦那さんが女郎を買っているとなると、どんなことになるんですかねぇ」


 貴族の位階は絶対である、下の位階の貴族が上位の貴族を裏切れば確実に粛清される、それは夫婦間といえどもだ。上級研究員はワナワナと震えだした、それは怒りではなく明らかに恐怖であった。


「頼む、このことは、このことは妻に言わんでくれ!!」


「いや、どうかな……」


アカシは大仰に言った。


「何でもする、何でもする、頼む!!!」


「捜査に協力してくれなかったしな~」


アカシはこれ見よがしに言った。


「わかった、何でもする、何でもする、何でもする!!」


こうしてアカシは上級研究員から隠された事実を引き出すことに成功した。


                      *


「私が漏らしたこと内密にしてくれ!!」


「どうだかねぇ、茶屋の話は秘密にできるけど、研究所の話はねぇ~」


「頼む、身の破滅だ、身の破滅だ……」


 研究者としては優秀なのだろうが人間としては木端役人程度の精神しか持ち合わせていない。アカシはあまりに追い詰めると自殺すると思いそれ以上は詰めないようにした。


「帰っていいぜ、このことは俺達だけの秘密だ」


「本当か?」


「ああ、本当だ」


アカシがそう言うと上級研究員は脱兎のごとくその場を逃げ出した。


研究員が階段を下りるとアカシは隣の部屋にいた遊女に声をかけた。


「聞いたか、モリタ」


「ああ、まさかそんなことがあるとはな……」


二人はため息を漏らした。


「大学校がらみとはな。サヨ師範の読み通りだ。」


「結界の内側から妖魔が出てくるとは、こっちもお手上げだぜ」


アカシとモリタの目には闘志が沸いていた。


「しかし、お前の芝居は凄いな……まさか遊女に化けるとは」


「しょうがねぇだろ」


「でも、俺、ちょっと興奮したかも」


モリタはアカシを睨み付けた。



70

討伐隊の詰所にはサヨ、モリタ、アカシの3人がいた。これまでの経緯を図にしながらまとめている。


「やはり、研究所の連中が関与していたか」


サヨはアカシとモリタの報告を受けて静かに言った。モリタとアカシは深くうなずいた。


「話をまとめてくれ」


サヨがそう言うとモリタが説明し始めた。


「上級研究員が言うにはアカシが見つけた死体を襲った妖魔、生徒二人を襲った妖魔、そして新たに現れたヌエ、すべて研究所が関連しているそうです。」


「関連している、どういう意味だ」


サヨは厳しい表情で尋ねた。


「研究所の地下には特別な倉庫があってそこには妖魔の標本が置かれているそうです。その中でも特別な標本、生標本というのが今回の騒動の核心です。」


「生標本?」


「いまだ力を失っていない妖魔の標本だそうです。」


「そんなものが置かれているなど正気の沙汰ではないぞ!」


サヨの怒号が飛んだ。


「我々もそう思います。ですが、研究所の連中はその標本を用いて何らかの実験を行ったようなのです。」


「その実験とは何だ?」


「その点に関しては上級研究員も知らなかったようです」


「ただ一つ分かっているのはその実験が失敗したということです。」


「その余波が現在の状況を作り上げたというのか」


アカシとモリタは頷いた。


「生標本を用いた実験……」


サヨは押し黙った。


「それからアカシが見つけた抜け殻になった死体は、実は研究員の1人だそうです。」


「どういうことだ?」


サヨはモリタの顔を厳しい顔で見つめた。


「上級研究員が言うには4名の研究員がその実験にかかわっていたそうです。そのうちのひとりが抜け殻のような死体となって発見。そしてもう一人は……」


「まさか、一昨日、滝つぼで見つかったという死体は」


「そうです、実験の関係者です。」


サヨの顔が曇った。


「関係者が死ぬとなると……残り2人を見つけるしかないな」


アカシが頷いた。


「その2人とは誰だ?」


モリタが関係者の名を上げた。


「一人はわからんが、もう一人はわかるぞ。生徒の兄だ」


サヨの目が輝いた。



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