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第二十八話

63

そこでの光景はありえぬものが展開されていた。血だらけになったノノが茫然としている。その正面には首のない緑鎧がだるまのようにして地面に鎮座していた。


「一体何が……」


 女男がそう思った時、頭上を影が横切った。女男の目に入ったものは顔が老翁、体躯は虎、尾に毒蛇の化け物であった。4m近い全長、太い手足、そして異常に発達した爪、人とも動物とも思えぬ鳴き声は頭の内部だけに響く異様なものだった。


「ヌエじゃないか!!」


 恐怖に駆られた女男は弟の亡骸も構わず一目散に逃げ出した。だが、ヌエはそれを許さなかった。跳躍すると女男に一撃を放った。


「痛い、イタイ、溶ける、体が溶けていく~」


 ヌエの尾についた毒蛇が放った体液は女男の体を溶解した、女男の左半身は骨さえ残さず消えていた。見るも無残な死にざまである。

 

 ヌエはその姿を見ると再び緑鎧に近づきその骸をあさり始めた。ヤミカジの創った鎧が紙を破るようにして爪で裂かれていく、その様子を見たシゲは腰を抜かしてしまった。


『無理だ、あんなの……』


力が全く入らなかった。


                         *


 その時である、疾風のごとく影が動いた。何とサモンである、女男が死んだために術が解けたのだ。サモンはノノを助けるために駆け付けた。


「ノノさん、さあ、速く!!」


 サモンはノノの肩をゆすった。ノノは急に現実に引き戻され、よろめきながら立ち上がる。だが、ヌエは二人を見逃さなかった。逃げようとする二人の前に立ちはだかった。


 ヌエが咆哮するとノノは再び凍りついたように動けなくなった。だがサモンはひるまなかった。


「ここで負けるわけにはいかないんだよ!!シゲ、緑符でつなぎをつけろ」


 シゲは腰を抜かしていたが上半身は自由がきいた、サモンに言われた通りつなぎをつけた。


「ノノさん、さあ、速く、」


ノノはサモンに支えられて何とか歩き始めた。


だがその2人に向けてヌエは容赦のない一撃を放った。


『どうにでもなれ!!』


サモンはノノを守るべく体を張った。



64

ヌエの爪はサモンの背中を切り裂いた、


「サモン!!」


ノノはサモンの返り血を浴びて正気を取り戻した。


「しっかりしろ、サモンしっかりしろ!!」


サモンは力を振り絞るとシゲに話しかけた。


「シゲ……ノノさんを……」


サモンに言われシゲは懐に入れていた符のことを思い出した。


『親方がくれたやつだ』


見廻りが始まったとき『もしも』のために親方が持たせてくれた符のことである。


 シゲは這いながらノノに近づくと符を破った。明るい日差しの中を粉雪が舞った。その粉雪がシゲたちを覆うと2人の姿は瞬く間に掻き消えた。



65

あれから半日が過ぎていた。シゲとノノの二人はヌエに襲われたこと、ヤマネ3兄弟に襲われたことを討伐隊の詰所で報告していた。


「サモンはどうなったのですか?」


アカシとモリタは沈黙した。


「どうして黙るのですか?」


ノノは感のいい娘である、二人の沈黙が何を意味しているか気づいていた。


「まさか……死んだのですか……」


「そうではない……」


アカシが答えるとノノが食い下がった。


「ではどういうことですか!!」


モリタが重い口を開いた。


「厳しい状態です、ヌエの毒液が体に入ったらしく……目を覚ますかどうか…」


そんな中、サヨ師範がやってきた。ノノを見ると近づいた。


「診療所に言ってサモンの様子を見てきた。」


ノノはサヨを見た。


「厳しい状態だ、場合によっては二度と目を覚まさんかもしれん」


「そんな……」


ノノは自分を助けようとしたサモンを思い返し体を震わせた。


その時である、サヨはノノにススッと近寄るとその頬を思い切りひっぱたいた。


「痛いか、ノノ。サモンはもっとつらいはずだぞ」


サヨに睨まれたノノははっと我に返った。


「今、お前ができるのはサモンの仇を討つ手助けをすることだ。つらいのはわかっている、だがそれでもやらねばならぬ。それが青の貴族の務めだ」


サヨの言葉は辛辣であったがその通りでもあった。


                      *


一方、シゲも討伐隊の詰所で状況の説明をしていた。


「ヌエといったのか、その妖魔は?」


「はい、ヤマネ3兄弟の1人がそう言ったのを聞いていました。」


 シゲの調書を取っていたモリタが明らかに『マズイ』という表情を見せた。警備の手数が少ない現状でヌエが市中に現れればパニックになること必定である。


「ヤミカジ、お前はどうやってヌエから身を守ったんだ?」


「親方から渡されていた符を持っていたので、それを使いました。」


「そうか、なるほどな。しかし、幸運だったな」


「でも、サモンさんが……」


 シゲは正直なところあまり貴族が好きではなかった。貴族の学舎もできることならやめたいと思っていたくらいだ。だがサモンが見せた行動はシゲが持っていた貴族に対するイメージを変えるものであった。


「サモンさんは立派だったと思います、僕は腰が抜けて何もできませんでした。」


モリタは何とも言えない表情を見せた。そんな時であった、ノノとサヨ師範が部屋に入ってきた。


「両者の見たものの整合性を取ろう。」


サヨ師範が言った。


                       *


 調書の作成はシゲとノノの同時進行で行われることになった。目撃情報、とくに当事者の場合はその証言を疑わざるを得ないケースが生じる。自分自身が必死になっているため客観性を失っているためだ。シゲとノノの言動を突き合わせ状況を確認することで事実関係を整理しようとした。


「なるほど、そういうことか」


アカシもモリタも納得したがヌエが現れたという事実は何事にも勝る凶報であった。



66

シゲが帰ると親方がキセルをふかしていた。


「今、戻りました。」


「ヌエが出たんだって?」


親方は討伐隊の人足から概要をすでに知らされていた。


「はい、親方の符のおかげで助かりました。でも……」


「でも何だ?」


「サモンさんが、貴族の1人がやられて……」


「死んだのか?」


「かなり厳しいと……」


「そうか……」


親方はそれ以上尋ねなかった。


「飯を食ったら風呂に入って寝ろ。とにかく心身ともに休めるんだ。」


                         *


 シゲは親方の言った通りにその夜を過ごそうとした。だがあまりの興奮に寝付けず悶々とした時間を過ごしていた。


 厠へ行こうとすると工房の明かりがついていた。シゲは気になり工房に向かった。


「寝つけんか?」


ヨヘイに尋ねられたシゲは頷いた。


「こっちに来い」


ヨヘイはそう言うと研磨していた刀をシゲに渡した。


「削ってみろ」


「いいんですか?」


「こういう時は仕事が一番だ。それにこの刀はお前が打ったやつだ、自分ででき具合を確かめるのもいい経験になる。」


刃を渡されたシゲは全体を見渡した。


『これがおれの打ったやつか……』


魔晶石を焼き付けた刀身は独特の光を放っていた、青とも淡い紺ともいえる。


「棚から5番の砥石をとれ。」


 親方は5つの砥石を目の粗いものから順に番号で管理していた。一見どこにでもあるような砥石だが魔晶石を焼き付けた刃を研磨するための特別な道具だ。シゲは5番の砥石を足元に固定するように言われた。


「研いでみろ、ざらついた表面だけを削ぐ感じだ。」


シゲは言われた通りにした。


「ゆっくりでいい、とにかく力を入れるな。削りすぎると今までの努力がパーだぞ」


親方の研いでいる作業は毎晩のように覗いていたが、やはりやるとなると違っていた。


「そのぐらいでいい、次は3番の砥石だ」


 シゲは3番の砥石を取った。色は5番と同じだが明らかに目が細かくなっている。


「同じように砥げ」


 この3番の作業は5番の砥石の作業の延長戦のためさほど苦労はなかった。だが、想像以上に削れるスピードが遅い。シゲは早く仕上げようとスピードを上げた。


「駄目だ!!!」


久々に親方に一喝された。


「3番の砥石は触った感じよりも深く削れる、触ってみろ!!」シゲはそう言われ磨いた部分を触ってみた。


『削れてる……』


シゲは純粋に驚いた。


                        *


 シゲはこの後、親方の言われた通りに削り3番の砥石をつかった作業を丁寧に行った。


「いいだろう、マズマズの出来だ。今日はこのくらいにするか。」


心地よい疲れがシゲを包んでいた、研磨を終えて布団に戻ると急に睡魔が訪れた。



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