第二十四話
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結局、親方は説得された。サヨに連れられシゲは神社省の社務所に向かうことになった。
「社務所に入れるのは高級貴族とヤミカジだけだ。平民どころか一般貴族も社をくぐることは許されていない。だが、お前たちなら中に入れる。中の人間とはつなぎをつけてある、その人間を頼りに鏡の間に入れ。そして鏡に映るものをその目で見て来い。」
「えっ、ヤミカジも社務所に入れるんですか?」
「ああ、お前の家には鍛冶の神に祈りをささげるための神棚が置かれているだろう、あれは特別なもので神社省の許可がなければ置けないものだ。説明すれば長くなるがヤミカジは神社省との兼ね合いがある。」
シゲは『そうだったのか』という表情を見せた。
「鏡の間にある鏡には妖魔を見通す力あるといわれている。かつて嘉悦帝もその力を借りて妖魔討伐を成功させている。」
サヨ師範早口にしゃべった。
「私は何をすれば?」
ノノが尋ねた。
「手続き上、高級貴族の書類が必要になる。お前はその必要書類を記入する役だ。ノノが書類を書いている間にシゲ、お前が鏡を覗くのだ」
「えっ??」
サヨの作戦はノノが書類をかいているうちに鏡の間まで行き、そこにある鏡を覗くという、いわば盗み見作戦である。
「心配するな、手引きをしてくれる人間がいる。」
「それ、大丈夫なんですか?」
サヨは頷いた。
かなり不安ではあったが結局、シゲは盗み見作戦の実行役となった。
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神社省の社務所は無駄のない装飾が施された社殿建築でじつに簡素であった。二人はその入り口に足を踏み入れた。
「すみません、札とお守りを頂きに参りました。」
ノノがそう言うと奥から神職の男が出てきた。柔和な顔をした老人でシゲとノノを見た。
「かしこまりました。では必要な札とお守り記入していただきます。今、書類を持ってまいりますのでしばしお待ちを」
老人はそう言うと奥に向かった。
そんな時であった、入り口のほうから声をかけられた。巫女姿の女子が手招きしている。シゲと年齢はそんなに変わらないだろう。髪を無造作に束ねて後ろに流していた。
「こっち、こっち、速く、速く!!」
巫女はシゲを急かした。
「鏡の間は本殿にあるの、拝殿の中を通って一番奥にある小さな社が本殿よ、その中に鏡があるから。今の時間なら誰もいないから大丈夫。」
巫女はそう言うとシゲを案内した。
「あんたヤミカジなんでしょ?」
「そうだけど」
女の子はシゲの顔を覗き込んだ。
「平民顔よね」
「それ、どういう意味?」
「別に」
巫女は何気ない感じで答えているがシゲが気になるのだろう、拝殿に行くまでの間チラチラとシゲのことを見ていた。
*
拝殿に着くと巫女はシゲに入るように促した。
「この先は私たちでは入れないの、じゃあ、行ってきて」
『ずいぶん乱暴な感じだな、巫女ってあんな感じなのか……』
シゲは促されるままに進んだ。
拝殿の前には狛犬が対になって鎮座していた。神社では当たり前の景色だが何か普通と違う感じがした。先ほどの巫女は石段の下からのぞくようにシゲを見ている。
『変な感じだな…まあいいか』
シゲはそう思うと足袋を脱いで拝殿に足を踏み入れた。
*
本殿は拝殿の奥に位置した小さな社である、シゲはその社の中にある鏡の間に行かねばならない。
「本当に誰もいないな……」
拝殿は色々な部屋が置かれていた。祭司や拝礼を行うための部屋が複数あり、かなりの面積がある。正面から見た時よりもはるかに広い印象を受けた。
『ここかな』
拝殿を抜けると枯山水の庭がありその中心に社があった。なぜか懐かしい感じのする空間であった。
その時である、シゲの前に突然、双子の老婆が現れた。
「お前は誰じゃ?」
双子の老婆は全く同じタイミングで話しかけた。
シゲは思わず本当のことをしゃべってしまった。
「僕はヤミカジのシゲといいます。」
「シゲというのか?」
「はい」
「何をしに来たのじゃ」
「はい、鏡の間にある鏡を見に来ました。」
双子の老婆は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「なぜ、鏡を見たいのじゃ?」
「実は、鏡の力を借りて妖魔の情報を得ようと思いまして…」
「ほんに、正直な」
双子の老婆は相変わらず同じタイミングでしゃべる。
「鏡を見てもいいでしょうか?」
「構わんよ」
「すいません、ありがとうございます。」
シゲがそう言うと双子の老婆は道を開けた。
53
シゲは社の前に立ち引き戸を開けた、そこには無色透明な石鏡が置かれていた。水晶とも金剛石ともおもえる。
「きれいな、石鏡だな」
思わずシゲはひとりごちた。
シゲの隣にはいつの間にか先ほどの双子の老婆が立っていた。
「シゲ、見えるか」
「いえ、見えません」
「そうか」
二人の双子はクスクスと笑った。
「どうやったら見えるんですか?」
双子は大きな声で笑った。
「お前は、ほんとにおもしろいのぅ。正直すぎて……」
双子は笑う時も同じリズムで笑う、傍から見れば気味が悪いのだろうがシゲにその余裕はなかった。
「よかろう、教えてやる。魔晶石を使って初めての仕事をやり遂げた褒美だ」
双子は口をそろえてそう言うとシゲに息を止めて目をつぶるように言った。シゲは言われた通りに目を閉じた。どうやら鏡に像が映るわけではないようだ。
*
その時である、シゲの全身に軽い衝撃がはしった。その衝撃が薄れると直接脳内に映像が浮かんだ。
それははっきりとしていた、黒い影である。黒い影は人とも獣とも判別がつかなかったが妖魔であることは直感的にわかった。その影は暴れまわると人を襲った。貴族を後ろから襲うとその血肉を吸い取った。
そのあと猛然と飛び回ると新たなニエを探した。新たに襲われたのは行方不明になった二人の生徒であった。一人は丸呑みにされ、もう一人は首を折られて絶命した。その後、黒い影は生徒の遺体を抱えて丘の方向に向かった。
『あの丘、あそこじゃないか。』
シゲが思うや否や別の映像が脳内に押し寄せてきた。それはさっきと全く違う映像で妖魔と思しきものは映っていなかった。時折、学舎や討伐隊の詰所が映ったり、そうかと思えば貴族の住宅地が映ったりしている、シゲには何が何だかわからなかった。
その次に映ったのは見たこともない場所だった、研究所とも実験所ともいえる雰囲気で白衣に身を包んだ人間が何かをしていた。
『どこだろう、ここ?』
シゲはそう思ったが急に視界がぼやけてた。
「これで終わりじゃ、目を開けよ」
シゲはそう言われ目を開けた。
「すいません、教えていただいてありがとうございます」
シゲは双子の老婆に感謝するべくそう言ったが二人はその場にいなかった。
「あれ、どこ行ったんだ?」
シゲは不思議におもったが鏡の間の引き戸を閉めて引き返した。
*
「ちょっといつまで待たせんのよ!!!」
巫女の女子がかなりの剣幕でまくしたてた。
「ごめん、よくわからなくて」
シゲの様子を見て巫女は責めるのを止めた。
『駄目だ、こいつ母性本能くすぐるタイプだ』
巫女がそんなことを思ったときシゲが口を開いた。
「親切な双子のおばあさんがいて、その二人が鏡の見方を教えてくれたんだ」
「はっ、何言ってんの、あんた?」
女の子は痴呆の老人を見るような目でシゲを見た。
「いや、だから双子のおばあさんが……」
「そんな人いないわよ」
「えっ?」
「だからいないって、そんな人、ここにおばあさんはひとりもいないの!」
二人は微妙な面持ちで社務所のほうに向かった。
*
「ねぇ、なんか見られてる感じしない?」
シゲは頷いた、何か背中に視線を感じる。
「こんなの初めてなんだけど…」
巫女が振り替えった、視野には狛犬しか入っていない。
「う~ん、変な感じ」
シゲも振り返った、なぜわからぬが狛犬が『ニヤリ』と嗤った気がした。