第二十三話
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それは突然の凶報であった、緑符に書かれた内容を見たアカシとモリタは大きなため息をついた。
「討伐隊の遠征が1週間伸びるとは……」
「よわったな……」
警備に回る討伐隊のほとんどが宮中の警護についているため市中の守りはかなりうすい。狩人という傭兵を20名ほど雇ったがそれで事足りるかもわからない。さらには行方不明の2名を探す仕事もある。二人の隊員は手一杯の状態に四苦八苦していた。
「限界だな……」
「ああ」
二人ともまともに睡眠をとっていない、仕事の効率は落ち単純ミスも増えてきた。
「傭兵のトラブルもあるしな……」
無銭飲食、色町での狼藉、妖魔捜索以外の問題が増え、残りの隊員たちも疲労困憊であった。
「お前が見つけた抜け殻みたいになった遺体の分析もわからずのままなんだろ?」
「ああ、研究員の話では妖魔の残滓が出ないとよ」
アカシは他人事のように話した。
「少し整理しよう」
モリタが言った。
「結界をすり抜けてきた下等妖魔が犬に憑き、色町の女を食い殺した。」
「そうだ、その件は解決している。」
「お前が見つけた抜けがらになった遺体は研究所で分析したがその残滓は出ず」
「そうだ。」
「そして町で出た黒い妖魔……」
「平民の話では黒いということ以外は定かでない」
「最後に二人の生徒が行方不明」
二人ともため息をついた。
「この黒い妖魔と生徒を襲った妖魔は同じなのか?」
「わからん、残滓がなくては比較ができん。」
「結界にもほころびはない。妖魔は結界内から発生しているのか?」
そんな話をしていると緑符が白く変わった。
「狩人の奴、また面倒おこしやがった。」
そう言うとアカシは詰所を出て馬に乗った。
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アカシが問題を起こした現場に行くと緑鎧で身を固めた巨漢が佇んでいた。その足元には両足があらぬ方向に曲がった女郎が倒れていた、女郎は息も絶え絶えになっている。
「お客様にお帰り頂こうとしたら、急に暴れだしまして……」
話しているのは女郎屋の主人だ、真っ青な顔をしている。
「これはどういう了見か説明いただこう。」
今までの無法な行いの中でもこれほど酷いものはなかった。女郎といえども客を選ぶ権利は認められている、今回のありさまはそれを無視していることは明白であった。
緑鎧の巨漢は黙ったままだ。アカシと巨漢との間でにらみ合いが続いた。
「これは、これは」
薄ら笑いを浮かべて現れたのは背虫男である。ヤマネ3兄弟の長男であった。
「弟が起こした不祥事、私のほうでケジメを取らせていただきます。」
背虫男はそう言うと懐から金子を取り出した、かなりの額である。青ざめていた店主の顔が一瞬にして変わった。
「なんと、お客様、ありがとうございます。この件は示談にいたしますので」
金に目がくらんだ店主はアカシを無視して話を進めた。
「示談ということでございますので、この件は終わりということで」
背虫男はアカシに向かってそう言った。
通常なら暴行の現行犯で逮捕、刑武省の役人に引き渡すのが筋だが、色町には独特のルールがある。すなわち『色町の門をくぐって生じた問題は金で解決できる』という暗黙の了解だ。
アカシは女郎を見た。
「女、どうする?」
女はちらりと店主を見ると押し黙った、売られた女に選択肢はないのだ。
「では、これでこの一見は落着ということで」
憤懣やるかたなし、アカシは唇を強く噛んで踵を返した。
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シゲの打つ刀剣は最後の段階に入った。魔晶石を振りかけ、『焼き』を入れる作業だ。親方はシゲの作業を見守っていた。
「そうだ、まんべんなく振りかけろ。」
親方の表情は厳しい。
「そのままだ、そうだ。焼き付けろ!!」
親方の指示の下、シゲは魔晶石を振りかけた刀剣をゆっくりと炉の中に入れた。高温に熱された刀剣が七色の焔を上げながら焼けていく。赤、橙、黄と色を変え最後に緑に変化した。
「そのままだ」
親方に言われた通り『焼き入れ』の作業を続けると今度は刀剣の色が緑、黄、橙、赤に逆転していく。
「よし、いいぞ。水につけろ!!」
シゲが刀剣を桶の中に入った水につけた。親方は桶の中の刀剣を観察すると一言発した。
「いいだろう、焼き入れは終わりだ。」
シゲはほっとした。前回は途中で気を失いどうなったかわからなかったが、今回は最後までやりきることができた、シゲの中で小さな自信が沸いた。
*
その日の夕餉は豪華な一品が登場した、ミソ漬けした豚を炙った西京焼きである。ヤミカジは工房に入って仕事をするとき肉と魚の一切を絶つ。神聖なる鍛冶場では獣肉がご法度だからだ。
食事が始まるとシゲはものも言わずに食べた。肉に食らいつき、飯をかきこんだ。3杯ほどお変わりしてやっと落ち着いた表情を見せた。親方はその様子を見て満足していた。
「あとは仕上げの研磨をして出来上がりだ。どうする、やってみるか?」
シゲは頷いた。初めての研磨である、職人として一歩を踏みしめる感じがした。
*
そんな時であった、玄関の戸を叩く音が聞こえた。
「どちら様ですか?」
シゲが戸をあけて確認するとサヨとノノの二人がいた。
親方が怪訝な表情を見せて出てきた。
「何の用ですか?」
「とりあえず、入れてくれんか」
そう言うとサヨはズカズカと入ってきた。
*
シゲはサヨとノノにお茶を入れた。
「何のことはない、ヤミカジの力を拝借したい」
「研磨が残っているんで、それが終わってからじゃねえと仕事は……」
親方が言うや否やサヨが切り返した。
「そうではない、力を借りたいのはシゲのほうだ」
シゲは何のことかわからず怪訝な表情を見せた。
「現在、妖魔が跋扈しておるのはお前も知っておろう?」
親方は頷いた。
「実は神社省の力を借りることとなった。」
親方の顔は『まさか!!!』という表情を見せていた。
「そのまさかだ」
サヨは淡々と話を続けた。
神社省は浮世との関わりを一切持たない特別なところである。妖魔が出ようが死人が出ようが全く関係ない、超然とした機関だ。
「事件解決の糸口がない以上、やむを得ない。特殊なやり方だが……これしかない。」
サヨはそう言うと親方の説得に入った。