第二十二話
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結局、見廻り組に残ったのはサモン班だけであった。講堂には彼ら以外は誰もおらず乾いた雰囲気が覆っていた。3人が見廻りの用意しているとアカシとモリタとはことある人間が現れた。
「今日の見廻りは私が同行する」
サモンの顔が引きつった。
「ルートは昨日と同じだ。ではサモン、班長として指示を出せ」
同行するのはサヨ師範であった。
*
4人での見廻りは初めてである、ルートは変わらないが2人の行方不明者が出たとあって緊張感が違った。
サヨ師範は薙刀を手にしている。長さは約四尺半、紅色の柄に六角の石突がついていた。
「師範、その薙刀はどうなっているのですか?」
ノノが尋ねた。
「形はお前たちが稽古で使うものとほとんど変わらん。だが刃はヤミカジが打ったものだ、その辺のナマクラではない。」
ノノはしげしげと薙刀を見つめた。
「諸君、魔晶石の確認を!」
サモンは班長らしく雄々しく言った。
「異常ありません」
「問題なさそうだな」
サヨ師範が言った。
「師範、質問があります」
「何だ?」
「下等な妖魔は健常人を襲わないと習いましたが?」
「そんなことはない、かつては当たり前にあった。現在は嘉悦帝の結界がある故、襲うことができないだけだ。」
3人とも沈黙した。
『ではなぜ2人の生徒が行方不明になったのか?』
素朴な疑問であった。すでに結界が機能していることは確認されている、妖魔が結界内で跋扈しているとしか考えられない。
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見廻りが無事に終わり学舎に戻るとサヨがシゲに声をかけた。
「シゲ、ヨイチの所にこれを持って行ってくれ」
比較的大きな風呂敷である。中には医療用の一式がそろっていた。
「体調を聞いて明日、報告してくれ。」
「あの、私も行っていいですか?」
ノノが言うと「構わんよ。」とサヨは答えた。
ノノとシゲが二人っきりになるのは嫌なのでサモンも同行した。
*
ヨイチは打撲の腫れがまだひかず畳の上に座り込んでいた。
「わざわざ、こんなむさくるしいところにお越しいただき申し訳ありません。」
ヨイチは位階の高い二人が来たので平身低頭した。
「気にしなくていい、それよりサモン、ヨイチの手当てをしてやれ」
「え??」
手当などしたことがないのでサモンは素っ頓狂な顔をした。
ノノは『しょうがない』という表情を見せヨイチの手当てを始めた。シゲの持っていた風呂敷を開くと軟膏と包帯を取り出した。腫れている太ももの部分に鎮静作用のある軟膏をたっぷりぬりこみ、その上から包帯を巻いていく。ノノの手際の良さにシゲは驚いた。
一方サモンは手当してもらっているヨイチを何とも言えない表情で見ていた。嫉妬とも羨望ともとれる。
「これでいい、この位の腫れなら今日一晩休めば歩けるだろう。学舎に来たら医療室で手当てしてもらえ。そうすれば1週間ほどでなんとかなる。」
そんな時であった、ふすまが開いた。
「駄目だ、チヨ、お客さんに失礼だろう」
チヨと呼ばれた女の子は昨日の娘である。クリクリした目を瞬かせて3人を見ていた。
「あら、かわいい女の子。」
ノノが手招きした。チヨは恐る恐るだがノノに近づいた。
*
最初は緊張した面持ちだったがチヨはすぐにノノに心を許した。
「お姉ちゃん大好き!!!」
チヨは満面の笑みを見せてノノに抱き着いた。
『いいなあ、チヨちゃん、俺も……俺も…』
サモンは指をくわえて見ていた。
そんな時である、ノノが風紀長としてヨイチに質問した。
「ヨイチ、お前が黄貴族の3人に虐げられているのは知っている、だがなぜ報告しないんだ。報告がなければ学舎側でも対応はできんぞ。」
ヨイチは下を向いた。
「それとも……ヨイチ、何か弱みがあるのか?」
ノノの質問はいきなり核心をつくものであった。
ヨイチはしばしの沈黙の後、話し出した。
「私の父がタキ君の部下なんです。タキ君の父君は商いを取り仕切る立場です。私の父は頭が上がりません。」
「父親とお前とは別だろ、関係ないじゃないか」
サモンは憤った。
シゲは商業地の見廻りの時、上役の貴族にどやされていた下級貴族の事を思い出した。
『確かタキ様って……ひょっとしてあの白の貴族はヨイチさんの父君じゃ…』
シゲがそんなことを思い出した時、ヨイチは核心をつく内容を吐露した
「そうもいかないんです……父がタキ様にお金を借りているんです。」
一同、重い沈黙に包まれた。貴族の位階の違いから生じる『虐げ』はどの階級間でもあるがそこに金銭が絡むとは思いもよらなかった。
「母が倒れた時の医療費を立て替えてもらったんです。」
いかんともしがたい内容であった、3人は黙るほかなかった。
厳しい現実に縛られるヨイチは気の毒だと思ったが学舎の生徒でどうにかなることではなかった、ノノもやむを得ないという表情を見せた。
「ではそろそろ暇乞いしよう…」
ノノが話を切り上げ解散となった。帰り際にチヨが家から出てきた。チヨの年齢ではまだ大人の事情は理解できない、無垢な幼女が手を振る姿は3人にとってつらいものがあった。
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翌日からシゲはヤミカジの仕事があるため再び学舎を欠席した。先日と同じく刀剣の製造である。
一方、親方はヤマネ3兄弟の武器を研磨していた。一つは鉤手、異様に長い爪は数多くの妖魔を倒してきた瘴気が浮かんでいた。もう一つは金槌、重さが10kg近くある。普通の人間なら武器として活用することはためらう代物だ。
「親方!」
「何だ?」
「槍を研いだ時みたいになるんですか?」
「ならん、あの槍は別物だ。」
親方はきっぱりと言い切った。
「この爪と金槌は普通のヤミカジの打ったものだ。この程度の武器ならアテラレルことはない。」
実際、親方は難なく研磨の作業をこなしていた。リズムよく仕事をこなす親方の所作は見ていて飽きがこなかった。
一方、シゲは自分のやるべき仕事に精を出した。前回と同じ作業だが、手を抜くことなく一つ一つ仕上げていく。時間はかかるが丁寧に扱うことで確実に工程をこなしていった。親方はその姿を横目で見ながら多少なりとも成長しているシゲの姿に変化を感じていた。
『あんなに小さかったのにな……もう10年もたつのか……速いものだな』
シゲが汗を垂らして刃を創る様はヨヘイにとって感慨深いものがあった。