第二十一話
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シゲは店までルリを送り届けると、帰路についた。
『あれ、あそこ灯ってるぞ?』
いつもは使われていない討伐隊の詰所に明かりがついているのにシゲは気付いた。別に用件があるわけではないが、なんとなく気になり近寄ってみた。
その時であった、引き戸が開きサヨ師範とヨイチが現れた。
「おう、ヤミカジ、お前、何をやってるんだ、ここで?」
サヨ師範に詰問口調で問われた。
「いや、別に……」
別に覗いていたわけではないので本当のことを話せばいいのだがシゲはしどろもどろになっていた。
「まあ、いい、明日になれば皆知ることになるだろうし。」
サヨ師範は歩きながら話し始めた。
「今日、ロ班が帰ってこなかったことは知っているな。」
シゲは頷いた。
「妖魔に襲われたんだ」
シゲの目は点になっていた。
「ヨイチは運よく助かったが、残りの二名は行方不明のままだ……」
サヨ師範は苦い顔で続けた。
「私はこれから行方不明の二人の家族の所に行かねばならぬ、シゲ、ヨイチを送ってやってくれ。」
サヨ師範はそう言うと暗闇に中に消えていった。
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こうして驚くべき事実を知ったシゲはヨイチを送っていくことになった。暗がりで提灯の明かりしかないのだが、ヨイチの歩き方がおかしいこと、そしてところどころにあるアザが尋常でないことからヨイチが襲われたのは間違いなかった。
「大丈夫ですか、ヨイチさん?」
ヨイチはシゲの問いに答えなかった。
*
しばらく二人は無言のまま歩いた、そんな時である急にヨイチが口を開いた。
「俺のせいなんだ、俺が……もっと早くに気付いていれば」
ヨイチはかすれ声を出していた。
シゲには何があったかわからないが、ヨイチが罪悪感に苛まれているのは想像に難くなかった。小刻みに震えながら下を向いている姿は気の毒に思えた。
シゲはヨイチが歩きづらそうなことに気を遣いおぶることにした。
「すまん……」
ヨイチは泣いていた。
*
貴族の住居というのは階級で甚だしく違う。殿上人と呼ばれる青の位は寝殿造りの住居と花鳥風月あしらった庭で構成されている、学舎を小さくしたような感じだ。一方、下級貴族の住居は平民の住む長屋とあまり変わらずお世辞にも贅沢な造りとは言えない。シゲの住む家のほうが立派であった。
「ここでいい、ありがとう。」
ヨイチはそう言うと足を引きずりながら長屋の引き戸を開けた。引き戸を開けると小さな女の子が出てきた。おかっぱ頭にクリクリした目、実にかわいらしい、まだ6歳にも満たないだろう。
「にいちゃん」
女の子は心細かったのだろう、ヨイチを見ると泣き出した。
「さあ、ご飯を作ろう」
ヨイチはそう言ったが打撲した足で難儀していた。シゲは出過ぎたまねかとおもったが手伝うことにした。
「兄ちゃん、この人、だあれ?」
「この人は学舎の友達だ」
女の子はちょこんとお辞儀した。
「俺、手伝いますよ」
シゲは料理に関しては親方に仕込まれているだけあって、段取りが良かった。目についた野菜をざく切りにし醤油と砂糖で味付けした。小麦粉を水で溶き、適当な固さになると木製のお玉ですくった。
「すいとん作ってあげるからね」
女の子は興味津々に見ている。ヨイチもすいとんは知らないらしく同じ目で見ていた。
*
「はい出来上がり!!」
シゲは20分足らずですいとんを作り上げた。
「平民の食べ物ですから口に合うかはわかりませんが」
女の子は箸に手を付けると醤油ベースのすいとんを口に運んだ。
「おいしい、にいちゃん、おいしい!!」
女の子はそう言うとそのあとは一切の口を利かず、すいとん汁を平らげた。
「じゃあ、これで僕は帰ります。」
「すまないな、ありがとう」
シゲは長居をすると失礼だと思ったのでそそくさと退散した。
『下級貴族はそんなにいい暮らしをしているわけじゃないんだな。それにしても二人が行方不明って、相当まずいんじゃないか……』
シゲは帰る道すがらそんなことを考えた。
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翌日の全校生徒を集めての集会は実にいたたまれない雰囲気に包まれた。
「昨日、見廻りに行ったロ班の生徒2名が行方不明になった。詳しいことは討伐隊から報告してもらう。」
学校長がそう言うとモリタが説明しだした。
「今、学校長からの説明を受けたように2名の生徒が行方不明となった。討伐の途中、妖魔に襲われたと考えられる。」
生徒たちに動揺の声が上がった。
「魔晶石の振動具合からすると下等妖魔に分類される。通常であれば何か問題が生じるレベルではない。」
モリタは淡々と話していく。
「夜の見廻りは我々討伐隊と狩人が行うが、昼間の見廻りは続行する。」
このモリタの言葉に見廻りに参加していた生徒から非難の声が上がった。
「そんなの困ります。」
「嫌です。」
「生徒が行方不明になったのは討伐隊の管理が甘かったのではないですか?」
「俺は死にたくありません」
「見廻り組、辞めて正解だったな」
さまざまな意見が罵声として浴びせられた。批判にじっと耳を傾けるモリタの姿はなんともいえないものがあった。
「諸君、平民を束ねる立場の貴族が己の事しか考えず、保身に走れば平民はどう思うだろうか、よく考えてほしい。それから見廻りに参加したくないものは別に出なくてもいい。これ以降は志願したものだけ見廻りに参加してもらう。」
モリタがそう言うと質問攻めにしていた生徒たちは黙った。
「実質、見廻り組は解散だな。」
サモンがシゲに耳打ちしてきた。
「そうでしょうね」
シゲも同意した。行方不明者が2人も出れば妖魔討伐の訓練を受けていない生徒など何の役にも立たない、当然と言えば当然であろう。
「これで俺とノノさんが愛を育む時間が……」
ノノに愛があるとは思えなかったがとりあえずシゲは頷いた。
*
いずれにせよ見廻り組は解散である、シゲは少しさみしくもあったが、これで日常に戻れることにホッとした。
午前の授業が終わり昼休みとなった。シゲはいつもの場所に言っておにぎりを食べようと思った。そんな時である、サモンがシゲの所にかけてきた。
「おい、シゲ、ちょっと来い」
「何ですか?」
「いいから来い!!」
サモンに連れられて講堂に行くとノノがサヨ師範に直談判していた。
「私は見廻り組を続けたいと考えています。」
「無理はしなくていい、青の位階のお前に何かあればこちらのほうのメンツが保てん」
「お言葉ですが、貴族の矜持をここで見せなければ、それこそ平民に悪い影響を与えることになります。」
ノノの言動には一理あるであろう、治安の維持は貴族の仕事だ。たとえ生徒という身分であれ、妖魔に恐れを見せるのであれば平民は彼らを嗤うだろう。
サヨ師範は思案した。
「この者たちも私と同じ考えです。」
ノノは目に入ったサモンとシゲを指差した。シゲはまさかの展開に頷くことも否定もできなかった。
「そうか……確かに志願制だ。お前たちがそう望むなら安全面の担保を計ることを条件に許してもいいだろう。」
こうしてサモン班は再び見廻りに参加することになった。サモンはノノと一緒に過ごせる時間が増えたので喜んでいるがシゲにとっては厄介ごとが増えただけだった。