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第二話

 シゲの家は街から離れた竹林の中にある。茅葺屋根で覆われた二階建ての家で、見た目は古いが名のある大工が立てたらしく造りはしっかりしていた。


シゲが引き戸を開けて土間に入ると、親方が囲炉裏の前でキセルをふかしていた。


「今、帰りました。」



「今日は、仕事はねぇから、ゆっくり休みな」


 親方はそう言うと再びキセルをくわえた。学校から戻るとその日の仕事について一声かけられる。昨晩は夜通しの手伝いがあったためシゲはほっとした。


 シゲは階段を上ると二階の部屋に向かった。二階の部屋は小さな机と衣服をしまうための箪笥が一竿あるだけで他は何もなかった。最近までこの部屋で親方の娘、ルリと一緒に生活していたがルリが13歳で奉公に上がるようになると部屋はシゲ一人で使うようになった。シゲは板間に落ち着くとと教科書を枕に横になった。


                         *


それから程なくして、


「シゲ、飯できたぞ!」


 親方の声が階下から飛んできた。シゲは飛び起きるとと階下に向かった。暖かい湯気と夕餉の香りがシゲの五感を刺激した。


「今日は鍋だ」


親方はそういうとシゲに箸と椀の用意をするように言った。


                         *


 囲炉裏の鉄鍋にはぶつ切りにした鳥、さと芋、大根が入っていた。ミソ味の鍋がグツグツと煮えている。


シゲが囲炉裏の前に座るとおもむろに親方が口を開いた。


「料理と鍛冶は同じだ。ちょっとした手間をかけるだけで仕上がりに雲泥の差が出る」


シゲはとりあえず頷いた。


「鳥皮も炊く前に炙れば余計な油は落ちるし、その焦げが鍋の風味を引き立てる」


親方は『味』にうるさい人で必ずひと手間かける。見栄えこそ変哲のないものだが味に関しては折り紙つきだ。


「麦飯もそうだ、研ぎ方、水につける時間、火加減、まったく違った出来上がりになる。」


シゲが速く食べたくてしょうがない姿を見せると親方はニコリと笑った。


「さあ、食うか」


親方の許しが出るやいなや、シゲはがっついた。


                       *


「ところで学舎はどうだ?」


「まあまあです。」


「勉強はどうだ?」


「それも……まあまあです。」


「そうか」


 いつも親方はこんな調子である。具体的な内容は聞かず、全般的な雰囲気を尋ねる。あまり意味はないのかもしれないが親方はそれで充分だと思っているらしい。


親方は頃を見計らうと囲炉裏を立った。


「片付けはやっておいてくれ」


 親方はそう言うと一升瓶を取り出した。一杯やりだすと親方は梃子でも動かない、一日の終わりを示していた。



翌朝、目を覚ますと階下が何やら騒がしい、シゲは様子をうかがいながら下に降りた。


「お勤めご苦労様です」


親方がそう言うと相手の人物は小さくうなずいた。


「町はずれで女郎の遺体が見つかった、傷の形状から人間の仕業ではないと推測される。野犬の類とも考えられるが今のところは判然としない……場合によってはそちらのほうに手を貸してもらうやもしれん…」


『あれ、お役人だ……』


ヤミカジの家に役人が来るのは通常、鍛冶仕事の依頼の時だけである。早朝、訪ねてくるのは異常であった。シゲは階段の手すりの所で様子をうかがった。


「わかっているだろうが、この話は内密にな』


「かしこまりました」


親方は頭を深く下げた、役人はそれを見るとその場を立ち去った。


シゲはそれを確認すると親方に声をかけた。


「親方、どうしたんですか?」


「事件が起こったらしい……」


親方は渋い表情をしていた。


「妖魔が出たのですか?」


「わからん…」


「でも、討伐隊がいるんでしょ?」


「討伐隊の本隊は今、ヒノエ村に遠征に行っているそうだ、都近辺にはわずかな守備隊しかいないらしい。」


親方は台所に向かうと朝餉の用意を始めた。


「とりあえず、飯にしよう」


親方は昨日の残りの飯を鍋に入れた。



 ここ1年ほど都の近隣で妖魔が出たという話はなかった。あまりいい話ではない、シゲは朝餉の用意を手伝いながら仕事が忙しくなるのではないかとふと思った。



朝の授業は歴史から始まった。


「諸君も聞いたことがあるだろうが、妖魔を撃退できるようになったのは最近のことだ、56年前に起こった事件に起因している。」


 この事件は実に有名で知らない者は平民でもいない。シゲも子供のころから何度も聞いている。


「子供を守ろうとした母親が捨て身の一撃を加えたところ、妖魔が炎につつまれ塵になるという事例が報告された。妖魔が非力な女に撃退されるとは考えられない。当初は眉唾ではないかと思われたが、真偽をたしかめるべく学者の間で検証が行われた。そしてその3か月後、この事例は『真』であると証明された。母親が持っていた赤水晶に妖魔を撃退する力があることが分かったのだ。鉄や鋼で倒すことができなかった妖魔を倒す術の片鱗が見えたのだ。」


講師は謳い上げるように話した。


「これを機に都では妖魔討伐の研究が飛躍的に発展することになる。時の帝、嘉悦帝はここぞとばかりに予算をつぎ込み、魔晶石を応用した技術を開発、わずか5年で妖魔を討伐するための部隊まで作り上げた。この部隊の活躍は諸君も幼いころから聞いているだろうが、この学校の卒業生がそのほとんどを占める、胸を張ってもらいたい。」


 講師は部隊の成立した経緯や妖魔討伐の武勇伝を語った。多少脚色されているだろうがわかりやすく生徒たちは興味津々に聞いていた。


「それと同時にその名にふさわしいだけの学力をつけてもらわねば困る。したがって今週末に学力を計るため試験を行う」


 生徒たちの目が点になった。予想外の展開に面食らう生徒を見て年寄りの講師はにやりと笑って教室を後にした。


「なんだ、あのジジィ、不意打ちじゃねぇか」


 言葉を発したのは成績の悪い赤制服の青年であった。愛嬌のある顔で憎めない性格のためクラスではムードメーカーになっている。


「イオリ、カンニングさせてくれよ!」


 冗談なのか本気なのかわからないが赤制服の青年は猫なで声を出してイオリという青年に甘えた。イオリというのは昨日、中年講師の質問を難なく答えた生徒である、彼も赤制服を着ていた。


 イオリは涼しげな顔でちらりと見ると何事もなかったかのようにスルーした。


「おなしゃす、イオリさん!」


「無理じゃないかな、サモン君」


「わたくし、退学になってしまいまする~」


「バイバイ」


 イオリの間髪いれぬ受け答えにクラスが沸いた。はたからやり取りを見ていたシゲはキレのいいツッコミに舌を巻いた。


 こんなやり取りでその日の午前中が過ぎると昼休みになった。シゲは弁当の入った風呂敷を持つと教室から出て庭に向かった。



 学舎の庭は東西に展開している。西は花鳥風月をあしらえた構図で『水の流れ』を意識した造りになっている。阿弥陀堂を中心に池が周りを囲みそれに合わせて石、樹木が配置されていた。


 一方、東側の庭は水を用いず砂や玉砂利などで静謐な空間が造形されていた。一見地味で面白みのない庭だが不思議と落ち着く空間でシゲはこちらの庭で昼飯を食うのが日課になっていた。


 竹皮の包みを開けると大きなおにぎりが二つ入っていた、脇にたくあんが添えられている。変哲もない塩むすびである、シゲは手に取るとかぶりついた。


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