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第一話

短髪に刈り上げた中年の男は汗もぬぐわず作業に没頭していた。飛び散る火花、灼熱の金属、男は熱さなど微塵も感じない様子で金槌をふるう。


 男は熱した金属の粘り具合と色の変化から頃合いだと判断すると、あらかじめ熱していた別の金属とそれを合わせ始めた。


 オレンジ色に輝く金属が溶け合い工房に華が咲いた。男は金槌で一定のリズムを刻んで金属を成型した。



「水もってこい!!」



男が大声をあげると少年が水の入った桶を持ってきた。


 男は成型した合金を少年の持ってきた桶の中に入れて冷ました。金属の状態を目視すると再び炉の中にそれを突っ込んだ。


 少年はそれを見ると急いでふいごを踏んだ。この時の加減を間違えて炉の温度を上げすぎると今まで鍛え上げてきた刃が台無しになる。


 少年は火の様子を見ながら慎重に空気を送り込んだ。男はそれを横目で見ながら合金を熱していく。


男は溶岩のように沸き立った合金を見るとニヤリとした。


「よし、いいぞ。工房から出ろ!」


「親方、俺も手伝いたいです。」


短髪の男が間髪入れずに怒鳴る。


「駄目だ、お前にはまだ早い!!」


少年は恨めしげな目を向けた。


「ヤミカジがただの鍛冶屋じゃねぇのは、お前もわかってんだろ!!」


 男の物言いは静かだが反論させぬ凄みを持っていた、そこには殺気さえも含まれている。見習いの少年はそれに気圧されるとそそくさと工房を出た。


『殺されるかと思った……』


 少年が血色を失った顔でそう思った時である、その眼に日の出の陽光が飛び込んできた。燦々と降り注ぐ光はあたりを照らし朝の到来を告げた。


 だが工房の周りはいまだ暗い帳がおりていた、陽光の光など関係なく……。そしてその工房の中心は漆黒の闇で覆われていた……そこだけは別世界であった。



 かつて都は妖魔の跳梁跋扈する魔窟であった。人々は妖魔のニエとして蹂躙され、恐怖と絶望の中を息をひそめて生活するほかなかった。人心は乱れ、国中の治安が崩壊し、盗賊や野党といった不逞の輩に変貌する者もあらわれた。都は魔窟にふさわしい暗黒の地へと成り下がったのである。


 そんな時であった、彗星のごとく英雄が現れた。新しく帝位についた嘉悦帝である。嘉悦帝は短期間で妖魔に反撃するための武具や呪符を開発し、反転攻勢にうって出た。妖魔討伐隊を組織して決死の覚悟で敵陣に切り込んだのである。


 当初は誰も嘉悦帝を支持しなかったが自ら先陣を切り、妖魔と対峙するその姿は人々の心を揺り動かした。いままで手も足も出なかった妖魔に対し一歩もひるまぬその雄姿は人々に勇気を与えた。


そして……いつしか人々はその手に武器を持ち立ち上がっていた……


                      *

 

 それから50年、人々はかりそめの平和を享受していた。いまだ街道筋では妖魔が出没していたがその数は以前と比べて格段に減り、町や村では平穏な生活がおくれるようになっていた。農産物の収穫量も安定し、家畜が襲われることも減少し、豊かではないが落ち着いた生活が営めるようになっていた、人々の顔にも笑顔が戻り、子供たちの声があちらこちらか聞こえるようになっていた。


 だが、すべての妖魔が消えたわけではない、いまだ街道や山中では旅人が襲われその血肉は妖魔の糧となっている、まだ安全ではないのだ。


                      *


「では、次の問題。青水晶と赤水晶どちらも効かない妖魔のタイプはどれか? ヤミカジのお前、答えてみろ!」


 指された生徒は立ち上がった。髪を短髪に刈った少年は講師の質問にオドオドと答えた。


「それは……上級妖魔だとおもいます。」


「それだけか?」


講師は畳み掛けるように質問した。


「あと、黒妖魔も……」


「多少は予習をしているようだな、よろしい」


 講義を行っているのは衣冠を身に着け烏帽子をかぶった中年の講師である。脂ぎった肌が太陽に当たり嫌な感じで輝いていた。


講義は続けた、


「では次、下等な妖魔はいくつかに分類されるが……」


中年講師の目が庭側の生徒に向いた。


「よそ見をした君、答えたまえ」


 講師は不意打ちのごとく別の青年をあてた、答えられない生徒を罵倒する気がありありと伺える。


 うりざね顔に一重の瞳、見るからに聡明と言ってよい雰囲気を醸した生徒は立ち上がると何事もないかのように答えた。


「三つに分類されます、一つは人に取り付くもの、もう一つは上級妖魔が使い魔として使役するもの、偶発的に生じたもの、この3つです」


「偶発的に生じたものとは何のことか?」


「いくつかの可能性が考えられますが、一番高いのは下等妖魔が進化、変転、変体したものとおもわれます。」


中年の講師は完璧な回答に不愉快そうな表情を見せた。


「なぜ故、進化、変転、する?』


「新たな環境に対して適応しようとした結果ではないでしょうか」


「その説はまだ立証されておらん。個人的見解は慎むように」


完璧な答えが気にくわないのであろう、中年の講師は舌打ちした。



 貴族の子弟が通う寝殿造りの学舎は教室、研究室、講堂、職員室で構成されている。ヤミカジの少年が初等教育を受けた町の寺子屋とは比べ物にならず、その規模、充実した設備、教育水準の高さ、いずれをとっても平民の世界ではありえぬ質を具現化していた。


 少年は正門の前で止まると隣にある人足用の小さな扉に向かった。平民であるが故、正門を通ることを禁じられている。頭を打たぬように身をかがめてくぐると都の大通りに出た。


 学舎から抜け出ると雰囲気が変わった、緊張感が一気にほぐれる。少年はいつもの日常にほっと息を吐いた。


 少年の名はシゲという。対妖魔の武具を創るヤミカジの見習いだ。通常、平民が貴族の世界に入ることはないが特殊な職業柄、貴族の子弟が学ぶ学舎に入ることを許されていた。


少年は学舎を出ると大通りを抜けて南に向かった。

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