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エピソード1

大地が無くなってから二千年という月日が流れた。

人々は空を行き交う浮遊都市に身を寄せ、いつか来る大再生に最後の希望を託した。

なぜ大地がきえてしまったのか。浮遊都市はどうして作られたのか。

それは誰にも分からない。

お決まりのフレーズと共にそこで文章は途切れていた。

カイムは顔をしかめて本を乱暴に閉じる。

ここ浮遊都市に住んでいる者ならば、誰もが知っている話だ。

カイムは生まれてこのかた大地というものを目にしたことがない。

そもそも、自分たちが地球という途方もなく巨大な球体に住んでいるというのが信じられなかった。

浮遊都市から下を見下ろしてみても、大雲海に阻まれて何も目にすることはできなかった。

本当に、この話は真実なのか。

物心がついた時から、この疑問は片時も頭から離れたことがない。

いつか必ず、この大いなる謎を自分の手で解き明かす。

それがカイムの唯一にして絶対の夢だった。

だが、それを達成するにはいくつもの障害が立ちはだかっているのはカイム自身痛感していることだった。

「カイム? また難しい顔して、何考えているんだい」

そう呼びかけてきたのは、カイムとはだいぶ意匠の異なる服装をした華奢な少女だ。

遥か昔、まだ大地が存在していた頃から伝えらている着物と呼ばれる服を好んで身に纏っている。

彼女曰く、好きで着ているわけではなく一族のしきたりのようなものだから仕方ないという話だが、カイムは、これをただの方便ではないかと疑っている。

どう見ても彼女自身自分の服装を気に入っているように見えていたからだ。

まだ付き合いはそこまで長くないが、それぐらいは分かるような間柄にはなっていた。

「竜胆、俺が何を考えているのかなんて今更聞くまでもないことだと思うが」

竜胆 凛それが彼女の名前だ。

艶やかな黒髪と切れ長の双眸に、物珍しさを感じ初対面でじろじろと不躾に眺めてしまったが、それが奇妙な縁となって今でも続いている。

「まぁね、なんとなくは分かるんだけど。あくまでも、なんとなくなんだ。本当の意味で君のことを理解できているかと言うと私には自信が無いんだよね」

「俺だってお前のことをちゃんと理解しているかなんて自信がないぞ。どうせ俺なんてお前が想像している通りなんだから細かいことは気にしない方がいい」

「私の想像通りだとしたら、それはそれで怖い気がするんだけどね」

竜胆の呟きはしっかり耳に入っていたが、気にしないことにした。

時折、竜胆は意味深なことを言うがそれに対して意味があるとはカイムは思っていなかった。

「それで、竜胆の姫君は一体俺に何の用があるんだ? 」

カイムが姫君を強調して言うと、竜胆がムッと顔をしかめた。

今ではこうして気さくに話しているが、竜胆はこの浮遊都市《黄泉ヶ原》を取り仕切る一族の直系だ。

姫と呼んでも何の違和感もない立場であることは間違いない。

しかし、本人がそう呼ばれることを嫌がっているのをカイムは知っていた。

「カイム、君のそういうところは直した方がいいんじゃないか? 君の不用意な発言は周りに敵を作る。それは君の夢の達成の障害になる可能性があるんじゃないかと私は思うんだけどね」

痛いところを突かれた。

というのも、現にカイムの周りには少なからず対立をしている者達が存在している。

すぐには言い返せないカイムを見て、竜胆は畳み掛けるように口を開いた。

「大体、君が黄泉々原の最優秀学生を取った時からだよ私の受難は。取ってすぐに今日まで不登校気味だし、こんなことは前代未聞だよ。君の素行不良は最優秀学生に届かなかった他の学生からも目の敵にされているし。こんな事になる予感がしてたから私は成績だけで最優秀学生を決める制度をなんとかして変えようとしていたのに……。伝統だのなんだのと、頭が固いお歴々には心底うんざりだ。それで、君の面倒は私がちゃんと見ろって言うんだから、この世界はほんと理不尽だよ」

愚痴っているうちに段々とエスカレートしてきたのだろう、竜胆は顔を真っ赤にして息を荒げていた。

「いや、それについては本当にすまないことをしたと思っている。だが俺にもちゃんと事情があってだな……」

「話は聞いているよ。家庭教師の真似事をしていたんだってね」

「いや、真似事というか……」

「ま・ね・ご・と・でしょ! 学園に来ないで何をしているのかと思ったら最優秀学生の肩書きを使ったアルバイトだとはね。ほんと恐れ入るよ。私がお偉方からお小言をもらっている間に君は、可愛い女学生にでも先生とか呼ばれて鼻の下を伸ばしていたんだろう? でも、本当に頭に来るのはそれがしっかりと結果を残していることだ。君が教えた生徒は漏れなく成績が劇的に向上している。こんなんじゃ怒っていいのか褒めていいのか分からなくなるじゃないか!」

いや、怒っているだろ。という突っ込みは流石に口に出せなかった。

「仕方ないだろう。金が必要だったんだ。その為に最優秀学生を取ったようなものだしな。そうでなければ、こんな煩わしい肩書きはさっさと返上していたよ」

そうだ、金が必要だった。

さっき読んでいた本もそうだが、この浮遊都市で得られる世界の情報に限界を感じてきていた。

更なる情報を手に入れる為には、他の浮遊都市に移るしかない。

しかし、浮遊都市から浮遊都市へと渡るのはそう簡単なことではない。

手段自体が少なく、浮遊都市間を運行している飛空艇に乗るか、不定期にある都市同士の接触を待つかのどちらかだ。

都市同士の接触は、初めから選択にはない。いつあるかも分からない現象を待っているほど暇ではいられない。

残るは飛空艇での移動だが、かなりの額が必要になる上に危険が伴う。

空の航海は決して安全なものではなく、空賊や空獣に襲われるという危険性があるのだ。

それらを考慮した上で、カイムの出した結論はとても竜胆に言えるようなものではなかった。

《黄泉ヶ原》にきてから二年ほど経つが、竜胆にはだいぶ世話になっている。

せめて、ここから去る時くらいは心穏やかに居てほしいものだ。

「煩わしい肩書きって……。まぁ、君がそういう人間だってのは理解しているからね……。とにかく、今日来たのは他でもない。そろそろ学園に出席してもらわないと、私だって我慢の限界だよ。これ以上お小言をもらうのは勘弁だ。私がストレスで胃を痛めたりしたら君を訴えてやるから」

竜胆の顔は間違いなく本気だった。

カイムは、やれやれと重い腰を上げた。

気は進まないが、駄々をこねたら竜胆が何をしでかすか分からない。

こうしてカイムは数日振りに本で足の踏み場もない書斎から出ることになったのだった。


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