序 ~変わらぬ日々~
「ふぁー...」
肌寒さで目が覚めた。布団がベッドから落ちている。寒い
派手な装飾が施されたカーテンから朝日が漏れる
いつもの風景である
とりあえず布団をかけ直し二度寝を企むが、コンコンッと部屋のドアを誰かが優しくノックする。
嘘は嫌い方なので居留守とか寝たフリはしたくない
「どーぞー」
適当に返事をする。なんでもいい。早く用事を済ませて寝かせてくれ
「おはようございます、お嬢様」
メイドが頼んでもないのにホットミルクを持って来た。
おはよ、と適当に返事をしてベッド横のサイドテーブルに置かせた。マグカップから出る湯気が部屋の寒さを引き立たせる
はよ出てけ。と言わんばかりの顔で置かれたホットミルクをちびちび飲む。
猫舌にはまだ熱いので少し冷ますことにした
「お嬢様、お知らせがございます」
恒例の朝のニュースだ。どうせ近隣の村の話だ。聞いたからと言って別段屋敷から出られる訳じゃないのでどうでもいい情報だといつも聞き流している
「今朝、ギルドからアンジール様が帰ってくると連絡がありました。」
目を丸くした。1ヶ月ぶりにその名前を聞いた。
アンジールと言うのはさらと同い年の女友達で、元々この地方のハンターだったがかなり腕の立つハンターであるため、ギルドにスカウトされてから中々この地方に帰って来られない。
そんな奴が突然帰ってくることはいつもの事だが文字通り寝耳に水過ぎる。
「え!?」
さみぃさみぃとクロゼットの前で純白のキャミソールを脱ぎ、お気に入りの服に着替えた
薄いピンクのワンピースはさらの肩甲骨辺りまで伸びたブロンドを一段と輝かせている
着替え終わる頃には飲みかけのホットミルクは冷たくなっていたので下げさせ、スリッパから靴を履き替えて食堂へ向かうが、廊下はかなり冷え込んでいる。思わず身震いをしてしまうほど寒い
「おはようさら。」
後ろから声がしたので振り向くと中背の男性が立っていた
さら父親でありこの屋敷の主である。
「さら、今度の見合いの件だが...」
また後取り探しの話か、勘弁してくれとうんざりしたような態度で食堂へ
この家が女家系で外から婿として迎え入れて存続していることはわかっているのだが年頃の娘に結婚結婚と耳にたこが出来るほどに言うこの男の神経を疑う
コツコツと冷え切った廊下に足音だけが響く
食堂へ入ると母が席に着いていた。
無駄に大きなステンドグラスに高い天井からぶら下がるシャンデリア。いつもの食堂だ。
「「おはよう」」声が同調し、互いに笑みがこぼれた
皿には朝っぱらと言うのに大きな肉、大皿に盛られた子羊だかなんだかのスープ。バスケットには焼きたてパンが数種類。案の定食べきれる訳がなく残してしまった。
こういう無駄が嫌なのだ。ただでさえ極寒の地で食料や資源が限られるというのに金にものを言わせるこの貴族っぷりが気に食わない。
はやく外に出たい。それ一心だった
「さら、アンジールが帰ってくるそうね」
母が怪訝な顔をしている。母は自ら命を捨てるような仕事をしているアンジールのことはあまりよく思っていないらしい。貴族がハンターに抱くイメージなんてそんなものだろう
「ふぅん、そうなんだ」
メイドからこっそり教えてもらっていたが知らないフリをした。内心では浮き足立っているのを隠すのに必死なのだ。
「今朝下の村へ着いたと連絡があったの。こちらの屋敷にも寄っていくそうよ」
結局屋敷からは出られないのか、と思いつつ楽しみで仕方なかい。
いますぐにでも下の村へ走り出したいくらいだが許しは到底出ないだろう。
「ごちそうさまでした」
さらは席から立ち上がり父と母に礼をして食堂を出る
屋敷の地下には幼少の頃に運動不足にならないようにと父親に無理を言って設けさせた部屋があり毎日そこで身体を動かすのがひとつの楽しみであった
いつも 貴族なのだから淑やかにしろ、と母に咎められるがこればかりは無理。貴族だろうがお嬢様だろうが活発でやんちゃでおてんばなのはどうしようもない(あと寂しがりやで泣き虫なところもある)
地下の壁は剥がれて石の部分が見え隠れしているのでとにかく寒い。
分厚いコートを着ないと凍えてしまうほどに寒いのである。
手袋をはめ、弓のホルダーに手をかける。
20歳の誕生日にアンジールからプレゼントされた弓と弓の扱い方を毎日復習している。
怪我をしないようにちゃんと防具とグローブを着用するところはまだ慣れていない証拠だ
このときばかりは自慢の長髪が邪魔になってしょうがない
弓を持ち、矢が入っていないホルダーを襷掛けする。形だけだがハンターになれた気分を味わえる。
弦を力いっぱい引く
ギギッっと音を立て硬い弦が徐々に顔の横まで引かれ、放たれる。それだけでもかなりの力が必要なのだが淡々とやってみせた。実際に矢は放ったことはないが当てる自信はある
リンリン
玄関のベルが鳴った。客人のようだ
アンジールか?。もう来たのか
弓とホルダーをしまい、玄関へ急ぐ