第十九話:理解
~中忍の儀 3日目 昼~
「大丈夫かカイト?」
「うぅ……あぁ、なんとか…」
「安心して、あたしが治してみせるから」
腹に大きな打撃を受けたカイトに陽遁での治療を施すアヤ。僕も陽遁を扱えるが、下忍レベルの忍術しか使えない。それに、周りの警戒をするのも僕の仕事だ。
一瞬のことだった。
僕たちはテイネル山の頂上付近で、魔物の巣をみつけた。
蜘蛛の魔物だ。3mほどの大きな体長に、黒い体毛に覆われた脚と体。下忍レベルの忍術ではびくともしない。おそらく、中忍レベルでやっと傷つけられるほどだろう。そんなことを仄めかしてぼそぼそ言っていたら、カイトが一人で突っ走ってしまった。ロープほどの大きさの蜘蛛の糸を危なげなく避けながら、巣の中央にいる黒い蜘蛛へと火遁の中忍忍術で攻撃した。
大きな爆撃ともくもくと上がる煙。そこそこの規模の忍術にしとめたとカイトは思ったのだろう。しかしそれは単なる妄想で、煙が晴れるとそこに蜘蛛の姿はなく、僕が「危ない」と声を上げる瞬間には、カイトは蜘蛛の白い糸で攻撃を受けていた。カイトのさすがの戦闘センスから、一瞬で致命傷をさけるように体をずらし後ろにバックステップをとったことで、ダメージをやわらげることに成功していた。
僕は急いでカイトに近づき、糸で引っ張られる前に何とかナイフで掻っ切る。
そして、煙玉と閃光弾を惜しみなく使い撤退する。蜘蛛の魔物の巣から一キロほど離れた地点で、治療に専念しているのが今の状況だ。
「わりぃ、突っ走っちまった。」
カイトが渋い表情をしながら、僕とアヤに話しかけてくる。
いつもの太陽のような笑顔は消え去り、雲がかかっているかのように顔に元気がない。精神的にも身体的にもきつい状態なのだろう。
「カイトはいつも先に行きすぎ!」
陽遁での、治療を続けながらカイトに声をかけるアヤ。
アヤは応急手当はすました後、糸の打撃を受けた腹部を中心に細胞活性の術を施していた。
「うん、先行したのはよくなかったけど、少しはわかったことがあるよ。」
「わかったこと?」
「あぁ。おそらく目がいい。カイトのあの火遁”火雪”の術を受けてもかすり傷ないということは、当たっていない。すべて見切られて避けられたのだろう。」
「すべて見切られていたとか。…化け物かよ。…」
「ということではっきりしたことがある。」
「はっきりしたこと?」
治療を続けながらアヤが僕の方に振り向き質問してくる。
「あの蜘蛛を倒すべきじゃない。」
「??」
「??」
「まぁ、あの蜘蛛を倒して巻物をゲットするのが武力的な解決なんだろうけど、おそらくそれはこの儀式の絶対ではない。どのように巻物を手に入れても構わないはずだ。戦わずして巻物を手に入れさせる。それがこの試験の本質なのだろう。」
「むぅ。」
「なるほど。」
カイトは納得できていないのか、まだ難しい顔をしている。
「まだ俺には倒せないのか…」
「うん。カイトが僕たちの中で一番攻撃力高いから、さらに僕とアヤなんかはもっと無理だろうね。」
「いや、テンならなんとか」
「無理だよ。まだあの蜘蛛の皮膚を傷つけられるほどの体術も剣術も忍術もないよ。だから、倒すのは諦めよう」
「…わかった…」
一応は納得してくれたようだ。
「で、昨日の情報収集と今日の戦闘からあの魔物の攻略のための口伝を考えてみるに、
”陽は難きで陰易し”ってのは、攻撃忍術のことじゃないな。他の里がやってたみたいだが、そんなに効果はなさそうだ。つまりは、状況のことなんだろう。昼間はだめだが、夜の方がいいだろうって感じか?」
「ふむふむ」
「それで”足音ひとつで屍”のところは、その通りなんだろう。物音を立てると、あの蜘蛛の糸が飛んでくると。さっきも、煙の中僕たちの方へ攻撃してきた」
「つまりは、忍び足で近づけってことか。なるほど、忍びの基礎を試そうってわけだな。」
カイトは少しずつ、元気を取り戻してきたようだ。アヤの治療の効果もあるだろう。
「そういうことだね。…うん。”忍びの基礎”って観点からみると、最後の文章も…」
「”風に身をまかして”のところ?」
「そうそう、風遁のことかと思ったけど違うんだろうね…」
「あたしわかったかも」
カイトの治療がある程度終わったのか、僕の方へ向くアヤ。
「たぶん、あの蜘蛛は鼻もいいんだよ。だから、音を消してもばれちゃうとか」
「…なるほど。確かに風上をとるのは忍者の基本だな。どれも、基礎的なことばかりだな。」
(よくよく考えてみると、この儀は忍者としての基礎をすべて試されている。食べ物の知識から、野営の仕方。魔物の処理。さらには、魔物を倒すのではなく巻物の取得。蜘蛛の目を欺き、音を立てず、匂いを消す。さらには、蜘蛛の能力の見極める能力と、口伝の情報をいかに得るかの情報収集能力…さすがだな。)
「お、待てよ。タツ兄は三日でこの試験を達成したって言ってた。ってことは、今日達成しないとタツ兄に勝てないじゃんか!」
「大丈夫だカイト、まだ今日の夜がある。今は一旦寝床に戻って、体力を回復させよう。それで、夜に巻物を取得して僕たちが一番乗りで中忍になってやろう。」
「そうだな。」
「うん。」